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 ―――――エピローグ―――――

最終話「僕は、君の半分」⑪ー殊ー

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 そして、学校から帰って。

自分の部屋で、
良太と、テーブルの角を挟んで
隣り合って座り、課題をやっていた。






「そういえばさ。」

 少しして、良太が顔を上げ、

「渡辺に聞いたんだけど。」

ぽつりと、話し始め。

その単語に、自分は思わず
背筋が伸び。


「渡辺から、
 俺たちに似たキャラの同人誌
 借りたんだって?」

滑らかに話す良太の声を、
耳に入れながら、
目を、ノートへと伏せた。


「………ナンノコトヤラ…。」

「……いや、ごまかせないって。
 渡辺が何か碧に渡してたから、
 気になって。
 訊いてみたら教えてくれたよ。」

「………そ、……そう……。」

思わず息をのみ、
良太へ、恐る恐る目線を上げたら。


「碧、そういうの興味あったんだね。」

良太は変わらない、穏やかな顔で
微笑んだ。


「……い、いや…その……
 渡辺がすごい勧めてきたから
 じゃあって感じで…
 似てるって言ってたから、
 どれぐらいだろうって気になってたし…
 べ、別に参考にしようとか思ったわけじゃなくて…」

その良太の表情が読めず、
脈拍が速くなりながら、声を出す。

「…そっか…。
 俺も読んでみていい?」

すると、良太がにこりと首をかしげる。

「…え…
 で、でもこれ……渡辺のだし…」

「渡辺から許可はもらってるよ。
 ……見せられないものなの?」

訝しげな眼を向けてくる良太に、
うっと喉が詰まり。

渋々自分のリュックから、
黒い袋を取り出した。


そうすると良太は受け取って、
袋の中の薄い本を出す。

「……ああ、なるほど…」

そのまま、穏やかな表情を動かさずに
表紙のイラストを見て、
流れる速さでパラパラめくり始め。
穏やかにそれを目で追っていき。

あっという間に、本を閉じた。


 そして、
それを、テーブルの上に置き。


「…………なるほど。」

また、ぼそっとつぶやく。


「……碧は、これ読んだの?」

そのまま、穏やかな雰囲気で
近付いて来て。

自分は反射的に、後ずさる。

「…………

 ………………トイレでちょっと…」

「…学校のトイレで読んじゃったの?」

じりじり詰め寄る良太から
反射的に後ずさっていって、

背中に押し入れの戸が当たり、
下がれなくなり。

あくまで穏やかな目で
ジッと見てくる良太を、
負けじと見返す。

「……別に…ヤバいものでは…
 ない…じゃん…。」

「うん……まあ、
 レーティングはギリセーフかなって
 レベルではあったけど。」

良太はそう穏やかに言うと、
少し、目元を緩めた。

「でも、あんま似てなかったね。
 髪型と体形ぐらい?」

「……そうだね…顔とかはあんま…」

「…うん……それに…」



 そして、トン、と、

自分の顔を挟むように、
良太の両手が、戸に当たって。

一気に良太の顔で、
目の前が暗くなったと思ったら、

その次には、
唇に、キスされていた。


突然のことに
思わず目が見開いているうちに、
唇を覆われ、
ちゅ…と柔らかく食まれて。

その柔らかい感覚に、
段々、自分の体にかかっていた
緊張が解けていき。
力が抜けて。

目を閉じて、良太の首へ腕を回した。


そうして、
ゆっくりと、唇を包まれる感触を、
感じていると。


 突然、両耳を塞がれる。


「んっ…ふ…」


驚いて目を開けた途端、
いきなり食まれる力が強くなり、
ちゅぱっ…ちゅぱっ…と強く唇を挟まれて、
下唇を甘く噛まれた。

「ふぁっ…」

突然の痺れに背筋が震え、
声が上がった次の瞬間、
舌が口の中に入ってきていた。

そのまま、荒く口の中のふちをまさぐり、
舌の付け根までにも激しく絡み付いてきて。
ぬるぬるした熱が交わり、
お互いの粘膜が溶け合う感覚がする中、
ぴちゃ…ぴちゃ…と、唾液を弾く音が、
頭に直接響いていく。

角度を変える度、はっ…はぁっ…と
お互いの荒い息遣いや、
自分から漏れ出る声が、
頭に強く、反響して。
キスしているのだということを、
強く、知らされて。
なんだか、すごく、変な感じがして。
体が、熱く、震えた。



 そして、ちゅぷ…と唇が離れ。
良太の瞳に焦点が合うと、

 すぐに視界が真っ暗になって、
何も見えなくなり。

その馴染んだ、ごつごつした感触に、
良太の掌に覆われていることに気付いた
ときには、
また舌が、口内を強く動き回っていた。

右耳を塞がれたまま、
さっきより少し弱く、
でも、くっきりと、
くちゅっ…くちゅ…舌と舌が
交じり合う音が、鳴り響いて。

初めて、目を、耳を、塞がれて、
荒く口内を舌に暴れられ。
それでも感じる、
唇の、舌の、感触と。
口に広がる味と。
吐息の熱と。
顔を包まれている体温と。
動いて、ふと鼻腔をくすぐる、
シャンプーの匂いに。
見えなくても、良太だということが、
ちゃんとわかって。
その、初めての強い感覚に、
体中に熱がどんどん巡って、
ぞわぞわしていき。
溶けてしまいそうに、なった頃、

