ETERNAL CHILDREN 2 ~静かな夜明け~

ラサ

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11 罪と代償

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 次の日も、表面上は何事もない日常が続いた。
 いつものシイナの仕事部屋で、フジオミと二人でいる。
 だが、シイナの心情は大きく変わっていた。
 平静を装ってはいたが、仕事は全く身に入らなかった。
 昨日のことが、頭から離れない。
 しまい込んでいたはずの記憶が次々と甦る。
「――」
 仕事の手が止まっているのに気づく。
 書類に目を通さなければいけないのに、全く進んでいなかったし、内容も全く頭に入らない。
 集中しようとしても、ふと気づけば過去を振り返ってばかりいる。
 そんなことを今更したって、何の意味もないのに。

 どこで、何がこんな風にねじ曲がってしまったのか。
 どうすれば、こんな風にならずにすんだのか。

 それを確かめたい衝動にかられていた。
 だが、その反面、確かめてこれ以上苦しい思いをしたくないのも本心だった。

 混乱する。
 自分の気持ちが自分でわからないなんて。

 怒りに満たされていた時、世界は単純だった。
 人類の滅亡を防ぐという使命以外、何も考えずにすんだ。
 今、シイナにとって世界は複雑な様相で奇妙にさえ映る。

 この世界は何だろう。
 この、穏やかで、生温い、意味のない世界は。

 それなのに、それをどこかで享受したがっている自分もいる。
 疲れ果てた心が、労りや安らぎを求めている。

 認めてしまえば、楽になれるのか。
 もう、荒んだ心を持てあまし、眠れぬ夜を過ごすこともなくなるのか。

 込み上げてくる感情で、胸が苦しい。
 視線を向けると、フジオミの横顔が視界に入る。
 端末を見つめて、自分の仕事に集中していた。
「――」
 いっそフジオミに謝ってしまいたかった。
 彼が、決してその謝罪を受け入れなくても。

――そんな許しが、欲しいんじゃない。

 過去の自分の行為を、正当化しないフジオミは頑なだった。
 以前の自分を偽悪的に見せるフジオミにも混乱していた。
 結果的に、守ったのだと、カタオカは言った。
 フジオミは義務を強いたのだから、罪悪感を持つ必要はないのだと言った。
 それでも、シイナは後ろめたい気持ちを消し去ることは出来なかった。
 怒りや嫌悪といったフィルターを通して見ていた時とは違うフジオミが見えていた。
 フジオミは、元々優しかった。
 何かを強く主張することもなく、大人しい子供だったが、根気強く自分に付き合ってくれていた。
 そんな彼が全く違ったように見えていたのは、嫌がる自分を無理矢理抱いたあの時からだった。
 何も知らなかった自分を、守ろうとしてくれたのに、気づかないまま今まで過ごしてきた。
 本来なら何の権利もないはずの自分に、最大限の権利を与えて、そうして、十年以上も好きにさせてくれていたのだ。

 それが、『愛』なのか?

「――」
 愛していると、どちらも言う。
 愛しているから、十年以上も何も言わず守ってくれていたと言うのか。

 わからない。

 この感情を、受け入れるには、何かが足りなかった。
 それなのに、その何かが自分には理解できない。
 様々な感情に名を付けようとするが、どれも当てはまらない気がした。
 答えの出ない問いに為す術がない。
 考えることにも疲れていた。
 考えたくないのに、考え続けねばならなかった。
 考え続けていれば、いつか答えは出るのだろうか。
 それには、更に自分が苦しんでいた以上もの年月が必要なのかもしれない。
 そう考えるだけで、気が遠くなりそうだった。
 そうして、シイナの一日は過ぎた。
 長い一日が終わって、眠りに就く時でさえ、疲れていた。
 何も見ずに、何も聞かずに、何も思わずにただ、深い眠りにつきたかった。
 そして、叶うなら、二度と目を覚ましたくなかった。




 晴れた空の下、駆けてくる子供がいる。
 色素の抜けた銀の髪。
 紅い瞳。
 あれは――幼い頃のユウだった。
 アルビノのその子を、愛おしげに抱きしめる大人のマナ。
 違う。
 あれはマナじゃない。
 ユカだ。
 自分が殺した――ユカとユウだ……



