僕が”僕”じゃなかったら

パれっと

文字の大きさ
上 下
142 / 412
 ―――――承【1】―――――

5話「君は、知らない。」⑰

しおりを挟む








   「………きりが…」



「…霧?」

「……今、

 ……キリが、……悪い…から……」



 掴む手の力を、

 少し、強めて。





 「……まだ…


  ………帰り…たく………ない…。」



 段々、
 弱くなる声を、紡いだ。





 そのまま、

 少し、目を合わせていると、


 良太の、茶色い瞳が、



 フッと、
 細くなった。



「…うん。わかった。」

良太は、口角を上げて微笑み、

椅子に、座り直し。




俺、は、
掴んでいた手を、離した。



















 そして、

昇降口を出ると、
もう日が沈み、
景色は、黒く染まっていた。



「すっかり暗くなっちゃったねー。」


「そうだな…。」


俺達は、
駐輪場へと、並んで歩く。


「大丈夫?ご飯の支度とか。」

「…試験期間は、母さんが作るって…。」

「そっか、なら良かった。
 …あっくん、英語わかった?」

「…範囲のところは、
 わかった…
 かもしれない…ような…気も…」

「…すごい自信ないね…。」

「…お前は大丈夫なのかよ。
 ……国語、苦手だろ。」

「うーん…
 まあ…ノート見て頑張るよ…

 …あ。」


歩いていると、良太が声を上げて。


「星が出てる。」

そう言って、空を指をさした。


良太の指をさす先を、見上げると、

黒い空の中に、
小さな星が、散らばっていた。


「…ほんとだ…。」

「綺麗だね。」

良太が、穏やかに笑みを浮かべる。


それを見て、

「…そうだな。」

小さく、相槌を打って。


良太の目を、見たまま。


「………星が、
 ……綺麗ですね。」

小さく、口を動かした。


「…フフッ。
 なんで急に敬語なの。」

良太は
おかしそうに、口角を上げて笑い。


「……星に、敬意を払って……。」

俺、は、
目を横に向けて、つぶやいた。


「何それ。」

良太は、クスクス笑いながら歩いて、

少し離れた先に停めてある、
自分の自転車へ、向かっていった。



その後ろ姿を、見て、


少し、
肩の力が、緩んで。





目を、
地面へ、落とした。

しおりを挟む

処理中です...