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領都6

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 それから2日経ち、ランディウスとアレックはドゥームの鍛冶場へと来ていた。

「うむ。 来たか。 ランディウスのはそこに。 アレックのはそこにある。」

 ドゥームは、壁に立てかられた金砕棒とその横に立てかけられている剣と弓、そしてロックバスターと片手で扱えるほど小さなクロスボウを顎で指し示しながら言った。

「ドゥーム氏、頼んだものより多くなってるようだが?」

 アレックが目を白黒させながら言う。

「ついでに作っといたぞ。 ランディウスには剣と弓を。 そしてアレックには片手で扱えるスティンガーと呼ばれるクロスボウだな。 アレックのは連射機構が付いている。 カードリッジへの給弾を忘れるなよ。」

 スティンガーは小型化されたクロスボウだ。 小型化されたと言ってもその威力は流石クロスボウというもの。 近距離ならプレートメイルすらブチ抜ける。 そこにカードリッジと呼ばれる給弾装置や連射機構を合わせれば、近距離戦に全くと言って良いほど適性の無いクロスボウでも騎士とやりあえるほどの適性を持つことができる。

「いいの? 何か悪いな。」

「良いのさ。 お前たちの武器は俺が作ると決めたからな。」

 改めて置かれた武器を見る。 金砕棒は鉄色に鈍い光を発し、型押しによってつけられた星が痛そうなイメージを誘う。 握ってみればズシリと重く、中々の攻撃力を予想させた。 剣は飾り気のない長剣だが刃は鋭い。 弓は総鉄製の強弓だ。 

「他のが欲しくなったらまたくれば良い。」

「有難う。 助かるよ。」

 そう言いながら亜空間に武器を仕舞う。 これがあれば大抵のことは何とかできる。 そう思った。

「ドゥームさん。 ありがとうな。 んじゃとりあえず討伐証をギルドに持って行こうぜ。 とっとと昇級しちゃおう。」

 アレックがそう言うとドゥームは呆れた様な声を出した。

「なんじゃ、まだいっとらんかったのか。 とっとと行っておけ。」



「さて、何級まで上がるかね?」

「さてなぁ。 7級までが下級と認定されて4・5・6級が中級だ。 被害額から行けば中級になってもおかしくは無いぜ?」

 そんなことを言いながらウォリアーギルドの扉を開ける。 そこには登録の時にもいた男が変わらずにグラスを磨いていた。

「お前か。 出してみろ。」

 磨く手を休めることなく男は言った。

「あるんだろ? 討伐証。 あんなに煩ければここまで聞こえる。」

「おっと、失礼。」

 少しおどけながら討伐証を出す。 男はそれを見て片眉をあげた。

「ほぅ。 サンドロの件だったか。 良いだろう。 お前は相応しい貢献を積んだ。 今からお前は6級だ。 これに手を置け。」

 机の下からオーブを取り出し手を載せるように促す。 ランディウスは促されるままに手をオーブに載せた。

「おもってたんだけど、このオーブって何? 町に入るときに見たけど犯罪を調べるものってわけでもないんでしょ?」

「ん? あぁ。 犯罪を調べることもできる。 このオーブ・・・ギルドオーブはギルド員の登録をすることができる。 今、お前が手を載せたことによって6級のウォリアーとして登録されたのだ。 これはどの町のウォリアーギルドに行っても同じだ。 他の町で昇級してもオーブを通じてこの領都でもお前の昇級を確認することができる。」

