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大正浪漫
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薔薇の話し、御伽噺。
『死にゆく花』
それが一番好きなお話だった。
話はこうだ。
ある夫婦が、慎ましく、健やかに暮らしていた。2人には、子供はまだいなかったが、結婚してまだ幾月か。ただ幸福のみを感じていた。
嫁の、イチが気分が悪いと言って、その日は蒲団から出てこれなかった。突然、噦きだしたので、背中を摩ってやる。イチは血を吐いた。どうすれば良いのか分からず、自分はただ背中を摩る。そうして、落ち着いて手を見れば、血とともに紺碧色の透明な宝石が、血に包まれてあった。
それは、貧乏な彼らは見たことのない様な綺麗なもので、一目で高価なものに違いないとわかった。けれど、それは悪い人たちに良いように扱われる一つの悪いものであることを自分は理解する。
「イチ、これは誰にも言ってはいけない。私達だけの秘密にしよう」
そうして、彼らはイチの吐いた宝石を隠すことに決めた。医者にも見せられない、ただ苦しむイチを眺めるだけしか出来なかった。
ある日の事だった。イチの白い、そして細い腹に何かの葉が咲いていた。これはなんだと調べてみれば、どうやら薔薇という花の1種らしい。けれど、彼女に咲いた薔薇には棘も無ければ、どうやら茎も違うようだった。学者でも、花屋でない自分には見当もつかない。
どうやら、寺子屋の時の同期生が医者になったと知らせが届いた。その人なら信頼出来るかもしれないと、イチを見せた。そいつもイチの病気は分からないようだった。
「研究所に、お前の嫁を連れてこないか。より詳しくわかるかもしれない」
例え友だったとしても、やはり信頼は出来ないのだと思った。コイツは研究心を胸に抱いて、イチに近づいたのだ。
イチの薔薇の蔦は成長して、もう全身に回る程だった。人には見せられまいと、イチを家へ閉じ込めた。何処にも出さなければ、愛するイチは誰にも取られない。利用もされない。日に日に彼女は疲弊していき、薔薇が成長するほど、彼女の元気は消えてゆくようだった。
もはや、噎せることもなく、口から宝石を垂れ流す彼女。それでも、自分はイチを愛おしいと、感じていた。
蕾が花開き、彼女は死んだ。青い薔薇だった。
彼女が咲かせた薔薇だった。
「お嬢さん、やっぱり私はこれが好きにはなれないよ」
「あら、先生が嫌いでも、私はこの話が大好きよ」
先生は、私の主治医だった。週に何回か、大体5日はここの家に通ってくれている。とても偉い人で、前の医師の紹介を得て、特別に私を見てくれている。見目が良いのに、うまい具合に結婚が出来ないのだと言っていた。
皆私を、奥さんとよぶのに、彼だけはお嬢さんと呼ぶ。
その理由を私と彼だけが知っている。
「お嬢さんなら、西洋のお姫様とか、そういうものが好きになりそうなものなのに。」
「お姫様も大好きよ。けれど何故かこれが好きなのよ」
私はお金持ち特有のくすくすとした笑い声をあげた。
「まあ、愛おしいものを閉じ込めるという気持ちは分からないこともないけれど」
「あら、先生にも歪んだ感情がお有りになっていたのね」
「私だって人間ですから」
彼は私の手をそっと握った。何だか壊れやすいものを触るように、静かに私に触れた。彼の体温は、夫の体温よりは大分低いようだったけれど、私の体温よりは高くて、それが段々溶け合っていくのが心地よかった。
「先生は、いつでもこんなところへ来て。お暇なの?」
「暇ですよ」
「この話のお医者様のように、貴方も私を研究しているから?」
「ええ、研究しています。貴方の心を射止める術を」
私はそっと、彼の手を外して言った。
「まあ、お上手だこと」
私と彼の恋はきっと始まらない。私には夫がいて、彼には仕事があるのだもの。