「っ!!」
 身体が大きく痙攣して、目が覚めた。
 ヘッドライトの絞った明かりに、薄暗い天井が映る。
「――」
 身体が冷えていた。
 上掛けを引き寄せながら、明かりに背を向ける。
 目を閉じると、幸せそうだった二人の姿が鮮明に思い起こされる。
 ユカはユウを愛していた。
 ユウもユカを愛していた。
 片時も離れず、互いを必要としていた。
 それを壊したのは、自分だった。



 人工授精に成功し、死んだ兄の子供を出産したユカ。
 誰もが希望を抱いたが、それも束の間だった。
 成功したのは血筋ゆえなのか、その後は他のどの精子を受精させても着床しなかった。

 結局、産まれたのは、生殖能力のない遺伝病の男の子。
 役に立たない、要らない子供。

 まるで、自分のよう。
 この世界では、生きる権利のない子供だった。
 それでも、ユカはユウを溺愛していた。
 自分の血を継ぐ子を残したのだ。
 彼女は彼女の義務を果たした。
 だが、それでは駄目なのだ。
 シイナはユカを説得し、最後の実験を試みた。
 さらなる禁忌を犯した。
 ユカのクローンを、人工子宮ではなく、ユカ自身の母胎で育てさせたのだ。
 そうして、誕生したのがマナだった。
 シイナは狂喜した。
 唯一の生殖能力を持つクローン。
 最後の希望。
 それを、産み出したのだ。
 この子が、自分の望みを叶えてくれる。
 マナが産まれた今、ユウは必要なかった。
 それどころか、邪魔でしかなかった。
 ユウには不思議な力があった。
 手も触れずにものを動かしたり、その身を宙に浮かせたりするのだ。
 事前の遺伝子操作の副作用なのか、血の濃すぎるゆえなのか、まだ一歳の子供を調べても何もわからなかった。
 すぐさまシイナはマナを隔離した。
 ユウをマナに近づけては、どんな害があるかもわからない。

 処分しなければ。

 それしかなかった。
 ある晴れた日、自分はユカとユウをドームの外へ連れ出した。
 ユウだけを連れ出すはずが、ユカが決してユウを離そうとしなかった。
 それでも、幼い子供が初めて外に出て、大人しく母親の傍にいるはずもない。
 その手が離れて、ユウが谷に近づくのを待った。
 そして、ユカが目を離した一瞬の隙に。
 幼いあの子を、自分は撃った。
 谷底に落ちていくのを確かに見た。
 そして、悲鳴をあげながら、ユウを追って谷から飛び降りたユカの姿を。
 一瞬の出来事だった。
 ユウだけを処分するはずだったのに、ユカまでが死んでしまうとは誤算だった。
 だが、これで良かったのかも知れない。
 ユカの人工授精は、ユウが産まれてから全く成功しなかった。
 成功したのは、最後に試みた自身のクローンを出産させるということだけだった。
 マナが産まれた今、ユカの年齢を考えても、もう出産は限界だろう。
 マナがいれば、ユカも要らない。
 かえって、自分の思い通りにマナを育てることが出来る。
 そう冷静に考えた。
 結果的に、二人も殺したのに。
 涙も出なかった。
 その頃は、もう自分には失うものなど何もなかったのだから。
 カタオカには、二人が足を滑らせて谷へ落ちたと報告した。
 遺体は見つからなかった。
 当然だ。
 わざわざ捜索が難しく、遺体が見つかりにくい谷を選んだのだから。
 誰も自分を疑わなかった。
 カタオカはうすうす気づいているようだったが、何も言わなかった。
 糾弾されても良かったのに、彼はそうしなかった。
 償いのつもりかと、あの頃はカタオカの態度を嘲っていた。
 自分の屈辱に比べたら、こんなことは何でもないと思っていたから、罪悪感など微塵も沸かず、その事実さえ記憶の隅に追いやった。




「――」
 今の今まで、思い出しもしなかったのに、今頃思い出したのは、過去の事実を知ったせいか。
 あの頃感じなかった後悔が、胸の内に沸き上がる。
 そして、気づいた。

 自分には、労りや救いを求める資格がないのだと。

 どれだけの間違いを犯したのか思い知らなければならない。
 そして、今までよりももっと苦しまなければならないのだ。
 より多くの人を苦しめた代償に。

 それが、一番正しいことだと認めた方が楽だった。
 だから、シイナはそれを受け入れた。


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