「はぇー。 すっごい魔導具。 仕組み判んないや。」

「ま、これでランディウスは6級の資格を得たわけだな。 じゃあ次は俺の昇級に付き合ってくれよな。」

「解ってるって。 手続き有難う。 それじゃあ、また。」

 礼を言うと男は片眉を上げることで返事した。

 ギルドを出て歩き出す。 人出は多く歩くのに難儀するほどだ。

「で、どうする?」

 いつもの噴水まで戻りランディウスはアレックに訪ねた。

「そうだな。 ウォーカーギルドに顔を出してくる。 ついでに技能試験もな。 あとは実技試験で何を言われるかだが・・・。」

「んじゃ、一先ず解散だね。 明日またいつもの時間にここで。」

「了解。 んじゃ行ってくる。」



「おはようさん。」

 噴水前のベンチでサンドイッチを持ったアレックが話しかけてきた。

「アレック。 どうだった?」

「技能試験は通ったぞ。 あとは実技試験だ。」

 サンドウィッチに齧り付きながら言う。

「実技試験・・・。 討伐証じゃないんだっけ。」

「あぁ、そうだな。 期間内に指定された町まで行って手紙を届けるって奴だ。」

「指定された町?」

「そうだ。 今回はイスマの辺境・・・王国よりにある町だ。」

「あぁ、あの馬を走らせた先か・・・。」

 ランディウスの脳裏に破落戸を嵌めた時に馬車を走らせたことが思い出される。

「あれ? でも小競り合いが頻発してるんじゃなかったっけ?」

「そうだ。 だからだろうな。 6級の申請をしたらそうなった。 今回は馬車道・・・山を抜けるんじゃなくて、森を抜けようと思う。」

 イスマへと向かう道は二通りある。 馬車も通れるほど広く整備された山道と、暗く足元が悪い森を通る道だ。 山道は安全だが関所もありそこを抜けるのに時間がかかるだろうが、森に関所は無い。 難点は森には魔物や獣が出ること。 迷って魔物の村にブチ当たるとか目も当てられない。 悪路も馬鹿にできない。 木の根に足を取られるだけならまだ可愛いものだ。 転んだ先がぽっかり空いた洞窟だったなんて話はよく聞く話。 落ちれば間違いなく死ぬ。 そう言った穴を葉が隠しているような天然の落し穴にも注意が必要だ。 
 何が言いたいかって言うと、人の手が入っていないような森は極力避けるべきだということだ。

「森ってまた、ハードだね。」

「ハードだが、やらなきゃ間に合わんぞ。 山を通っても良いがな、関所で躓くだろ。 強行突破・・・破ってもしても良いけどな。」

 勿論関所破りは重罪だ。 イスマに着いた途端に手が後ろに回る。 盗賊業に転職するわけでないのなら避けるべきだ。

「準備しようか。 何がいるかな。 矢の補充と油と魔石粉と・・・。」

「森を歩くのに必要な物は俺が集めて置く。 食料は露店を回って亜空間に片っ端から放り込んでおこうぜ。300タランも使えば十分だろ。」

「それじゃ準備を始めようか。」

 雑貨屋では生活に必要な物が沢山売られているが、魔導具作りに必要な物も置いてあったりする。 例えば魔石粉は竈や井戸ポンプの燃料になるが魔導具の材料でもある。 細引きの魔石粉しか無いからパワーは出ないがそこは使いようだ。 特に魔導文字を書くために必須になる魔導インクは専門店で人瓶100タランの高額で取引されるが、材料は細引きの魔石粉とインクだ。

「こんなに買ってくれる人は初めてよ。 しめて・・・585タラン・・。ううん580タランで良いわ。」

 そう言いながら雑貨屋の女将は箱にぎっしりと詰められた魔石粉をランディウスに渡す。

「あぁ、有難う。」

 礼を言いながら亜空間へとモノを仕舞うと更に雑貨屋の中を物色する。

「矢は作るか。」

「おや、毎度!」

 勿論矢も売っているが、作れるのなら当然作った方が安い。 自分の癖に合わせて作ることもできるから買うより作った方が使いやすいまである。 売られている癖のないストレートの矢は作るのが難しいが、真直ぐ飛ばすのは思ったより難しい。 だから狩人等は自分で矢を作る。
 必要な物はシャフトになる木の棒と矢じりになるモノ。 それに矢を安定させる羽に重心を整えられる粘土だ。

「それなら200タランで良いよ。」

「そう? 有難う。」

 材料を買い取り雑貨屋を後にする。 工作の時間だ。



 矢作りに欠かせないのは集中できる静かな環境と多少部屋を汚しても怒られない環境。 普通宿を汚せば怒られるが、狩人が泊まるような宿なら別。 特に領都にはボウマンギルドがあるから、矢を作るのにとやかく言う宿は無い。
 通常の矢を作り終わり、特殊な矢を作る。 刺す叉のように別れた矢じりは、空洞になっていてさらに無数の穴が開いている。 シャフトにもいくつか穴を開け整え羽を付ける。 重心を偏らせるために矢じり付近に粘土を巻き硬化させる。 龍鳴矢の完成だ。 これを放つと龍の咆哮のような音を立てて飛ぶ。 気を引いたりビビらせたり使い勝手の良い矢だ。

 それを数本用意した後、魔導具の作成に取り掛かる。 今回は森の中を抜けるわけだから、それに対応した魔導具を作る必要がある。 主に利便性と快適性だ。
 森の大きさから数日間は森の中にいることになる。 例えば火を熾せる魔導具や虫よけの魔導具。 近寄る魔物を攻撃する罠を魔導具で作ったりと作れるものは沢山ある。
 火を熾すための点火棒は雑貨屋で売っているが100タランと割と高額だ。 だが、火の魔導文字と魔導回路の知識があれば1タランせずに作ることができる。 手間だってそうかかるわけでもない。
 虫よけの魔導具はスタンボルトの応用だ。 木の筒に短い鉄の針を取り付けて中を細引きの魔石粉をさらに砕いて細かくした魔石粉で満たす。 これで微弱な電気を放電し続け近づく虫を斃す。 虫よけは寝るときだけでなく歩く時にも使うから、かなりの量を作る必要がある。 弱点は細かすぎる魔石粉は湿気ると効果を十分に発揮できなくなること。 特にダマになるようだと効果が安定せず、急に強い雷撃に見舞われることになる。 とても危険だ。

(スティンガーのカードリッジのような物を考えるべきだろうか。)

 そう思うが対応の仕方が判らない。

(水・・・油・・・そうか。)

