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第1章
勝負
しおりを挟む着替えを済ませて剣を持って戻ってきた皇子を、アウレシアは一瞥する。
華美ではあったが、一応剣を使えるよう上衣の裾の短い、貴族の子弟の着るような略装である。
剣も借り物であろう、装飾のない、どこにでもある長剣だ。これでもかと身を飾っていたきらびやかな宝飾も取り外すだけの分別はあるようだ。
「相手の剣を奪うか動けなくすれば勝ちだ」
すらりと剣を抜き、アウレシアは皇子に向けた。皇子もまた剣を抜き、構える。
「私が勝ったら、本当に先ほどの暴言を取り消すのだな」
「ああ、勝てるならね」
最初に動いたのは、アウレシアのほうだった。
「――!!」
一気に間合いを詰めて、剣を横に払った。皇子は咄嗟に退いたが、ほんのわずかの差だった。
すかさず二人は体勢を整える。
こうして、息をつかせぬ勝負が始まった。
護衛隊長のソルファレスと元宰相のエギルディウスは、苦虫を噛み潰したように渋面で見ている。守ってもらうはずの渡り戦士と剣の勝負など、普通はしない。あまりにも不用意な皇子の行動に、これからの道中を不安がっているのだろう。
一方、リュケイネイアス、ソイエライア、アルライカは諦めの境地で二人の勝負を見守っていた。
三人は十分アウレシアの腕前を知っていた。
彼女なら皇子に怪我をさせることなく勝つことが出来るだろう。
本当なら、とっくに終わっているはずの勝負を長引かせているのは、アウレシアのほうだ。
よほど頭にきているのか、いたぶるように打ち合いを引き伸ばす態度が如実に現れていた。
確かに、皇子の筋は悪くない。力ではなく流れで剣をかわすアウレシアの動きに、戸惑いながらも打ち込んでくる剣さばきは、明らかにたしなみ以上の技量があった。
しかし、いかんせん実践経験が足りないと、その場にいる全ての男達は思った。生命のやりとりをするための剣とそうでない剣は見てすぐわかる。皇子の剣は、所詮は行儀作法として学んだ綺麗な型だった。
皇子も、それに気づいた。
打ち込んだ瞬間、大きな違和感を感じた。
「――」
今までやってきた打ち合いとは、明らかに違う。今までに皇子と剣術の相手をしてきたのは、みな、皇宮の近衛だ。彼らとの打ち合いでは、もっと重く、激しい手応えを感じたのを覚えている。
しかし、今は思い切り打ち込んでいるのに、手応えがなかった。剣を交わしている気がしない。
そして、何より、女戦士の動きだ。
男の力任せの動きとは違う、滑るような動き。決して止まらず、絶えず流れている。
攻める動きはしなやかな鞭のようで、かわす動きはそよ風に揺れる絹のようだった。
なぜにこんなにも違うのか。
力任せに打ち合えば、体力的には敵わない女戦士の戦い方なのか。彼女だけが特別なのか。
それだけではないような気がする。
相手が打ち込んで来るのさえ、勝手が違った。
打ち込みは一瞬で、強く、腕が痺れるほどだ。しかも次の攻撃が速い。かわしては打ち込み、またかわしては打ち込む。 運よく打ち返した手ごたえを感じたときでも、すぐに間合いを取られ、体勢を整えられる。
受け流しているのだ。相手の剣の向かうほうへ。自分も。
タイミングが悪ければ刃が流れる。下手をすれば自分の指が落ちる恐れもある。
それだけでも女戦士の動きは見事だった。
そして、気づいてしまった。
今まで自分に剣の指南をしてきた者達は、みな、手加減をしていたのだ。エギルディウスの指示か、近衛隊長の命令か、皇子に怪我をさせぬよう厳命してあったのだろう。彼らは決して本気で、打ち合ってはいなかった。
気迫が違う。
女戦士は自分が皇子であろうと関係なく、自分を打ち負かすために本気で勝負している。今はっきりと、それがわかった。
目が離せない。女戦士の動きから。
このように真摯な剣の交わし合いを、この時間を、少しでも引き伸ばしたかった。
こんなにも、剣を交わすのは心が躍ることだったのだ――
続く打ち合いで、アウレシアは皇子の剣さばきが変化したのに気づいた。
何かに気をとられている。
最初の必死な、焦るような動きではない。しかし、打ち合うことよりももっと、別の何かに気持ちを向けているのがわかる。
眼差しは前よりも強く、こちらの動きを食い入るように見つめているのに、勝とうという気迫は、なくなっている。だからといって、手元が疎かになっているわけでも、手を抜いたりしているわけでもなかった。
わけのわからぬ皇子の変化は、アウレシアを苛立たせた。勝負しているときに気を散らすなど、戦士のすることではない。これ以上は無駄だ――そう、判断した。
上段に振りかぶった皇子の剣を受け止める。いつもなら流してかわすが、今回は流す途中で、勢いを止めた。そして、そこから懇親の力で撥ね返した。
「!!」
違う動きに、皇子が戸惑いながらも体勢を整え、剣を構え直す。が、アウレシアのほうがもっと速かった。構え直した皇子に、すらりとした脚を撥ね上げる。狙いを過たず、アウレシアの蹴りは若き皇子の握る剣の鍔と柄の間へと入り、その剣を撥ね飛ばした。
「!?」
剣は皇子の手を放れ、放物線を描き、それを目で追っていた皇子の喉下には、すかさずアウレシアの剣が向けられていた。
「あたしの勝ちだ」
跳ね飛ばされた皇子の剣は誰を傷つけることもなく無事にアルライカが受け止めていた。
「信じられん…」
驚きを隠さない声音に、アウレシアは侮蔑の眼差しを向ける。
「なんだい、あたしのやり方に文句があるってのかい。あんたが習った剣技は、所詮貴族様のたしなみだろ。御大層な礼儀や作法は貴族相手にふるまうがいい。あたしら戦士の剣技は、生き残るためにはなんでもあり、なんだ。生命がかかってる時に作法なんかあるもんかい。そんなもん律儀に守ってるから、たかが女にも勝てないのさ」
剣を鞘へ戻し、アウレシアは踵を返す。立ち去りざまに、
「悔しいならまた来な。ああ、そのときは、もっと質素な服で来とくれよ。破れようが汚れようがいい服でね」
と言い捨てたが、それを後悔するのは、やはり後のことであった。
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