22 / 22
21 愛することの意味
しおりを挟む泣き疲れ、シイナはようやく部屋に戻ろうと立ち上がる。
エレベータを出て部屋の扉の前へと着いた時、そこにはすでにフジオミの姿があった。
「フジオミ……」
声をかけるのを躊躇うように、フジオミは立っていた。
「ごめん、待ちきれなくて」
フジオミの顔を見たら、また泣き出したくなったが、ぐっと堪える。
「話したいことがあるの。クローンの事よ」
「部屋に入ろう。君の話を聞く前に、僕も君に話さなきゃいけないことがある」
促されて、シイナはフジオミの部屋へ入った。
自分の部屋とさほど変わらない造りだが、どこか寂しい印象だった。
リビングのソファにシイナが座ると、その横に、フジオミも座った。
少し離れて座るフジオミが、自分との距離を測りかねていることが伝わった。
「あなたの話って何?」
「さっき研究区から君の端末に報告があったんだ」
憂いを帯びた表情でやわらかく微笑んでいる彼は、どこか哀しげでもあった。
「――ユカのクローニングは、失敗だったそうだよ」
なんの感情も含みもない言葉だった。
そして意外なほど冷静な自分を、シイナは感じていた。
長い沈黙が、二人の間を通り過ぎていく。
「そう――」
静かに、口を開いたのはシイナだった。
「もう、いいわ――いいえ、違う。これでよかったのよ。私達は、あまりに多くの哀しみを生み出しすぎた。あまりに哀しい人達を、作りすぎた……もう私達はそれをやめるべきなのよ。もう解放されてもいい時が来たのよ」
「シイナ――?」
「シロウが死んだわ。フジオミ、もう全てのクローニングをやめたいの。私達、もうこれ以上、あがくのは終わりにしたい」
シイナはフジオミに全てを話した。
自分を襲ったのは、シロウだったということ。
なぜ、彼がそんな行動に出たか。
クローンの哀しみ。
怒り。
心。
それを目の当たりにした自分が感じた全てを。
「――」
「今だから、わかるわ。初めから、私達は間違えていた。それを正しいことだと、今まで疑いもせずに生きてきた。いつまでも、続くわけもないのに。
それなのに、見苦しくあがいて、そうして、さらに犠牲を強いてきた。
気づかなかったの。こんなになるまで、気づけなかったんだわ」
憐れだった。
シロウが。
ユカが。
ユウが。
マナが。
カタオカが。
フジオミが。
自分自身が。
自分達のしたことは、結局滅びへの歩みを速めたにすぎないのだ。
救いも何もないところへ自分達を追いやって、そうして思い知らされるのだ。
所詮、人間は、生きるに値せぬ生命だと。
新たな涙が、静かにシイナの頬を流れ落ちていく。
「――」
フジオミはシイナが話し終わるまで、ただ黙って、聞いていてくれた。
思うところは色々あっただろうに、それでも、シイナの話を、理解しようとしてくれた。
そのことが、シイナには嬉しかった。
フジオミが、シイナに触れようと手を伸ばし、途中でその手を下ろす。
「シイナ」
「何?」
「彼を、愛していた――?」
控えめな問いに、シイナは首を横に振る。
「愛せなかった。
だから、苦しかった。
罪悪感と後悔で、今も苦しい。
それでも、どんなに申し訳なく思っていても、彼を愛することはできなかった。
だって、私に愛するということがどんなことか教えてくれたのは、あなただったから」
かすむ視界の中、シイナは真っすぐにフジオミを捕らえた。彼だけを。
「シイナ――?」
「フジオミ、あなたを愛してる」
シイナはそのままフジオミの胸へと身体を預けた。
強ばった彼の身体をしっかりと捕まえた。
「苦しかったの。あなたのことを思うだけで、胸が痛くて、息もできないくらい苦しかった。
でも私は知らなかったわ、これこそが、愛するということなのだと。
わかれなかったから、苦しいだけだった……」
触れた身体から、早鐘を打つような鼓動が伝わる。
動揺して動けないフジオミが動けるようになるまで、シイナは待った。
やがて、フジオミの手が、確かめるように頼りなげにシイナへと回された。
「……本当に、シイナ?」
「ええ」
「本当に、嘘ではなく?」
「ええ。あなたを、愛しているの」
シイナは少しだけ身体を離して、フジオミを見た。
不安げなフジオミを安心させるように自分も微笑んだ。
そうして、フジオミの頬を引き寄せて、自分から唇を重ねた。
触れ合う事への嫌悪も恐怖もない。
ただ、温かな、嬉しいような、切ないようなもどかしさが広がる。
これが、愛しいという気持ちなのだとやっと気づいた。
不意にフジオミの手に力が入って、ぐっと引き寄せられる。
シイナも手を回して、フジオミの首にしがみつく。
昨日の夜のように、舌を絡め合うと、触れ合う事への安堵と歓びに、心が満たされていく。
呼吸が苦しくなるまで、くちづけを交わす。
くちづけが終わっても、離れがたくて、額を合わせたまま呼吸を整える。
「僕が触れても、嫌じゃない?」
「嫌じゃないわ。嬉しいし、気持ちいい」
シイナの言葉に、フジオミの顔に笑みが広がる。
「ああ、シイナ。信じられない。夢みたいだ――」
甘えるように自分を抱きしめるフジオミが、今は素直に嬉しく、愛しかった。
自分のほうが信じられない。
こんな気持ちを、持てる日が来るなんて。
彼を愛して死んでいく。
それだけだ。
それだけのことが、今は最も価値あるように思える。
そしてそれだけでも、この生命は生きるに値すると思うことができる。
「私達には、あと二十年ある。その二十年、息が止まるその瞬間まで、私はあなたを愛するわ。だからお願い。私から離れないで。愛することをやめないで。あなたを失えば、私には意味がないことになる――」
「約束する。あと二十年。僕は息が止まるその瞬間まで、君を愛する。決して離れない。愛することをやめたりしない。君は、僕の生きる意味そのものだから――」
重なり合った二つの影が、確かめるように離れてはまた重なる。
ようやく重なり合った心と心が、互いを求めてやまないのだ。
だが、これから二人は、いくつもの壁にぶつかるだろう。
互いの全てを知ったわけでもない。
そうなるには、まだ長い時間が必要だった。
そして、幸せな時間だけが流れることもまた、決してありえなかった。
その間、傷つき、傷つけ、さまざまな後悔と苦しみの夜を迎える時もあったが、それでも二人は、息が止まるその瞬間まで、互いを愛することをやめなかった――
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる