暁に消え逝く星

ラサ

文字の大きさ
6 / 58
第1章

皇子の失言

しおりを挟む

「ライカ、ソイエ、あれ、幻かい…?」

「あんなにくっきりはっきりして、幻も何もないだろうが、レシア」
 呆然と問うアウレシアに、冷静に答えるソイエライア。
「まあ、幻と思いたい気持ちは、わからんでもないがな…ソイエ、俺達、ホントにこの依頼受けんのかよ」
 アルライカもアウレシアほどではないが呆れたようにソイエライアに確かめる。
 確かめずにはいられないのだ。何かの間違いに違いないと思いたかった。
 それほどに、衝撃を受けていた。
 皇族であることを隠しもしないその出立ちで自分達の前に無防備に姿を現した皇子様に、アウレシアは半ば呆れ、半ば感心してしまった。
  世間ずれしているというか浮世離れしているというか――まあ、貴族、しかも皇族であれば無理もないのであろう。そう――住む世界の違う人間なら。
 しかも神々の末裔とまで豪語するような、創世神話まで血統を辿れるほど尊い古い血が流れているのだ。
 アウレシアは皇祖天神説など信じてはいないが、この目の前の皇子に限っては、もしかしたらと一瞬思ってしまった。この、人間離れした皇子様ならと――

 皇族最後の生き残りの皇子を、自分は今目にしているのだ。

 美しいが人形のようだと、アウレシアは思った。
 整った気品のある顔立ち、荒れを知らない白い肌。美しい指輪をはめた長い指は、彼女の知っているどんな男のものとも違っていた。傷一つなく、ファラン(竪琴)の演奏がよく似合いそうな手入れの届いた爪は、女の手を思わせた。絹を着て生きていくのが当然のような、餓えや寒さなど知らずに生きていくことが運命づけられているように、目の前の皇子はあまりにも現実とはかけ離れていた。
 軽く頭を振って、アウレシアは目に毒なその浮世離れした姿を追い払おうとした。
 その何気ない所作に、人形のように無表情だった皇子の視線が動いた。

「女がいるではないか!?」

  その声に、一同の視線がアウレシアに向けられる。視線を向けられて、
「?」
 自分がなぜこの若い皇子の目に止まったのか未だわからぬアウレシアであったが。

「女に、護衛がつとまるのか」

 その傲慢ともとれる言葉に、一瞬で顔つきが変わった。
 だが、それはアウレシアのほうだけではなく、彼女を取り巻いていた仲間の男達のほうもだった。
 彼らは一様に次のアウレシアの行動をはらはらしつつ眺めていた。彼らにしてみれば、この若い皇子の言動は無知というより無謀としか言いようがなかった。
「レシア」
 いち早くリュケイネイアスが動く。
「止めんな、ケイ」
 肩に置かれた手を振り払って、アウレシアはずかずかと、彼女の前で言ってはならぬことを口にした皇子のそばまで進んでいった。
「やい、皇子様。あんたは一体何様のつもりさ。自分の身すら守れない腰ぬけが」
「腰抜けだと――」
 一瞬何を言われたのかわからぬように、皇子は眉根を寄せた。
「国が滅びた後に残った皇子に、どれほどの価値があるってのさ。独りじゃ何にもできずにあんたはそうやって威張り散らしてるけど、それだって、あんたにかしずいてくれるお人好しで善良な家臣様がいてくれるからなだけじゃないか。あたしはあんたらに雇われたが、それは、対等な取引をしたからだ。金のためだけに仕事をするただのならずものと一緒にすんな。皇子様だって、言っていいことと悪いことがあるんだよ。無礼にもほどがある。
 ケイ、あたしはこの仕事おりるよ。こんなわからず屋のおぼっちゃんのお守りなんてごめんだね」
 語気も荒く言い捨て、アウレシアは唖然としている護衛隊長と元宰相を無視し、皇子に背を向け、大股でその場を去ろうとする。その肩を、大きな手が優しくとめる。
「待て待て、レシア。今お前に抜けられると困る。お前はそんじょそこらの戦士より、はるかに腕がたつ。お前と同等の奴を今から見つけるのは無理だ」
「このおぼっちゃんにはそんなことすらわかんないのさ。あたしは自分の腕に十分すぎるくらい自信を持ってる。そこらの男になんざ剣の腕で負けたことすらないよ。
 でも、こいつは『たかが女』に、どれほどのことができるか可能性も考えちゃいないのさ。
 あたしは麗しの皇国が、男尊女卑の国とは知らなかったよ。そんな国の奴らは身の程を知ってくたばるがいいさ。これ以上、麗しの皇国の評判を下げないうちにね。まあ、内乱であらかた死んじまったろうが、さっさとくたばったほうが良かったってもんさ。腰抜けお坊ちゃんを守って死んでいくよりずっといい」
 初めて、人形のような皇子の頬に血の気が浮いた。
 拳を震わせ、怒気を露わにすると、相応の人間のようにようやく思えた。

「その言葉、取り消せっ!!」

 だが、年若い皇子の怒りなど、アウレシアには何ほどのことでもなかった。

「取り消してほしいのなら、剣であたしに勝つがいい。腰抜けじゃないと証明できるなら、この剣に誓って、あんたに従う」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...