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終の段
一
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源中納言家と三位中将の確執は一時、世間の人々を大いに賑わせた。若輩者の無礼に良識ある者は憤り、三位中将はしばらく出仕を取りやめる事態となった。彼の妻が男ということも広く知られることとなり、好奇の目はしばらく絶えなかったが、三位中将の立ち回りはすべて妻のためだったということが伝わってからは一気に同情を集め、そのうち話題にものぼらなくなった。
明くる年、藤原 道頼は中納言に昇進し、道頼の父は左大将から右大臣へと昇った。同じ頃、弘徽殿女御が懐妊した知らせも届いた。一家はますますの栄華にときめき、大きな幸せの中にいた。
そんな晴れがましい時分、落窪の身に変化が起きた。
それは、発情期を目前に控えた冬の晩のことだった。
「ん……、ん、……ん」
御帳台の中で道頼と抱きあいながら、幾度も口づけを交わしていた。
「まだ足りない。資親(すけちか)、もっと舌をあわせて……」
資親というのは、落窪の真名である。男の自分を厭っていたため、阿漕にもその名を呼ばないよう頼んでいたのだが、今では道頼に囁かれるたび嬉しくなる。ちなみに、幼い頃は阿漕も落窪のことを真名で呼んでいたが、道頼が「私以外誰にも呼ばせないでください」と言うので、阿漕はいまだに落窪のことを「姫」と呼んでいる。
「ん……、はあ……」
発情期が始まると、つがい以外との粘膜接触はすべて受けつけなくなる。そのため、落窪――資親たちは明日から数日、口づけも交わせなくなるのだ。
「ん……っ、あ」
道頼に翻弄され、頭がくらくらしてくる。追ってくる唇を躱して何度か大きく息を吸うと、彼はようやく資親を解放した。
「すみません、激しすぎましたね」
燈台の明かりで薄ぼんやりと浮かび上がる道頼の唇が、唾液でぬらぬらと光っている。その様の艶やかさに、資親の胸がは高鳴った。
「そんな顔をされると我慢が利かなくなる」
「そんな顔……?」
「私を欲しがっている顔ですよ」
「……もっと先までしても大丈夫です」
「いや、だめです」
唾液よりも精液のほうが拒否反応が強い。それゆえ、発情期の前日は念を入れて扱きあいをしないことになっていた。
しかし、それでは物足りない。先ほどから胸が痛いほどに早鐘を打っている。
「道頼様……」
堪えきれず名を呼んで、胸元に擦り寄る。
その瞬間。
「資親……っ?」
身体を離した道頼は、資親の頭頂から爪先までくまなく見つめたあと、全身に鼻先をつけ匂いを嗅ぎ始めた。
「え、な、なに……」
単の合わせを割って資親自身に顔を近づけられたところで、資親は耐えきれず、道頼の頭を抑えた。
「恥ずかしいから、やめ、てください……」
いっぽう、下肢から資親を見上げる道頼は真剣な表情だった。
「資親、あなたから男女伽の匂いがします」
「えっ?」
「微かだけれど、間違いない。この香り……以前嗅いだあなたの匂いです」
資親にはわからない。昨日までの自分と特に変わったことはないはずだ。
しかし、道頼は資親の首筋を晒し、典薬の助に噛まれた歯形を撫でた。
「やはり……痕が薄くなっている」
「え?」
「もう少しで、私たちはつがいになれるかもしれない!」
道頼が嬉々として資親を抱きしめてから一年半後。典薬の助が亡くなったという噂が届いた。
そしてさらに一年後、二条邸に新しい命が誕生したのだった。
めでたし、めでたし。
明くる年、藤原 道頼は中納言に昇進し、道頼の父は左大将から右大臣へと昇った。同じ頃、弘徽殿女御が懐妊した知らせも届いた。一家はますますの栄華にときめき、大きな幸せの中にいた。
そんな晴れがましい時分、落窪の身に変化が起きた。
それは、発情期を目前に控えた冬の晩のことだった。
「ん……、ん、……ん」
御帳台の中で道頼と抱きあいながら、幾度も口づけを交わしていた。
「まだ足りない。資親(すけちか)、もっと舌をあわせて……」
資親というのは、落窪の真名である。男の自分を厭っていたため、阿漕にもその名を呼ばないよう頼んでいたのだが、今では道頼に囁かれるたび嬉しくなる。ちなみに、幼い頃は阿漕も落窪のことを真名で呼んでいたが、道頼が「私以外誰にも呼ばせないでください」と言うので、阿漕はいまだに落窪のことを「姫」と呼んでいる。
「ん……、はあ……」
発情期が始まると、つがい以外との粘膜接触はすべて受けつけなくなる。そのため、落窪――資親たちは明日から数日、口づけも交わせなくなるのだ。
「ん……っ、あ」
道頼に翻弄され、頭がくらくらしてくる。追ってくる唇を躱して何度か大きく息を吸うと、彼はようやく資親を解放した。
「すみません、激しすぎましたね」
燈台の明かりで薄ぼんやりと浮かび上がる道頼の唇が、唾液でぬらぬらと光っている。その様の艶やかさに、資親の胸がは高鳴った。
「そんな顔をされると我慢が利かなくなる」
「そんな顔……?」
「私を欲しがっている顔ですよ」
「……もっと先までしても大丈夫です」
「いや、だめです」
唾液よりも精液のほうが拒否反応が強い。それゆえ、発情期の前日は念を入れて扱きあいをしないことになっていた。
しかし、それでは物足りない。先ほどから胸が痛いほどに早鐘を打っている。
「道頼様……」
堪えきれず名を呼んで、胸元に擦り寄る。
その瞬間。
「資親……っ?」
身体を離した道頼は、資親の頭頂から爪先までくまなく見つめたあと、全身に鼻先をつけ匂いを嗅ぎ始めた。
「え、な、なに……」
単の合わせを割って資親自身に顔を近づけられたところで、資親は耐えきれず、道頼の頭を抑えた。
「恥ずかしいから、やめ、てください……」
いっぽう、下肢から資親を見上げる道頼は真剣な表情だった。
「資親、あなたから男女伽の匂いがします」
「えっ?」
「微かだけれど、間違いない。この香り……以前嗅いだあなたの匂いです」
資親にはわからない。昨日までの自分と特に変わったことはないはずだ。
しかし、道頼は資親の首筋を晒し、典薬の助に噛まれた歯形を撫でた。
「やはり……痕が薄くなっている」
「え?」
「もう少しで、私たちはつがいになれるかもしれない!」
道頼が嬉々として資親を抱きしめてから一年半後。典薬の助が亡くなったという噂が届いた。
そしてさらに一年後、二条邸に新しい命が誕生したのだった。
めでたし、めでたし。
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