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領都5

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 作業中にトラブルがあったならアドリブで対応するしかない。 マニュアル通りに対応できればいいがそうでないことの方が多い。 事態は悪化し計画は中断するしかない! と思うことも多いが、落ち着いて考えてみれば案外解決法があったりする。

 ダリオが乗り込んだのを確認して、幌の後ろを縛る。 これで奴は後ろから逃げ出すことは出来ない。 御者台に僕が乗れば移動する密室の完成だ。

「おい、何故後ろを閉めた?」

 御者台に乗り込んだ僕にダリオが顔を出し質問した。

「積み荷が落ちたら面倒でしょう?」

 拾うのが面倒だという意味で発言するが、ダリオにとっては違う。 鍛冶師から掠め取った鉱石だ。 路上に落ちていれば疑われ破落戸達に辿り着くかもしれない。 万が一というのは否定できないし、それに対応する行動は拒否し難い。

「なるほどな。 確かにそうだ。 よし、進め。」

「ハッ!」

 ピシッと気合を入れて手綱を鳴らすと馬車がゆるゆると動き出す。
 南門から中央噴水まで進むと道の両脇に人が屯しているのが見える。

「チッ人が多いな。 しょうがねぇ。 新入り! このまま進んで噴水まで行って西に進め!」

「了ぉ~解!」

 アレックの仕掛けた人の壁が効いているようだ。 壁際に立っているだけで数タランの小遣いになる。 小遣い稼ぎをするのには楽で良いだろう。 アレックの目論見通り細道まで人は溢れとてもではないが馬車は通れそうにない。

 背後にいるダリオからは手元が見えないのを利用して魔導具を作る。
 後ろから見えないように亜空間から中が空洞になっている木の棒を取り出す。 何かに使えるかもと20ソルで木の棒を購入したものに穴を開けたものだ。 その棒に電撃の魔導文字を刻み棒の中を魔石粉で満たす。 先端に針を取り付けて出来上がり。
 特性のスタンボルトだ。 こういった魔導具は市販されていないから作れると非常に役に立つ。

 アレックが金を撒いて造りだした人の壁の影響で噴水広場には人影が殆どない。

≪隠密≫≪静穏≫

 幻惑魔法と変性魔法を駆使し、自身の存在感を最大限に希薄化する。 亜空間からクロスボウを取り出しスタンボルトをセット。 ぐるりと大胆に後ろを振り向きダリオにボルトを向ける。

「テ、テメェ!」

 ここまで大胆に動けば無関係な周りは兎も角、狙われた当事者は流石に気が付く。 腰から短剣を取り出そうと腰に手をやり──

「グッ・・・ガッ!」

 スタンボルトを受け、その激しい電流に気を失った。
 既に馬車は西門へと進路を向けている。
 魔法を維持したままダリオを御者台へと引っ張り出し座らせると、代わりに荷台へと潜り込む。 

「うへ・・・くっさ・・・。」

 後ろから抱き着くようにして手綱を握ると、加速の合図を送る。 ダリオはあまり体を洗わないようでひどい悪臭が鼻を突く。
 先ほどとは比べ物にならないほどの加速を見せグングンと景色が後ろに送られる。 ガタガタと馬車が鳴りバランスも怪しい。 しかし積んだ鉱石の重量が良い重しになり倒れることはない。

「なんだっ・・・止まれーッ! 止まれーッ!」

 西門の門番が集まり槍を振り馬車を止めるよう合図を送る。
 町の外部から内部に向けて馬車が突っ込んできたとき、門番は容赦なく馬や御者を殺してしまう。 だがその逆、内部で暴走し外部に向かう馬車は命を張ってまで止めようとしない。 外に出してしまえば町に被害が及ばないということもあるし、なにより馬車に乗っているということは納税者である可能性が高いからだ。
 勿論、例えば冒険者など非納税者が所持し乗っていることもあるが、どちらの馬車が多いと言われれば納税者の馬車のほうが多い。 納税者を傷つけるのは非常に面倒なことだからそれらを理由にして見送ることが多くなる。
 どんなに勇敢な門番であったとしても自分の命は大事だということだ。

