13 / 23
第三章
三話 帰還
しおりを挟む
ニーナ市の市壁の外には深い森が広がり、獣が多く棲んでいる。森の先には農村が点在しているが、馬を失った足ではたどりつくまで半日はかかるだろう。小さな村で馬をはじめとした旅支度ができるとも限らないから、そこまで進むか否かは賭けだった。
監察史――ティボー・ラピンは、転移者たちを取り逃したあと、徒歩でニーナ市に引き返すことにした。火種も多少の食料も荷台に残っていたので、森の中で迷わなければ命の危険は少ないと踏んだからだ。ティボーの目論見では、翌日の夕刻にはニーナ市に戻れるはずだった。
(あいつらが馬を逃がしさえしなけりゃ、いまごろ森を抜けてとなりの市に行けてたっつうのに)
≪葉っぱ≫の過剰摂取により獣に成り下がった連中は、一度暴れだすと言うことを聞かせるのが難しい。とばっちりにあわないよう、彼らに転移者たちを襲わせた際に席を外したのだが、戻ったときには、どうやったのか転移者たちが馬とともに消えていた。焚き火の中心で高笑いしている獣たちの不気味なことといったら。
しかし、結局、転移者たちは暗い森のなかで足を踏み外し、川に落下してしまったようだった。
(ふん、馬鹿な奴らめ)
夜の間中火を起こして猛獣から身を守っていたティボーは、翌朝森を捜索し、川岸にひっかかった服の切れ端と、地面に人間が転がったであろう痕跡を発見した。転移者に出し抜かれてはらわたが煮えくり返っていた彼は、その惨状を見てようやく溜飲を下げた。
(ニーナ市に戻ったら、役人と教会のやつらにこの現場を確認させる。そして、転移者らは不慮の事故で死んだと正式に認めさせよう)
ティボーの筋書きはこうだ。ティボーは監察史として反逆者たちを王都に連行しようとしたが、彼らは王族に返上するはずだった金貨を持ち逃げした。その最中に川に流されたため、転移者たちは死に、彼らが奪った金貨の行方はもはやわからなくなった。
腰に下げた小袋にずっしりと収まった金貨の重みを感じながら、ティボーは口元が緩むのを抑えられなかった。獣たちに転移者を殺させることはできなかったが、それ以上に自分に都合のいい結果となった。王家は自分に金貨を受け取れと言っているに違いない。
「王族の加護に感謝します。フリイ」
獣たちを回収するのは最初から諦めている。転移者たちの末路を確認したあとは、自分を生かす食糧と火種だけを持ち、森の中を歩きだした。
ティボーの目論見に反して、その日中の帰還は叶わなかった。しかたなく森の中でもう一泊し、たった今ようやくニーナ市に戻った。ニーナ市を出てから二日が経っており、ちょうど収穫祭の日だった。
昼過ぎになっても、西区の市門にはニーナ市に入ろうとする人々が長い列を作っている。しかし、ティボーは行儀よく並んでいる人々を追い抜かして、関門の前に立った。
甲冑をまとった衛兵が近寄ってくる。
「ラピン様、お早いお帰りですね。王都に向かわれたのでは?」
「ああ、事情が変わった。中に入らせてくれ」
「はい、どうぞ」
ティボーがこの地域の監察を担当するようになって、二年が経った。ニーナ市の役人たちとは深い仲なので、いまさら身体検査もなければ通行証の確認もいらない。
関門を潜り抜けるとき、市内から出ていく荷馬車とすれ違った。トルバート王国民にありがちな茶髪の御者が馬を操縦しているが、よくよく顔を見ればマシ国の人間だとわかる。トレゾール邸から送り出された連中だ。周囲の人々の手前、一応検査をしているように見せているが、実態は右から左の無検査である。トレゾール邸で栽培された大量の≪葉っぱ≫を積んだ荷馬車はマシ国に向かい、闇市でさばかれる。
薬物の栽培および販売は、マシ国でもトルバート王国でも、死罪一択の重罪だ。そのため、国家を跨いだ薬物流通の経路が公になれば、国同士の問題にも発展しかねない。しかし、それほどの事案だからこそ、見なかったことにするだけで大量の賄賂が手に入る。いい商売である。
(うまくやれよ)
最近、西区に薬物中毒者が転がっていることが増えた。彼らの大半は、トレゾール邸で知らぬうちに≪葉っぱ≫を摂取させられた使用人の成れの果てである。≪葉っぱ≫は通年採取できるが、土の栄養がなくなってくると、薬物にした際に酩酊感が薄れてくるらしい。そのため、トレゾール邸の主人は育った≪葉っぱ≫の有効性を確認するため、燻した≪葉っぱ≫を菓子に混ぜて使用人に食べさせるのだという。中毒症状が出てきたころには、≪葉っぱ≫のためならなんでもこなす従順な手先となるが、だんだん人間の知性をなくした獣に成り下がり、最終的には虚脱感に襲われてまともに動けなくなる。そうなると先は短く使いものにならないので、そのへんに打ち捨てられるのだった。たいていは屋敷を出てすぐ餓死するので、金で囲いこんだニーナ市の役人がさっさと死体を回収し、身元不明者として処分する。
二年ほどこのやりかたで莫大な利益をあげてきたトレゾールたちだったが、さすがにそろそろマシ国およびトルバート王国にその存在を嗅ぎつけられるだろう。そうなる前に手を切る必要がある。しかし、できるだけ長く利益を貪りたい。だから、トレゾールには少しでも長く、周囲を欺き続けてもらわねばならない。
心の中で手を振って、ティボーはニーナ市に入った。
収穫祭当日の市内は、どこもかしこも稲穂の輪っか飾りと黄色い何かが飾られている。北区に行けば金貨や金細工の飾りが軒先にぶら下がっていることもあるが、貧民層の多い西区では使い古された靴下や布切れが大半であった。
細い路地に入ると、家々の二階の窓と窓の間に縄が張られており、三角に切った黄色い布製の旗が吊るされている。風でそよぐたび、稲穂のようにさやさやと音を立てる。
収穫祭は年に一度の祭である。大人も子どもも、富める者も貧しい者も、この時ばかりは祭を楽しむ。そのため、市中は多くの人で賑わっていた。
人混みを搔きわけ、西区の隅にある安宿に向かう。貧民街のほうが情報が集まるのは常識だ。ティボーはこのニーナ市に滞在するときはいつも同じ宿を使っている。
間口の狭い店々が立ち並ぶなかでもことさら狭い建物。玄関先は砂埃が溜まっているし、木製の扉はひび割れている。一度も補修したことがないだろう古臭い建物は、建物の中ももちろん汚い。
「よう、今日も空いてるか?」
カウンターに立つ禿頭の中年男性に声をかける。宿屋の店主だ。彼はティボーの姿を見ると、申しわけなさそうに首を振った。
「すまんね、満室だよ」
ティボーは驚いた。全四室のこの宿屋が満室になったところを見たことがなかったからだ。
「いったいどうしたんだ?」
「おいらが聞きたいね。昨日急に団体客がやってきたんだよ」
天変地異にも思える事態に首を捻りつつ、ティボーは宿屋を出た。この宿屋は安いだけでなく、客が何をしていようが見て見ぬふりをするので、非常に使い勝手が良かったのだがしかたない。
近隣の宿屋を手当たり次第に尋ねたが、どこも満室だった。他の地区で宿屋を探すことも考えたが、きっとどの場所も似たような状況のうえ、祭の時期なのでとんでもない金額になっているだろう。
(まいったな)
夜通し飲み明かすにしても、金貨を大量に持ったままなのはいただけない。ティボーは取り急ぎ教会に向かうことにした。
「やあ、おっさん飲んでるかい?」
「うちの鶏肉の丸焼き食べてってくれよ!」
通りに面した店のカウンターからあれそれ声がかかるが、ティボーはすべて無視して真っ直ぐ歩いた。祭にもかかわらずどんな誘い文句にも引っかからない男が不思議なのか、周囲からの視線を感じる。
広場に出ると、西区の通りとは比べものにならないほど多くの屋台が並び、喧騒に満ちていた。皆大声で酒を酌み交わしている。男も女も笑いあいながら骨付き肉や焼き菓子を食べ、ところ構わず踊っている。その隙間を荷車を押した酒屋が練り歩き、路面販売に精を出していた。
国王の彫刻前にはすでに多くの供物――干し肉の塊や、ミルクの実など――が積み上がっている。その横には切り倒したばかりの木で組まれた二階建ての演壇があり、ニーナ辺境伯とニーナ市司教が演説を行なっていた。美々しい正装で壇上に立つ彼らは、いつになく威厳に満ちているように見える。
(そうか、今は司教は留守か……)
演壇の先に白亜の教会が佇んでいた。先に行って彼の到着を待つか、あるいは退屈なだけの演説を聞いて時間潰しをするか。悩んで一瞬足が止まる。
教会の前には一人の物乞いが座りこんでいた。頭巾を被った顔は見えないが、ティボーが足を止めた瞬間、かすかにあごを引いたように見えた。わずかな動作だったが、こちらの動きに呼応しているように感じた。それに気づいたとき、ティボーは確信した。尾行されている、と。
歩くたび、自分に刺さる視線が増えている気がしていたのだ。最初は祭にもかかわらず辛気臭い顔をした男が珍しいだけかと思ったのだが。
