僕が”僕”じゃなかったら

パれっと

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 ―――――転―――――

8話「かわいい子が、好きですか?」⑳

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付き人役の直己は、
本番は黒いジャケットを
着ることになっているが、
今は単なる制服姿だ。


「劇やってると、
 妹とやったおままごと
 思い出すなって話してた。」

良太が穏やかに答える。

「…あー!
 なんかわかるぜ!
 俺もよく、妹と
 おままごとやってたからな。」

直己がにこにこ喋る。

「直己は妹さんと、
 どんなおままごとやってたの?」

「えっと…
 あ、でも
 おままごとっていうより、
 恋人ごっこって感じだったかも。
 デートしてる設定だったり、
 妹の手作りの
 婚姻届けを一緒に書いたり…。」

「へえ…。なんかかわいいね。」

司が爽やかに、クスクス笑う。

「でも、
 職業とか本籍とか証人とか、
 俺そのとき小4だったから
 よくわかんなくて
 全然書けなかったんだよな~。」


「…そのとき妹さん、
 小1だよね。
 6歳の子が、そんな本格的なの
 手作りしたんだ…。」



 5人で話していると、
滝が、こちらに歩いてくるのが
目に入った。


「あ、おはよう滝。」

「おはよー滝!遅かったな~。」

「はよ。
 今日は演劇部と被っててな、
 ちょっと抜けてきた。」

良太や直己が、滝に挨拶をしていく。



「…それより凪。
 もしかしてとは思ってたが、

 今日も衣装着てないのか。」


滝が眉間にしわを寄せ、
俺を、頭からつま先まで
ジロジロ見た。



「そうなんだよこいつ、
 大原がいっくら言っても
 聞きやしねぇ。」

将人が、滝の横に来て
同調し始める。


「さすがに今日は
 着て練習しろ。
 体育館で練習できるの、
 今日入れて、あと2回なんだぞ。」


滝に言われ、
俺は、反論することができなくて
口をつぐむ。


「そうだな…。
 女装が嫌なのはわかるけど、
 本番失敗しちゃうかもだしな…。」

直己が俺に、労わるように言った。


「そうだぜ凪!着ろよ!
 俺も笑うの、2秒は我慢してやるから!!」

「…そこはもっと頑張れよ。」

俺は、ニヤニヤしている将人から
視線を外し。

息をついて。



「…わかった。」


ぼそりと答えた。


 そして、気の進まない手を動かし、

すぐ傍に置いてあった
衣装の入った段ボール箱から、

黒いカツラと、
水色のドレスを、引っ張り出す。

何度見ても、キラキラしたドレスだ。



「ついにドレス着るのか…
 なんかドキドキしてきたぜ…。」

「…なんで直己がドキドキするんだ…。」


両手にカツラとドレスを抱えると、

良太と、目が合う。


「せっかくだし、
 写真撮って、桜に送る?」


「…
 そんなことしたら、
 お前のノートにラクガキしてやる…。」


おかしそうに口角を上げて笑う
良太を、軽く睨んだ。


「…お前、
 桜とか…おばさんに、言ってないよな?」


「シンデレラやることでしょ?
 言ってないよ。
 でも別に、隠すことでもないと思うけど。」


「……どんな反応されるか…
 …知りたくないし…。」


「…ああ…確かに、桜は…」

 「じゃあ凪、行くか。」


 そこで滝に呼ばれ。

振り返ると、
滝は、
箱状の黒いポーチを、手に下げていた。


「…それ、なんだ?」


「ああ、
 メイク道具だよ。」


「ぶふっ!!!」


訊くと、滝は淡々と、
なんだかとんでもないことを述べた。


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