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ましろな君を、支えたい

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 <テーマ>
ネグレクトに遭っている女子児童と、
保健室登校になったその子を見守る
保健室の先生の話

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A:まわりのみんなの持ってる、
  新品のかわいい文房具。

  遠足のときの、カラフルだったり、
  人気キャラがいたりの、ごうかなお弁当。

  『夏休みはママとパパと旅行するんだ』、
  『お兄ちゃんがなわとび教えてくれたよ』、
  『誕生日は家族みんなでおっきなケーキ
   食べたよ』、
  聞こえてくる楽しそうな声、
  目に入る笑う顔。

  それら全部が、なんか気に入らなくて、
  イラついて。
  まわりのヤツらが大キライで、
  同じことなんかしたくなくて、
  それで担任に怒られて。
  このいみふめいな気持ちでいっぱいで、
  わけわからず、泣けてきた。


   家に帰ったら学校でのこと怒られて、
  冷たいコンビニおにぎり1人で食べて。

  1人部屋のベッドで、寝れなくて、
  いつの間にか、また泣いてた。


  ――“つまんない”
   “なにもかもヤダ”
   “もうおわらせたい”――

   『しんでやる』って
  学校のベランダに手をかけて。
  そしたら、また怒られて。

  くりかえす毎日が、ムカついて。
  いみわかんなくて。

  みんな、なんなの。


   ……――ほんと、ぜんぶ、

            大キライ。


――――――


B:君に出会ったのは、2年生のときだったね。

  先生もクラスメイトも困らせてた君は、
  いつも反抗して暴れて、
  いつも、涙、流してた。

  初めて話しかけたときは、
  目にかかった長い前髪の隙間から、
  思いきり睨んできたね。

  授業に参加しようとしない君は、
  しょうがなさそうにここへ来て、
  いつもつまんなそうに、外へ目を向けてた。


   ――わかるよ。
   君は、つらいんだね。

  空っぽな心の苦しさが嫌で、
  周りにいら立ち、ぶつけちゃうんだね。


  「君の力になりたい」って言ったら、
  君はぶっきらぼうに、
  「仕事だからでしょ」って答えたね。


   ……君はね、
  昔の私に、似てるんだ。

  “子ども”という、未熟で、
  大人に守られないと生きていけない存在で。
  まだ色んなことがわからなくて、
  か細くて、
  目を離せば、消えてしまいそうで。

  ――“私みたいにならないでほしい”、
    “一生のうちで大事な時間を、
     笑って過ごしてほしい”、

  そんな私の、ただのエゴなんだよ。


   君のことが知りたくて。
  君の好きなもの当てようと、
  色んな話題ふって。
  そして、ネコのキャラのアニメの話で、
  『どうでもいい』が口癖の君が、
  こっちに目を向けて、
  「知ってる」って、やっと目が合ったときね。
  本当に、すごく嬉しかったよ。


   その話題をきっかけに、
  一言、二言、どんどん言葉が増えていって。

  君の気持ちに近付いたみたいで。
  もっと近付きたくて。
  君のことばっかり考えていて。

 「まるで恋してるみたい」からかったら、
 「キモい」って思いっきりしかめっ面したね。

 ……でもね、
 その口元が少し緩んでたの、見逃してないよ。


  ――――わかってるんだ。
  本当に君が欲しいのは、
  家族からの、
  あふれるほどのあったかい愛だって。

  私がいくら頑張っても、届かなくて。
  限界がある自分に、情けなくなった。

  ……けどね、それでも、
  たとえ薄っぺらくても、
  冷えて震える君の心を
  少しでもあっためられる、毛布になりたい
  と思ったんだ。


   ……“君のことずっと支えたい”って、
  “君の成長を見ていきたい”って思っても、
  別れは来て。

  君と出会って3年目の春。
  「さよなら」言わずに君に
  「またね」って言ったら、
  君はなんでもないように
  「じゃあね」って手をふって、

  うつむいてた顔上げて、
  ピンで留めた長い前髪揺らしながら、
  目を合わせて、
  口元、緩めてくれたね。


  **    **


   それから月日が流れて。
  駅のホームでね。電車挟んだホームに、
  君の姿、見つけたんだ。

  すっかり背が伸びて。
  制服を着こなした君の前髪は、
  眉くらいで切り揃えられていて。

  思わず声を出しそうになったとき。
  その後ろから、
  同じ制服着た子が、
  君の名前呼びながら駆けて来て。

  君はその子を見て、

  ――私の知らない、
  明るい声と笑顔を向けていた。


   それに目を奪われているうちに
  電車が2人を隠し、
  そうして、ホームだけが残り。

  私は目に焼き付いた、
  ずっと望んでいた光景に、
  思わず、涙がこぼれていた。


   ……あの別れから、きっと君は、
  色んな人と出会って、色んなことがあって、
  それを乗り越えて、
  明るさ、手に入れられたんだね。

  すごく、がんばったんだね。


   ……君は私のこと、覚えてるかな。

  それでもいつかは、忘れるよね。


   ――でも、
  私は絶対に、君のこと、忘れないよ。


  ……――ただ、
  私が最後に君に伝えた、


 「私はこれからもずっと、君の味方だよ。

  ずっとずっと、大好きだよ。」

  って言葉だけは、

  『そういえば、そんなこと言ってた人
   いたなー』って、
   覚えていてくれたらいいな。


  p.s.
  欲を言えば、
  君の明るさをつくったものの中の、
  ほんの1%でも、
  私が、入ってたら、いいな。


  ――……君の未来が、
     愛で満たされた、
    幸せなものでありますように。――


    いつだって、祈っています。


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