唐突に体を反転させる。すると、葡萄酒の屋台の前に立っていた男と、黄色い花を荷台に乗せて練り歩く花屋の女が、びくっと体を揺らしたのがわかった。
「あっ」
物乞いが小さな声をあげた。振り返ると、男の手元から一枚の紙が滑り落ちたところだった。男は慌てて拾いあげたが、時すでに遅し。ティボーにはしっかり見えていた。
見たものが受け入れがたく、わなわなと唇が震える。と、そこに、
「撤収!」
突然、凛とした声が響いた。その途端、物乞いをはじめ周囲の人間が十人ほど走りだす。ばたばたと走り去る男たちに指示を出したのは、死んだはずの転移者だった。
「は?」
きらきら輝く金髪、端正な面立ち。間違いない。
いっぱい食わされた。
そう気づいた時にはすでに、転移者は手の届かないところまで走りだしていた。
監察史――ティボー・ラピンは、転移者たちを取り逃したあと、徒歩でニーナ市に引き返すことにした。火種も多少の食料も荷台に残っていたので、森の中で迷わなければ命の危険は少ないと踏んだからだ。ティボーの目論見では、翌日の夕刻にはニーナ市に戻れるはずだった。
(あいつらが馬を逃がしさえしなけりゃ、いまごろ森を抜けてとなりの市に行けてたっつうのに)
≪葉っぱ≫の過剰摂取により獣に成り下がった連中は、一度暴れだすと言うことを聞かせるのが難しい。とばっちりにあわないよう、彼らに転移者たちを襲わせた際に席を外したのだが、戻ったときには、どうやったのか転移者たちが馬とともに消えていた。焚き火の中心で高笑いしている獣たちの不気味なことといったら。
しかし、結局、転移者たちは暗い森のなかで足を踏み外し、川に落下してしまったようだった。
(ふん、馬鹿な奴らめ)
夜の間中火を起こして猛獣から身を守っていたティボーは、翌朝森を捜索し、川岸にひっかかった服の切れ端と、地面に人間が転がったであろう痕跡を発見した。転移者に出し抜かれてはらわたが煮えくり返っていた彼は、その惨状を見てようやく溜飲を下げた。
(ニーナ市に戻ったら、役人と教会のやつらにこの現場を確認させる。そして、転移者らは不慮の事故で死んだと正式に認めさせよう)
ティボーの筋書きはこうだ。ティボーは監察史として反逆者たちを王都に連行しようとしたが、彼らは王族に返上するはずだった金貨を持ち逃げした。その最中に川に流されたため、転移者たちは死に、彼らが奪った金貨の行方はもはやわからなくなった。
腰に下げた小袋にずっしりと収まった金貨の重みを感じながら、ティボーは口元が緩むのを抑えられなかった。獣たちに転移者を殺させることはできなかったが、それ以上に自分に都合のいい結果となった。王家は自分に金貨を受け取れと言っているに違いない。
「王族の加護に感謝します。フリイ」
獣たちを回収するのは最初から諦めている。転移者たちの末路を確認したあとは、自分を生かす食糧と火種だけを持ち、森の中を歩きだした。
ティボーの目論見に反して、その日中の帰還は叶わなかった。しかたなく森の中でもう一泊し、たった今ようやくニーナ市に戻った。ニーナ市を出てから二日が経っており、ちょうど収穫祭の日だった。
昼過ぎになっても、西区の市門にはニーナ市に入ろうとする人々が長い列を作っている。しかし、ティボーは行儀よく並んでいる人々を追い抜かして、関門の前に立った。
甲冑をまとった衛兵が近寄ってくる。
「ラピン様、お早いお帰りですね。王都に向かわれたのでは?」
「ああ、事情が変わった。中に入らせてくれ」
「はい、どうぞ」
ティボーがこの地域の監察を担当するようになって、二年が経った。ニーナ市の役人たちとは深い仲なので、いまさら身体検査もなければ通行証の確認もいらない。
関門を潜り抜けるとき、市内から出ていく荷馬車とすれ違った。トルバート王国民にありがちな茶髪の御者が馬を操縦しているが、よくよく顔を見ればマシ国の人間だとわかる。トレゾール邸から送り出された連中だ。周囲の人々の手前、一応検査をしているように見せているが、実態は右から左の無検査である。トレゾール邸で栽培された大量の≪葉っぱ≫を積んだ荷馬車はマシ国に向かい、闇市でさばかれる。
薬物の栽培および販売は、マシ国でもトルバート王国でも、死罪一択の重罪だ。そのため、国家を跨いだ薬物流通の経路が公になれば、国同士の問題にも発展しかねない。しかし、それほどの事案だからこそ、見なかったことにするだけで大量の賄賂が手に入る。いい商売である。
(うまくやれよ)
