僕が”僕”じゃなかったら

パれっと

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 ―――――番外――――

1.5話「息がしやすいけど、これは“俺”じゃないな。」⑤

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 ある日、よく一緒に話す女子に誘われて、
初めて、女子の家に遊びに来て。

「みんなってすきな人いる?」

1人の女子が、恋バナを話し出した。

「ゆなはけんくんがすき~!」
「うちは今はいないな~。」
「えー!前はだれだったのー?」

きゃっきゃっと3人は一気に盛り上がり。

「かおるちゃんはいないのー?」

1人が、楽しそうに俺に訊いてきた。

「お…うちは、いないかなー…。」
「えーそうなんだぁー…気になる人は?」
「それも…いないなー…。」
「じゃあさじゃあさ、げいのう人
 だったら、だれがすき?」

とにかく女子は、人の好みのタイプを
把握したがり。

「えー…いやー…
 ゆなちゃんは、
 げいのう人だとだれがすきー…?」
「ゆな、いま月曜のドラマに
 出てる人がすき!」
「あーわかる~!かっこいいよね~!」

俺はこの手の話になると、毎回、
なんとか話題を、自分からそらしていた。


…女子が騒ぐような恋バナは、
全く、理解ができなかった。

女子は同級生の男子を、
すぐに、『好き』だと言い、
俳優やアイドルに、『かっこいい』と騒いでいて。

でも俺は、
別に
 “男”を、そんな風に思えないし。

 “男”と、キスしているところなんて、
 想像しただけで、ゾッとした。

…でも。

俺の好きな、

 …可愛い、“女優”とだったら、

 むしろ、してみたいかもしれないって、
 思っていた。



 そして、小学校最後のクラス替えがあって、
あいつとはまた、同じクラスになって。

それくらいの歳になると、
俺は、
自分の体に、

 異変を、感じ始めた。


漫画を読んでいて、
ヒロインの、えっちなシーンがあると、
やたらドキドキして、
体がむずむずして、
…変な気分に、なったり。

コンビニの雑誌コーナーで、
水着のグラビアの表紙を見ると、
…つい、手に取りたくなったり。

他の男子がニヤニヤして読んでいる
エロい漫画を、
…借りたくなったり。


身体も、段々、

 …“女”っぽく、なってきた。

…胸が、膨らみ始めた。

…身体が、丸っぽく、なってきた。

…ある日突然、生理が、来た。


…そうした、
 “女”への、変化に、

…無性に、
 泣きたく、なった。

 胸を、強く押し潰されているように、
 息苦しく、なった。

 …自分が、

   …気持ち悪くて、
   吐きたくなった。




…“女”の体の発達については、
授業で、知ってはいたけど、

でも、俺は、

 どこか、…他人事のように、思っていて。

…もしかしたら、
本当は、
間違っているのは、やっぱり…周りで。

俺の身体は、段々と、

 ――“男”の身体に、
   変わっていくかもしれない。

やっぱり俺は、

  ―――“男”、なんじゃないか。


俺は、無意識に、
そんな、希望を抱いていたんだということに、
そのとき、気付いた。

でも、俺の身体は、

 どんどん、“女”になっていって、

そんな希望は、吹き飛ばされて。

…それなのに、
俺の、性の関心は、

 “男”と同じで、
  “女”に向いている、

ということも、わかって。


…やっぱり、
 俺は、“女”で。

 でも、

   “男”なんだ、と。

 痛いほどに、
 実感してしまった。



 そして、初めての宿泊行事に行って。
女子と、風呂に入ることになった。

俺は去年からずっと、
なんて言えば、女子と入らずに済むのか、
考えていて。
生理になったことにすれば、できるんじゃ
ないかって、思っていた。

しかし先生に、
「生理の人は、後で一緒に入るから大丈夫よ」
と言われて、
立てていた計画は、呆気なく崩れ。
俺は、女子の中で、
風呂に入ることに、なってしまった。

俺は風呂場で、
できるだけ長いタオルで、身体を隠して。

絶対に、他の女子が、目に入らないように、
ずっと、下を向いた。

…“女子”に、
自分の身体を見られることが、
恥ずかしくて。

…“女子”の身体を見るなんて、
いけないことだ、と、
罪の意識を、感じて。

普段体育で、
一緒に着替えなければいけないときも、
うっかり、下着が目に入ってしまうと、
ひどく、罪悪感にかられていた。

…だから、
お風呂の中にいたときは、
本当に自分が、
 …犯罪者に、なったようで、

  …辛かった。




 そんな中、

「…かおる、なんか元気なくないか?」

 性差が目立つようになってきても、
 あいつは変わらずに、
 俺に、接してくれた。

「いや、お…
 うちは、だいじょうぶだから。」

俺は、自分の胸の内を、
誰にも話すことができず、
あいつにも、悟られないようにしていて。

「…かおるってさ。」

あいつは、
俺を、ジッと見て。

「…ほんとは自分のこと、

 … “おれ”って、言いたいんだろ。」

そう、言って。

俺は、心臓が冷たく震えるのを、
感じながら。



 「…べつに、
    言っても、いいから。」


 そんな、
 照れくさそうに横を向いて、つぶやく、
 あいつの姿が、映った。


「…ほかのやつは…
 男かよって、言うかもしんないけど、
 …おれはそんなこと、言わないし…。」


 「…おれの前では、むり…するなよ。」


 顔を赤くして、
 でも、
 俺の目を真っすぐ見て、伝えてきて。

 そんな、あいつを、見ていたら、
 俺まで、なんか、恥ずかしくなってきて。
 すごい、

   …嬉しく、なった。

…なんだか、

   泣きそうに、なった。

 心臓が、
 やたら、速く、動き始めた。


 …何故か、

  あいつを、
   抱き締めたく、なった。



あいつはいつも、
こんな変な俺を、受け入れてくれた。

…そんな、あいつといると、
なんだか、
自分が、

 もっと、…変になったように、感じた。

一緒にいると、
楽しいはずなのに、…苦しくなって。

あいつが、
いつもは見せないような顔を、
俺にだけ、見せたら、
…叫びたくなるくらい、…嬉しくなって。

…あいつに、
 …触りたく、なって。


俺は、
“女”の身体に、ドキドキするはずなのに。

他の“男”に対しては、
想像するだけで、嫌なのに。

でも、
あいつは俺にとって、
 “性別”とか、関係ない存在で。



 …俺は、


   あいつを、

    …“好き”なんだと、気付いた。



そして、俺は、

…この身体は、

 俺にとって、良いものなのではないか。

 …と、思うように、なった。

…“女”だったら、
あいつに、堂々と、
想いを、ぶつけられる。

上手くいけば、
あいつと、付き合えるかもしれない。

…どうせ、
 周りから受け入れてもらえない、

 自分の中の、“男”に、縋るより、

 そっちの方が、

   …“幸せ”だ。

 …って、思った。

…だから、
 俺は、

   “女”であることを、
   受け入れようと、思った。
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