ふと、熱が遠のく。


そして、
冷たい酸素が、体に入ってくると共に、
耳が軽く、目の前が明るくなり、
良太の顔が、ぼやけて映る。


良太は、乱れた息を整えながら、
クス…と目を細めて、小さく笑い。

「……とろとろになっちゃって可愛い…。」

唇に、囁いてきて。

自分の唇の端から垂れる糸に、
舌を伸ばされて、舐め取られ。
その赤が、ぼんやりする視界に、
鮮やかに映った。


「……参考にしてみたけど…
 …どうだった…?」

そのまま、良太の瞳が、
吸い込むように、覗いてきて。

自分は目の前で小さく動く、
その唇を、眺めながら。


「………すき……」

乱れた息が混ざった、声が、
開いていた口から漏れる。


そして、出ていた舌を近付けて、
舌先で、濡れて反射する
良太の唇を撫で。
そこにできた隙間へ、舌を進ませ、
厚い舌にしがみ付く。


そうしていると、
自分の後ろ頭に、右の頬に、
大きな掌が触れる感触がして。

自分は、良太の首に回している腕を、
引き寄せて、
そのまま、畳の上へと、倒れ込んだ。

そうして良太の手を、
枕にしている感覚がしながら、
真上にある良太の舌を、弱く撫でると。
良太の舌が、さっきと違って、
優しく、応えてくる。

溢れてくる温い粘液を、喉へ下ろして、
次第に、入らなかった分が、
口の端から、首へと、垂れていき。
ちゅく…ちゅく…部屋に鳴るのを
耳に感じつつ、
ゆっくり、柔らかく、
口同士を混ぜ合わせていたら。


「…ん…は……碧…」

不意に唇が離れ、
息のかかった声に呼ばれる。


「……なに…?」

目を薄く開き、
ぼんやりと、細く繋がる銀の糸を
捉えながら、
開いたままの口で、答えれば。


「そろそろ……終わりに…しよ…。」

良太はそう、息を整えつつ
小さな声を紡いで。
頬に添えていた手を、腰に回してきて、
自分ごと身体を起こしてくる。


「…もっ…と…」

小さく言いながら、また唇を寄せるが、
良太が顔を後ろへ引き、再び距離ができる。

「…これ以上…やったら…
 止まんなく…なりそ…だから…」

そう穏やかに言いつつ、
その親指で、自分の口の端を拭ってきた。

「……止まんなく…なったら…
 ………どうなるの……?」

肩を上下させたまま、
小さく、言葉を投げると。
良太は、フッと、
いたずらっぽい笑みをつくって。

「……碧を……
 めちゃくちゃに…しちゃう…。」

からかう声色で、囁いた。

自分はそれに、小さく首をかしげ、

「……して……いいよ…?」

良太の唇へ答えたら。

良太に、
両の腕を、やんわりと掴まれて、
そのままほどかれ、下ろされた。


「……だから、
 そういうことはまだできないんだって。」

そして苦く笑って、つぶやく。

「……良太の言う、
 『いつか』って……いつなの…?」

思わず訊けば、
良太は、少し斜め上へ目をやり。


「……とりあえず、
 高校卒業してからだな…。」

ぼそっと、声を落とした。


「……あと…2年もあるよ…?」

「…碧…。」

そうしたら、良太は
呆れたように息をつき。

フッと、口元を緩め、

僕の手を取って、

そのまま、両の掌を合わせ、
指を絡めて、握ってきた。


「……これから、
 ずっと一緒にいるんだから…
 2年なんて、短いよ。」

そしてそう、
柔らかく目を細めて、言って。


その言葉に、僕は、
自然と、笑みが漏れた。



「……碧、爪立てなくなったね。」

すると良太が、クスクス笑って
話す。

「ん……あれから…
 爪、短くしてるから…。」

「…あ、ほんとだ。深爪してる。」

組んでいる僕の指を見て、
また、おかしそうに笑って。


「………可愛い。」

深く、囁く。



「……やっぱり、漫画のキャラと
 似てないよね。」

そして、そのまま、

「漫画のキャラはちょっと嫌がってたけど、
 …碧は…ああいうの好きなんだもんね。」

そう、からかうみたいに喋り。


「……好きだよ。」

自分は、良太の肩に額を寄せ、


「……だって……良太のキスだから…。」

良太の胸へ、言葉を返すと。

良太が、自分の後ろ頭を、
ゆっくりと、優しく撫でてきた。


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