最近、西区に薬物中毒者が転がっていることが増えた。彼らの大半は、トレゾール邸で知らぬうちに≪葉っぱ≫を摂取させられた使用人の成れの果てである。≪葉っぱ≫は通年採取できるが、土の栄養がなくなってくると、薬物にした際に酩酊感が薄れてくるらしい。そのため、トレゾール邸の主人は育った≪葉っぱ≫の有効性を確認するため、燻した≪葉っぱ≫を菓子に混ぜて使用人に食べさせるのだという。中毒症状が出てきたころには、≪葉っぱ≫のためならなんでもこなす従順な手先となるが、だんだん人間の知性をなくした獣に成り下がり、最終的には虚脱感に襲われてまともに動けなくなる。そうなると先は短く使いものにならないので、そのへんに打ち捨てられるのだった。たいていは屋敷を出てすぐ餓死するので、金で囲いこんだニーナ市の役人がさっさと死体を回収し、身元不明者として処分する。
二年ほどこのやりかたで莫大な利益をあげてきたトレゾールたちだったが、さすがにそろそろマシ国およびトルバート王国にその存在を嗅ぎつけられるだろう。そうなる前に手を切る必要がある。しかし、できるだけ長く利益を貪りたい。だから、トレゾールには少しでも長く、周囲を欺き続けてもらわねばならない。
心の中で手を振って、ティボーはニーナ市に入った。
収穫祭当日の市内は、どこもかしこも稲穂の輪っか飾りと黄色い何かが飾られている。北区に行けば金貨や金細工の飾りが軒先にぶら下がっていることもあるが、貧民層の多い西区では使い古された靴下や布切れが大半であった。
細い路地に入ると、家々の二階の窓と窓の間に縄が張られており、三角に切った黄色い布製の旗が吊るされている。風でそよぐたび、稲穂のようにさやさやと音を立てる。
収穫祭は年に一度の祭である。大人も子どもも、富める者も貧しい者も、この時ばかりは祭を楽しむ。そのため、市中は多くの人で賑わっていた。
人混みを搔きわけ、西区の隅にある安宿に向かう。貧民街のほうが情報が集まるのは常識だ。ティボーはこのニーナ市に滞在するときはいつも同じ宿を使っている。
間口の狭い店々が立ち並ぶなかでもことさら狭い建物。玄関先は砂埃が溜まっているし、木製の扉はひび割れている。一度も補修したことがないだろう古臭い建物は、建物の中ももちろん汚い。
「よう、今日も空いてるか?」
カウンターに立つ禿頭の中年男性に声をかける。宿屋の店主だ。彼はティボーの姿を見ると、申しわけなさそうに首を振った。
「すまんね、満室だよ」
ティボーは驚いた。全四室のこの宿屋が満室になったところを見たことがなかったからだ。
「いったいどうしたんだ?」
「おいらが聞きたいね。昨日急に団体客がやってきたんだよ」
天変地異にも思える事態に首を捻りつつ、ティボーは宿屋を出た。この宿屋は安いだけでなく、客が何をしていようが見て見ぬふりをするので、非常に使い勝手が良かったのだがしかたない。
近隣の宿屋を手当たり次第に尋ねたが、どこも満室だった。他の地区で宿屋を探すことも考えたが、きっとどの場所も似たような状況のうえ、祭の時期なのでとんでもない金額になっているだろう。
(まいったな)
夜通し飲み明かすにしても、金貨を大量に持ったままなのはいただけない。ティボーは取り急ぎ教会に向かうことにした。
「やあ、おっさん飲んでるかい?」
「うちの鶏肉の丸焼き食べてってくれよ!」
通りに面した店のカウンターからあれそれ声がかかるが、ティボーはすべて無視して真っ直ぐ歩いた。祭にもかかわらずどんな誘い文句にも引っかからない男が不思議なのか、周囲からの視線を感じる。
広場に出ると、西区の通りとは比べものにならないほど多くの屋台が並び、喧騒に満ちていた。皆大声で酒を酌み交わしている。男も女も笑いあいながら骨付き肉や焼き菓子を食べ、ところ構わず踊っている。その隙間を荷車を押した酒屋が練り歩き、路面販売に精を出していた。
国王の彫刻前にはすでに多くの供物――干し肉の塊や、ミルクの実など――が積み上がっている。その横には切り倒したばかりの木で組まれた二階建ての演壇があり、ニーナ辺境伯とニーナ市司教が演説を行なっていた。美々しい正装で壇上に立つ彼らは、いつになく威厳に満ちているように見える。
(そうか、今は司教は留守か……)
演壇の先に白亜の教会が佇んでいた。先に行って彼の到着を待つか、あるいは退屈なだけの演説を聞いて時間潰しをするか。悩んで一瞬足が止まる。