けれど、いつかこの想いを塞き止めるものが壊れてしまった時にどうなるのか、私には創造も出来なかった
『死にゆく花』
それが一番好きなお話だった。
話はこうだ。
ある夫婦が、慎ましく、健やかに暮らしていた。2人には、子供はまだいなかったが、結婚してまだ幾月か。ただ幸福のみを感じていた。
嫁の、イチが気分が悪いと言って、その日は蒲団から出てこれなかった。突然、噦きだしたので、背中を摩ってやる。イチは血を吐いた。どうすれば良いのか分からず、自分はただ背中を摩る。そうして、落ち着いて手を見れば、血とともに紺碧色の透明な宝石が、血に包まれてあった。
それは、貧乏な彼らは見たことのない様な綺麗なもので、一目で高価なものに違いないとわかった。けれど、それは悪い人たちに良いように扱われる一つの悪いものであることを自分は理解する。
「イチ、これは誰にも言ってはいけない。私達だけの秘密にしよう」
そうして、彼らはイチの吐いた宝石を隠すことに決めた。医者にも見せられない、ただ苦しむイチを眺めるだけしか出来なかった。
ある日の事だった。イチの白い、そして細い腹に何かの葉が咲いていた。これはなんだと調べてみれば、どうやら薔薇という花の1種らしい。けれど、彼女に咲いた薔薇には棘も無ければ、どうやら茎も違うようだった。学者でも、花屋でない自分には見当もつかない。
どうやら、寺子屋の時の同期生が医者になったと知らせが届いた。その人なら信頼出来るかもしれないと、イチを見せた。そいつもイチの病気は分からないようだった。
「研究所に、お前の嫁を連れてこないか。より詳しくわかるかもしれない」
例え友だったとしても、やはり信頼は出来ないのだと思った。コイツは研究心を胸に抱いて、イチに近づいたのだ。
イチの薔薇の蔦は成長して、もう全身に回る程だった。人には見せられまいと、イチを家へ閉じ込めた。何処にも出さなければ、愛するイチは誰にも取られない。利用もされない。日に日に彼女は疲弊していき、薔薇が成長するほど、彼女の元気は消えてゆくようだった。
もはや、噎せることもなく、口から宝石を垂れ流す彼女。それでも、自分はイチを愛おしいと、感じていた。
蕾が花開き、彼女は死んだ。青い薔薇だった。
彼女が咲かせた薔薇だった。
「お嬢さん、やっぱり私はこれが好きにはなれないよ」
「あら、先生が嫌いでも、私はこの話が大好きよ」
先生は、私の主治医だった。週に何回か、大体5日はここの家に通ってくれている。とても偉い人で、前の医師の紹介を得て、特別に私を見てくれている。見目が良いのに、うまい具合に結婚が出来ないのだと言っていた。
皆私を、奥さんとよぶのに、彼だけはお嬢さんと呼ぶ。
その理由を私と彼だけが知っている。
「お嬢さんなら、西洋のお姫様とか、そういうものが好きになりそうなものなのに。」
「お姫様も大好きよ。けれど何故かこれが好きなのよ」
私はお金持ち特有のくすくすとした笑い声をあげた。
「まあ、愛おしいものを閉じ込めるという気持ちは分からないこともないけれど」
「あら、先生にも歪んだ感情がお有りになっていたのね」
「私だって人間ですから」
彼は私の手をそっと握った。何だか壊れやすいものを触るように、静かに私に触れた。彼の体温は、夫の体温よりは大分低いようだったけれど、私の体温よりは高くて、それが段々溶け合っていくのが心地よかった。
「先生は、いつでもこんなところへ来て。お暇なの?」
「暇ですよ」
「この話のお医者様のように、貴方も私を研究しているから?」
「ええ、研究しています。貴方の心を射止める術を」
私はそっと、彼の手を外して言った。
「まあ、お上手だこと」
私と彼の恋はきっと始まらない。私には夫がいて、彼には仕事があるのだもの。
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