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第1章
皇子の失言
しおりを挟む「ライカ、ソイエ、あれ、幻かい…?」
「あんなにくっきりはっきりして、幻も何もないだろうが、レシア」
呆然と問うアウレシアに、冷静に答えるソイエライア。
「まあ、幻と思いたい気持ちは、わからんでもないがな…ソイエ、俺達、ホントにこの依頼受けんのかよ」
アルライカもアウレシアほどではないが呆れたようにソイエライアに確かめる。
確かめずにはいられないのだ。何かの間違いに違いないと思いたかった。
それほどに、衝撃を受けていた。
皇族であることを隠しもしないその出立ちで自分達の前に無防備に姿を現した皇子様に、アウレシアは半ば呆れ、半ば感心してしまった。
世間ずれしているというか浮世離れしているというか――まあ、貴族、しかも皇族であれば無理もないのであろう。そう――住む世界の違う人間なら。
しかも神々の末裔とまで豪語するような、創世神話まで血統を辿れるほど尊い古い血が流れているのだ。
アウレシアは皇祖天神説など信じてはいないが、この目の前の皇子に限っては、もしかしたらと一瞬思ってしまった。この、人間離れした皇子様ならと――
皇族最後の生き残りの皇子を、自分は今目にしているのだ。
美しいが人形のようだと、アウレシアは思った。
整った気品のある顔立ち、荒れを知らない白い肌。美しい指輪をはめた長い指は、彼女の知っているどんな男のものとも違っていた。傷一つなく、ファラン(竪琴)の演奏がよく似合いそうな手入れの届いた爪は、女の手を思わせた。絹を着て生きていくのが当然のような、餓えや寒さなど知らずに生きていくことが運命づけられているように、目の前の皇子はあまりにも現実とはかけ離れていた。
軽く頭を振って、アウレシアは目に毒なその浮世離れした姿を追い払おうとした。
その何気ない所作に、人形のように無表情だった皇子の視線が動いた。
「女がいるではないか!?」
その声に、一同の視線がアウレシアに向けられる。視線を向けられて、
「?」
自分がなぜこの若い皇子の目に止まったのか未だわからぬアウレシアであったが。
「女に、護衛がつとまるのか」
その傲慢ともとれる言葉に、一瞬で顔つきが変わった。
だが、それはアウレシアのほうだけではなく、彼女を取り巻いていた仲間の男達のほうもだった。
彼らは一様に次のアウレシアの行動をはらはらしつつ眺めていた。彼らにしてみれば、この若い皇子の言動は無知というより無謀としか言いようがなかった。
「レシア」
いち早くリュケイネイアスが動く。
「止めんな、ケイ」
肩に置かれた手を振り払って、アウレシアはずかずかと、彼女の前で言ってはならぬことを口にした皇子のそばまで進んでいった。
「やい、皇子様。あんたは一体何様のつもりさ。自分の身すら守れない腰ぬけが」
「腰抜けだと――」
一瞬何を言われたのかわからぬように、皇子は眉根を寄せた。
「国が滅びた後に残った皇子に、どれほどの価値があるってのさ。独りじゃ何にもできずにあんたはそうやって威張り散らしてるけど、それだって、あんたにかしずいてくれるお人好しで善良な家臣様がいてくれるからなだけじゃないか。あたしはあんたらに雇われたが、それは、対等な取引をしたからだ。金のためだけに仕事をするただのならずものと一緒にすんな。皇子様だって、言っていいことと悪いことがあるんだよ。無礼にもほどがある。
ケイ、あたしはこの仕事おりるよ。こんなわからず屋のおぼっちゃんのお守りなんてごめんだね」
語気も荒く言い捨て、アウレシアは唖然としている護衛隊長と元宰相を無視し、皇子に背を向け、大股でその場を去ろうとする。その肩を、大きな手が優しくとめる。
「待て待て、レシア。今お前に抜けられると困る。お前はそんじょそこらの戦士より、はるかに腕がたつ。お前と同等の奴を今から見つけるのは無理だ」
「このおぼっちゃんにはそんなことすらわかんないのさ。あたしは自分の腕に十分すぎるくらい自信を持ってる。そこらの男になんざ剣の腕で負けたことすらないよ。
でも、こいつは『たかが女』に、どれほどのことができるか可能性も考えちゃいないのさ。
あたしは麗しの皇国が、男尊女卑の国とは知らなかったよ。そんな国の奴らは身の程を知ってくたばるがいいさ。これ以上、麗しの皇国の評判を下げないうちにね。まあ、内乱であらかた死んじまったろうが、さっさとくたばったほうが良かったってもんさ。腰抜けお坊ちゃんを守って死んでいくよりずっといい」
初めて、人形のような皇子の頬に血の気が浮いた。
拳を震わせ、怒気を露わにすると、相応の人間のようにようやく思えた。
「その言葉、取り消せっ!!」
だが、年若い皇子の怒りなど、アウレシアには何ほどのことでもなかった。
「取り消してほしいのなら、剣であたしに勝つがいい。腰抜けじゃないと証明できるなら、この剣に誓って、あんたに従う」
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