「と・・・止まらないぞッ! 退避ッ 退避ーッ!」

 蜘蛛の子を散らすように門前から門番が退く。 手に持った槍も放り出し、慌てるように正に這う這うの体といった様子の者もいるが、それを醜いとは思わない。
 人の通行がある時間帯で当然のように門が開いていたのが良かった。 そして西門を利用する人が居ないのも良かった。
 亜空間から茶色いラインを入れた竹筒を取り出す。 御者台から外に向けて放り投げる。
 乾いた音が鳴り辺りに土煙が立ち込めた。

「す、砂嵐だとォ! 閉めろー! 閉門! へいもーんッ!」

 門が軋む音を立てながら閉められる。 これで国境警備隊が出てきても多少は時間を稼げるだろう。



≪導引≫

 森を切り開いた道に入り、城壁が見えなくなったころ幻惑魔法を使用し馬車をまっすぐ進ませる。 このまま進めばイスマとの国境に差し掛かるが、その手前で止まらせるように設定した。 国境警備隊は優秀だ。 止まる前に間違いなく確保するだろうが念のため。

 馬車の速度を落とし馬車から飛び降りる。

「あいてて・・・。」

 着地に失敗したがそのおかげでこちらに近づいてくる馬の振動を感じる。 国境警備隊が来たのだろう。

「思った以上に速いな。 やっぱり優秀だ。」

≪隠密≫

 幻惑魔法を素早くかけなおすと森の中へと飛び込んだ。

「あったぞ! 馬車だ!」

 馬へかけた幻惑魔法を解除する。 驚き、馬は足を止めた。

「こいつかッ!」

 取り押さえるために、槍の石突部分で殴りつける。 

「ガッ! な、なんだ! こッ国境警備隊ッ! ち、違うんですよ旦那方! これはレッドキャップが・・・!」

「黙れッ! 大人しくしろッ! しっかり吐かせてやるからなッ! 覚悟しろッ!」

「ありました! 鉱石です!」

「ふんッ! 貴様・・・後悔させてやるッ!」

 四方から槍で押さえつけられ観念したのだろうか、両手を頭の後ろで組み伏せる。

「連れていけ!」

「はッ!」

 隊長らしき人物にキレイな敬礼をするとダリオを引きずるようにして連行する。 隊長は辺りを見回した後、馬車に乗り込み領都へと向かった。
 馬車が見えなくなったころ背後からアレックが現れた。

「ヒュゥ♪ おっかねぇ。 ランディ、計画に変更があったようだがどうだ?」

「うん。 より良い方向に行けたらしい。 ダリオ達に偽名を教えたけど、その偽名すら覚えてもらえなかったのはアレだけどね。」

「はっ。 レッドキャップだったか。 上手くいったもんだ。 あの様子なら、もう出てはこれないだろう。 サンドロの方は捕まえられたのかねぇ。」

「是非国境警備隊の皆さまには功を挙げてもらいたいものだね。」

「全くだ。 イスマに流れる鉱石を未然に防いだ大金星だ。 サンドロまで引っ張れれば昇進するのもいるんじゃあないか?」

「かもね?」

「んじゃあ戻ろうぜ。 サンドロの奴がどうなったのか知りたいしな。」



 破落戸の拠点に戻ってみると、そこにはもう何もなかった。 机も証書もソファーも金庫も高そうだけど何なのか判らないような像もなかった。

「根こそぎ持って行ったようだな。 壁の中の隠し金庫まで・・・うわ壁ごとだぞコレ。 小遣い稼ぎは出来そうにないな。」

 抉られヒビの入った壁が真正面に見える。 激しい戦闘が行われたのであろうか、そこかしこに剣戟の痕が見られる。 崩れた壁の欠片もないあたりに徹底ぶりが解る。 拠点の隅々まで確認していたアレックが戻ってきた。

「逃げ出した痕跡は無いな。 間違いなく捕まっているだろう。 ・・・んじゃ戻ろうぜ。 ディオンさんに報告しねぇとな。」

 信賞必罰は世の常とは言うが罰は兎も角、賞が直接やってくるとは限らない。 特に非納税者なら尚更だ。 納税者経由で渡されるから着服されることだってありうる。 だからこそ、非納税者は納税者と仲良くならなければならない。 仲良くなっていればちゃんと貰える。

「おぉ、戻ってきたか!」

 一緒に行動するのが仲良くなる近道。 一日中一緒に遊ぶというのも効果的だが、そこにスリルと一体感が備われば一気に親しくなれる。 一緒に戦場を駆け抜けた戦友のような感じになる。

「上手くいったね。 ドゥームさんはどうです? 怪我とかないですか?」

「勿論だとも! そうだ。 国境警備隊から討伐証が出てるぞ。」

 そう言いながら机の下からエンブレムと革袋を取り出す。

「儂しかおらんかったから一つしか出なかったがな。 これもお前らにやろう。 で、こいつは今回の報酬じゃ。 解かっとると思うが、討伐証はギルドに提出すれば功績になるし城の会計課に提出すれば賊討伐の報奨金も出る。 好きに使うが良い。」

「有難うございます!」

 討伐証をウォーリアーギルドに提出すれば上級にジャンプアップできる。 そういえばウォーカーはどうなのだろうかとアレックを見る。

「あぁ、俺か? ウォーカーは討伐証じゃランクアップしないからな。 試験をパスする必要がある。 それは後で手伝ってくれ。 取りあえずソレ使って上級になってしまおうぜ。 仕事の幅増えるしな。」

「そう? じゃあ有難く使わせてもらうよ。」

「しかし今回は助かったぞ。 鉱石を奪われたのは一度や二度ではない。 破落戸の元締めであるサンドロも捕まった。 やっと安心できる。」

 ドゥームが胸を握りこぶしで叩き腰を曲げる。

「その礼・・・ドゥームさんドワーフだったのか。」

「なんじゃ、気付かんかったのか。 まぁ俺は耳がそれほど尖ってないからな。 わかり難いかもしれんな。」

 ドワーフはほかの種族と同じく精霊の流れをくむと言われる精霊族の一つだ。 土の精霊の流れをくみ、鍛冶鉄工に携わるものが多い。 ゴブリンと同じく矮躯だが逞しい。

「では、礼の話をせんとな。 ところでお前さんらは冒険者だが、領都へ来たのは何か用があったのか?」

 別段隠す話でもないので素直に話す。 両親のことを話すとドゥームはランディウスの話を止めた。

「なに!? では、ランディウス。 お前はシュウヤとソフィアの息子だったのか・・・。」

 飲もうとしていた酒の杯を机に戻しドゥームは驚いた声を出した。

「えっ・・・うん。 ここにはナルケレ修道院に父の遺灰を届けに来たんだ。 遺言でね。」

 そう伝えるとドゥーム氏の眼に涙が浮かんだ。

「そうか・・・そうか。 アイツらは逝ってしまったか。 アイツらには俺の里が魔物の群れに襲われたときに助けられてなぁ。 それからの付き合いよ。」

「そっか。 知り合いだったんだ。」

「うむ。 ・・・アイツらの息子なら俺の息子同然よ。 思えば金砕棒はソフィアの得意とした武器か。 親子よなぁ・・・。 よし、お前らの武器を完璧に仕上げてやるぞ!」

「良いのかよ? だいぶ赤字になるんじゃないか?」

 アレックが心配してドゥームへと気遣わしげに言うと、ドゥームは大丈夫とばかりに胸を張った。

「問題ない。 何度も鉱石を発注してしまったしな。 鉱石自体はダブついとる。 領主様も奴らのアジトを崩壊させて手に入れた金でいくらか補償してくれるしな。 お前たちの装備を整えたところで赤字にはならんよ。 それくらいは貰える見通しは立ってる。」