 試作で油紙に包んだ魔石粉を用意する。 魔石粉は油で固まらないから湿気対策になるだろう。
 木に取り付けた針をさらに押し込んで包み紙を押し込んだ時に包み紙を簡単に突き抜けられるようにする。 テスト品では外に露出する針が短いがこれはもう少し長い針を使えば十分だろう。
 包み紙を押し込むと”ツプッ”とした手ごたえが手にあった。 無事包み紙を貫けた。 蓋を閉めて虫よけを起動する。 針に手を近づけると”ぞわり”とする独特の感覚があった。 
 内部から魔石粉を取り出し、針に魔導文字を刻む。 虫に電撃を与えればいいのだから対象は生命力の小さな存在だ。 虫と書いても良いが、蛇や蜘蛛なども対象にしたいから虫と書くと対象外のモノが出る。 自分の生命力を参照して設定すれば十分だろう。
 再び魔石粉を虫よけに入れる。 押し込み起動させると、部屋の中で飛んでいた虫に向かって虫よけから雷が飛んだ。 実験は成功だ。
 後は入れ替えやすいようにトレーを作り出し入れしやすいように加工する。 ランディウスはこだわる性質だった。



「よぉ、ランディウス。 森林浴日和だな。 準備はどうだ? 俺は終わった。 飯も道具も集めといたぞ。」

 いつもの時間にアレックが女性を一人連れて噴水前に姿を現した。 

「あぁ、こっちも終わったよ。 矢を補充したのと龍鳴矢を数本。 それと点火棒と虫よけ。」

 亜空間から虫よけを取り出しアレックに渡す。

「虫よけ・・・? ほぉ。 魔導具か。 魔導具じゃ聞いたこと無いが名前からわかる。 凄いもん作ったなお前。」

 半分呆れた声でアレックは言う。
 虫よけと言えばそう作られた軟膏の事を指す。 虫には毒で人には無害の成分を持った花をすりつぶして作られた軟膏を露出に塗ると虫が寄り付きにくくなるというものだ。

「軟膏を買ってあるから同時に使うか。 魔導具で十分だろうが塗っておいも損はないだろう。」

「だね。 っと、さっきから気になってたんだけどそちらは?」

「おぉ、そうだな。 ミレディ。 こいつはランディウス。 俺の相棒だ。 ランディウス。 こいつはミレディ。俺の彼女だ。」

「あなたがランディウスね。 アレックから話はよく聞いているわ。」

「おぉ、あなたが噂のミレディちゃんか。 アレックからよく聞いてるよ。」

 握手を交わす。

「この度ミレディは看板娘から経営者にジョブチェンジしてな。 チームの外部協力者になってくれるそうだ。」

「外部協力者?」

「あぁ、看板娘としても凄かったが経営者としても凄くてな。 もうこの領都でいくつかの酒場を経営してる。 宿も経営するがまだ建設中だな。 そこを定宿にしていいとよ。 建て終わったら移ってこい。 で、ミレディもイスマに行く。 経営拡大ってこともあるが、向こうでの拠点を用意してくれるそうだ。」

 ランディウスは驚いた。 そこまで大きな話になっているとは思わなかったからだ。 冒険者はかなりの数がいるが、外部協力者という存在や、ましてやその協力者が酒場を複数経営し宿まで経営しているなど中々無い話だ。

「それは良いが、凄いな。 そんな話になってるとは思わなかった。」

「アレックの為だもん。 頑張ったわ。」

「ありがとうなハニー。」

 見つめ合うアレックとミレディに当てられながらも

「助かるよ。 しかし天才というはいるもんだね。」

 そう言うと、今度は二人そろって呆れた顔をした。

「何言ってんだ。 一番の天才はお前だぞ。」

「はぁ? 僕なんてちょっと器用なだけだろ?」

「あのな。 剣が一流で弓と金砕棒は超一流以上。 魔導士で魔法使いってびっくり箱ってレベルじゃないからな?」

 隣でミレディがヘッドバンキングかというほど勢いよく頷いている。

「そう?」

「これだもんな。」

 アレックが力なくそう言い、アレックとミレディが笑う。

「頼りにしてるわ。 アレックの次にね?」

 おどけてミレディは言う。

「なら、その期待に応えよう。 ミレディは元冒険者だったっけ。 何ができる?」

「魔術を使えるわ。 後は剣ね。 両方ともそこそこよ。 二人ほどは使えないわ。」

「魔術か。 僕使えないんだよなぁ。」

「それは仕方ないわよ。 魔術は魔法から生まれたけど相性が良くないから。」

「感覚の魔法に理詰めの魔術だったか?」

 頭を捻りアレックが言う。
 魔術は使える者が限られていた魔法をどうにか使おうとして生まれた技術。 魔法使いの感覚だけで使われていた魔法をどうにかして画一化し、より多くの人が扱えるように開発されたがそれでも扱える人は少ない。

「少し安心したぞ。 お前でも向き不向きはあるってことだな。」

 アレックがそうまとめる。

「ま、できないことはできるひとに任せろってことね。」

「そういうこと。」

 ミレディとアレックがそうまとめると、少しの間3人で笑った。

「それじゃあ行こうか?」

「そうだな。」

「行きましょ。」

 そう言って3人は西門へと向かった。 
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