僕が”僕”じゃなかったら

パれっと

文字の大きさ
上 下
43 / 412
 ―――――起―――――

2話「こんな気持ち悪い“僕”じゃ、君に嫌われてしまうから。」⑰ー遠ー

しおりを挟む


「あっくん、大丈夫だったか?
 なんもされてねーか?」

 聡もその噂を聞いて、
 俺を、
 心配そうに、見てきた。


「いやぁー、
 まさか告白だったとはな~。
 それなら、
 決闘の方が、マシだったな~。」

聡が、高い声で、話して。



 「“ホモ”とかキモいよなー。」

 「あっくんも、
  かわいそうに。」



そう話される、聡の言葉は、

なんだか、

やけに、無機質に、
自分の中に、落ちた。



「聡、
 そんな風に言っちゃ、だめだよ。」

良太は、聡の言葉に、
咎めるように言った。


「…それにおれ、


 なんか、わかるかも。」


そして少し、
声を、穏やかにして。



「あっくんかっこいいし…」



 「…好きになっても、
   ふしぎじゃないよ。」



 そんな、
 優しい、言葉が、

 自分の中に、降ってきて。



  トクン、と、
  心臓が、揺れた。




「なんだよ良太。」

「まさか、


 ―――お前も“ホモ”なの?」


少し顔を引きつらせる聡に、
良太は、口角を上げて、

困ったように、眉を下げて。







  「―――――ちがうよ。」







 「だいたい、

  おれ…







   ふつうに、



    “女の子”が、
     好きだから。」






鈍く、

重く、

言葉を、打ち付けた。





「ははっ!
 だよなー!」

聡がそれに、

“当たり前”だというように、
笑って。


「だいたい、
 お前があっくんにベタベタしてっから、
 あっくん、ホモだって
 思われたんじゃねーの?」

「え、ベタベタしてる?」

「してるだろ!
 手つないだりさー。
 1年生じゃないんだから、
 いい加減、
 そうゆうのやめろよー。」

「そっかぁ…。」

「うん、そうだね。」



そんな声が、
自分の頭に、
流れて、いって。





そうして、
良太は、それから、

多かったスキンシップを、
一切、
しなくなった。






 そうして、中学生になって。

俺は、
高学年から、母さんに家事を教わるように
なっていたので、
自分で家事をするようになって。

良太の家で、
夕ご飯を食べたり、
泊まったり、ということは、
なくなった。



そうして、
良太とは、

どんどん、

昔みたいな、近さが、
…なくなって、いって。


自分だけが持つ、
良太との関係が、
なくなって、いくような、


…良太が、

 自分から、
  離れて、いくような、


 …そんな感じが、した。


でも、
中学で、良太とは、
同じクラスになることができて。
同じ部活に入って。
今までと同じように、
学校でも、休日遊ぶのも、
大抵一緒だった。


…でも、
 小学校を卒業した辺りから、

 良太は少し、変わって。

遊びに誘っても、
断ることが、増えて。

なんだか、
自分に、

…何かを隠しているような、感じが、して。


…そうして、
自分の知らない良太が、
できて、いった。







 中学1年生の、ある6月の休日。

母さんは、普段世話になっている礼として、
数か月に1回くらい、良太と桜を
夕ご飯に招いていて。
その日も、2人が、
夕ご飯を食べに来る予定だった。


俺は母さんと、桜の好きな
グラタンを作っていて、
18時頃、桜が家に来た。

「…あれ?
 てっきりお兄ちゃん、
 あっくんと遊んでると思ってたのに。」

桜は家の中に入ると、
意外そうに、言って。

「…良太、
 今日…
 …どこ行く…とか、言ってた?」

そっと、桜に訊くと、

「友達の家行くって。
 だからあっくんも
 一緒なんだろうな~って
 思っちゃってた。」

桜は、さらりと答えた。

「すごくいい匂いするね~。
 グラタン?」

そして、
大したことではないというように、
話題を変え。

「…ああ。」

俺は、桜に頷いて、

笑顔を、
つくった。



いつも19時にご飯を食べていたので、
良太も、
それまでには来るだろうと、思った。

 けど、
良太は、19時を過ぎても、
来なくて。

桜がグラタンを食べながら、
「お兄ちゃん
 どこ行ってるんだろうね~。」
ケータイを打って、
良太にメッセージを送って。

すると、
ザァザァした音が聞こえた。

バルコニーの窓ガラスを見てみると、
外は、
雨が降っていて。

なんだか、
ふっと、

…良太が、
 このまま、
 …家に来ないんじゃないか

って、
不安に、なってきて。

「…ちょっと、捜してくる。」
ケータイをズボンのポケットに入れ、
母さんに声をかけて、玄関に向かおうとした。

「あ、碧!」
母さんは慌てて、俺を追いかけて、

「…1人で、…大丈夫?」

心配そうに、尋ねてきた。

俺は、
一瞬、間をおいて、

「…大丈夫。」

答えて。
傘を2本持って、家を出た。






…正直、
それまでは、
…いつも、
良太が、一緒にいたから、
1人で外に出たことが、なかった。

…今までの事件のことで、
外に、1人でいるということに、
…怖く、なっていたから。


でも、
そのときは、
そんな、怖い気持ちより、


…良太が、
 いないことの方が、
 怖かった。





 エレベーターホールに着くと、
丁度上の階から、エレベーターが
下りてくるところだった。

小さい頃に、
「エレベーターは、知らない人と
 密室になるから危ない」
と、母さんに言われてから、
俺は、階段を使うようにしていたけど、

そのときは、
早く行かないと、って気持ちで、
いっぱいで。

俺は、エレベーターの、
下に行くボタンを押した。

そして、ドアが開いて、
エレベーターに乗った。



 入ると、
後ろの壁際に、
中年程の男性が、立っていた。

その男性は、
フードを被り、
マスクを着けていて、
顔は、見えなかった。

俺はその人から、
すぐに目線を外して、
1階が押されていることを確認して、
ドアの閉まるボタンを押した。






 その瞬間、




 上げていた手首を




  ―――――すごい力で、

       捕まれた。
しおりを挟む

処理中です...