「さすが、納税者には優しいな。 とりあえず安心だ。 じゃあ遠慮なく注文させてもらうか!」

「うむ。 良いぞ! ランディウス。 アレック。 早速、お前らの武器を作ってやろう。」 

 そう言いながら立ち上がると、炉に魔石を撒き火を入れる。

 鍛冶で使う炉は大抵魔導具だ。 炭で火を熾し熱を上げて鉄を打つ鍛冶師もいるが、儀式で鍛冶をするのでもなければ魔導具を使う。 炭で火を熾すよりも安価で早くて品質も良くなるからだ。 
 
「この魔力を纏いながら温度が上がる炉を見ていると興奮してくるわい。 こればかりはいつまでも変わらん。」

「へぇ。 職人気質ってやつ?」

「そういう訳ではないのだ。 こうして魔導具で鍛冶をし始めたのもシュウヤ達と関わってからでな。 火を熾す度に、その時のことを鮮明に思い出すのさ。」

 そう言いながら鉱石をレンガの様に積み始める。

「最初はランディウス。 お前の金砕棒だ。 魔導を扱えるのなら材料に再生の魔導でも刻んでおくと良い。 魔力があればメンテナンス要らずになるぞ。」

 ランディウスは言われたとおりに魔導文字を刻み始める。 使用される鉱石はかなりの量になる。

「っはー。 書き終わった。 やっぱり結構あるね。」

「うむ。 インゴットにしてから刻むとあまり効果が良く無くてな。 魔導武器が高い理由の一つだな。」

「そうか、魔導武器になるのか。 高級品だ。」

「高い部分はお前が手を入れたがな。 さて。≪バインド≫」

 ドゥームが魔術を唱えると鉱石がギチリとなって固定される。 それをヤットコでつかむと重さを物ともせずに炉へと突っ込む。

「≪フォージ≫」

 温度が上がっていた炉が魔術に反応してさらに燃え上がる。
 掴まれた鉱石は一気に溶け精練され長大なインゴットに仕上がる。

「さ、ここからよ。 星を付ける。」

 大ぶりな鍛冶槌を取り出し、赤熱したインゴットを叩く。 激しく振り下ろされ火花が散り、少しずつ延ばされ始める。
 熱を加え叩きのばし、時間が立ち冷めたインゴットにさらに熱を加え叩く。
 それを数日の間何度も繰り返した後、立ち上がり四角い塊を二つ鍛冶場の隅から取ってくる。

「≪フォージ≫」

 炉の温度を一気に上げ、長い棒状になったインゴットを炉に入れる。
 赤い・・・というより白く見えるほど熱を入れた後、鍛冶場の隅から取ってきた二つの塊で挟み叩く。

「ハァ・・・ハァ・・・。 良しッ出来たぞ。 まだ熱いから明日渡すがな。」

 精も魂も尽きたと言わんばかりに大の字になって寝ころぶドゥームが息も絶え絶えに呟くように言う。

「凄いもんだ。 しかし魔術を使って叩かないのか? 偶に鍛冶仕事を見ると魔術使って叩いてるのを見るもんだが。」

 アレックがそう言うと、息が整ったらしいドゥームが起き上がる。

「あぁ、勿論他のはそうするとも。 だが最高の逸品となると自分で叩いた方が良いのができる。 店に並べてる高級品はウィンドハンマーで叩いて出しとるよ。」

「それ以上って献上品レベルってことか。 ・・・ランディウス。 それは大事に扱おうぜ。 とんでもない高級品だ。」

「そ、そうだね。 そう考えるとちょっと緊張して震えてくるよ。」

「ランディウス。 あれはお前の物じゃ。 遠慮なく使うが良い。」

「そう? それじゃ、まぁ遠慮なく使わせてもらうよ。 取りに来るのは明後日くらいでいいのかな。」

「うむ。 それまでには握りを調整し、アレックの装備も作っておいてやろう。 アレック。 こっちで手形を取りたい。 来てくれるか。」

 そう言うドゥームにアレックが従い、置かれている砂型に手を入れた。

「よし、良いぞ。 金砕棒と一緒に渡すからな。 受け取りに来てくれ。」

「じゃあその時に。 楽しみにしてるよ。」

 そう言うとランディウスとアレックは鍛冶場を後にした。
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