教会の前には一人の物乞いが座りこんでいた。頭巾を被った顔は見えないが、ティボーが足を止めた瞬間、かすかにあごを引いたように見えた。わずかな動作だったが、こちらの動きに呼応しているように感じた。それに気づいたとき、ティボーは確信した。尾行されている、と。
歩くたび、自分に刺さる視線が増えている気がしていたのだ。最初は祭にもかかわらず辛気臭い顔をした男が珍しいだけかと思ったのだが。
唐突に体を反転させる。すると、葡萄酒の屋台の前に立っていた男と、黄色い花を荷台に乗せて練り歩く花屋の女が、びくっと体を揺らしたのがわかった。
「あっ」
物乞いが小さな声をあげた。振り返ると、男の手元から一枚の紙が滑り落ちたところだった。男は慌てて拾いあげたが、時すでに遅し。ティボーにはしっかり見えていた。
見たものが受け入れがたく、わなわなと唇が震える。と、そこに、
「撤収!」
突然、凛とした声が響いた。その途端、物乞いをはじめ周囲の人間が十人ほど走りだす。ばたばたと走り去る男たちに指示を出したのは、死んだはずの転移者だった。
「は?」
きらきら輝く金髪、端正な面立ち。間違いない。
いっぱい食わされた。
そう気づいた時にはすでに、転移者は手の届かないところまで走りだしていた。
17
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。
【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!
黒木 鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。
完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました
禅
BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。
その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。
そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。
その目的は――――――
異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話
※小説家になろうにも掲載中
【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。
Y(ワイ)
BL
「起こされて、食べさせられて、整えられて……恋人ごっこって、どこまでが″ごっこ″ですか?」
***
地味で平凡な高校生、生徒会副会長の根津美咲は、影で学園にいるカップルを記録して同人のネタにするのが生き甲斐な″腐男子″だった。
とある誤解から、学園の王子、天瀬晴人と“偽装カップル”を組むことに。
料理、洗濯、朝の目覚まし、スキンケアまで——
同室になった晴人は、すべてを優しく整えてくれる。
「え、これって同居ラブコメ?」
……そう思ったのは、最初の数日だけだった。
◆
触れられるたびに、息が詰まる。
優しい声が、だんだん逃げ道を塞いでいく。
——これ、本当に“偽装”のままで済むの?
そんな疑問が芽生えたときにはもう、
美咲の日常は、晴人の手のひらの中だった。
笑顔でじわじわ支配する、“囁き系”執着攻め×庶民系腐男子の
恋と恐怖の境界線ラブストーリー。
【青春BLカップ投稿作品】
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞に応募しましたので、見て頂けると嬉しいです!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
専属バフ師は相棒一人しか強化できません
風
BL
異世界転生した零理(レイリ)の転生特典は仲間にバフをかけられるというもの。
でもその対象は一人だけ!?
特に需要もないので地元の村で大人しく農業補佐をしていたら幼馴染みの無口無表情な相方(唯一の同年代)が上京する!?
一緒に来て欲しいとお願いされて渋々パーティを組むことに!
すると相方強すぎない?
え、バフが強いの?
いや相方以外にはかけられんが!?
最強バフと魔法剣士がおくるBL異世界譚、始まります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる