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第1章
食い違い
しおりを挟む「何なのだ、あの女は!? 無礼にも程がある!!」
馬車に戻るなり、怒りも露わに皇子――イルグレンは叫ぶ。
動き出した馬車がどこに向かっているかは知らなかったが、今の彼にはどうでもいいことだった。
剣の勝負をしている最中に足技を使うとは。
そのせいでせっかくの打ち合いがあっさりと終わってしまった。まだまだ打ち足りないというのに。
同じ馬車に乗り込み、黙って聞いていたエギルディウスは、イルグレンが剣を外し、座り込むと同時に口を開いた。
「不用意なお言葉でした」
「何がだ、エギル」
「女戦士に向かって護衛がつとまるかなどと面と向かってお尋ねになったことです。数は少ないですが、女にも戦士はおります。わが国にいなかっただけです」
静かに言われて、イルグレンは眉根を寄せる。
「そうなのか。他の国には珍しいことではないのか」
「はい。女戦士の怒りは尤もでございましょう。侮辱されたのと同じですから」
「侮辱したつもりはない」
「女戦士はそうとりました」
「――そうなのか…」
先ほどまでの怒りが引いていく。
エギルディウスの言葉で納得した。なぜ急に女戦士が怒りを露わにしたのかも。
だが、イルグレンのほうには悪気は全くなかった。本当に疑問だったのだ。故国では女の戦士などいなかったから。
彼にとって女というものは、か弱く、守らねばならぬものでしかなかった。目の前にいる年上の侍女ウルファンナでさえもだ。
初めて見た。あのように戦う女など。
しかも、彼女の戦う姿は――美しかった。
流れるように動く手足。その所作の一つ一つが男にはない滑らかさを映し出す。まるで舞を舞うかの如くに。
打ち合ってもすぐに風のように横に流れ、力を感じさせない。体力的に劣る女戦士が自然と身につけた技なのか、見事としか言いようがなかった。
最後には、あまりに見事な動きに見惚れて剣を跳ね飛ばされるという失態もしてしまった。
「――」
最後のあの蹴りには、まだ納得がいかないが、確かに生死を懸けた戦いであったなら、自分は文句一つ言えず死んでいるのだ。
剣技とは、本来殺し合いだ。自分が学んでいた剣は違う。生死と関わりのない遊びだ。
作法など、必要ない。
生きるための剣でいい。
そのような剣を、自分は学びたい。
まさに、あの女戦士のような剣を。
あの美しい動きを、剣さばきを、もう一度見たかった。
「イルグレン様。御身は皇国の最後の継承者なのです。そのお立場を忘れぬよう」
エギルディウスのお小言も、すでに皇子の耳には入っていなかった。
確かあの女戦士は、また来いと言った。
ということは、また勝負してもよいと言うことだ。
あの暴言を取り消させるには、自分が彼女に勝たねばならない。
勝つまで、勝負すればいいのだ、この旅の間に。
馬車と宿屋に閉じ込められて半月。イルグレンはすでにこの道中に飽きていた。
明日はウルファンナにもっと質素な服を用意させねばならない。
皇子は心の中でほくそ笑んだ。
「なんだい、あのこ憎ったらしいガキんちょの皇子様はぁ――っ!?」
旅の準備を整えるために、一行は、一旦西へ向かう街道を離れ、北の町への道のりを進んでいた。道案内をつとめる任についた仲間と一緒に先頭を進むアウレシアは、馬上で声を殺しながら叫んだ。
「ケイ、ソイエ、一体なんだってこんな依頼請けたのさ!? 他にいくらだって仕事はあるだろうが」
振り返って文句を言うアウレシアに、
「レシア、いい加減に機嫌をなおせ。顔に出すなとあれほど言ったのに」
「そうそう、見事な勝ちっぷりだったぜ。世間知らずの皇子様だし、仕方ねえだろ。ぎゃふんといわせたんだからいいじゃねえか」
「一応依頼主だから、忘れろ。報酬は今までの5倍だぞ。西に着いたらお前の飲みたがってた北の火酒の極上品買ってやるから」
リュケイネイアス、アルライカ、ソイエライアがそれぞれ宥める。
だが、アウレシアの気をそらしたのは、ソイエライアの一言だけだった。
「何だって? 5倍?」
それは普段の護衛の報酬を考えても、破格の値段だ。
「そうだ。5倍だ、5倍。どんなに腹が立っても下りるなんて言うな。もったいないだろうが」
隣に馬を寄せ、平然と言い切るソイエライアに、それでもアウレシアは腹の虫が治まらない。
「ぬううぅ。ホントに火酒、買ってくれんのかい?」
「ああ。お前の分で1本だ。報酬からの差し引きもしない。それで忘れろ」
「ソイエ、十年ものじゃないとあたしは極上品とは言わないからね」
「わかったわかった。機嫌なおせ。夜には北の町に着く。あんな豪勢な馬車で移動したんじゃ怪しんでくださいって言ってるようなもんだ。町でもっと目立たないのに変えないとな」
ようやく気持ちを切り替えて、アウレシアは寄せていた眉根を元に戻す。
5倍の報酬に大好きな北の火酒。
特に、火酒は滅多に飲めない高級品だ。以前飲んだときの、あのなんとも言われぬ辛口の喉越しを、忘れてはいない。それが1本つくのなら、先ほどの天然お馬鹿皇子の暴言など何ほどのことでもない。
「よぉし、仕方がないからあの皇子様はガキんちょだと思って忘れてやるよ」
速攻で気持ちを切り替えてにんまりとしているアウレシアに、三人はあきれながらも顔を見合わせて苦笑しあった。直情径行のある困った娘だが、彼らはアウレシアをすでに身内としてみていたので、手のかかる妹のように世話を焼くのが当たり前になっていたのだ。
アルライカが小声でリュケイネイアスに話しかける。
「機嫌が直って何よりだぜ」
「ああ、さすがソイエだ。押さえるツボを心得てる」
機嫌よく話しかけるアウレシアに相槌を打ちながら、ソイエライアはリュケイネイアスとアルライカに片目を瞑って見せた。
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