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第1章
生き残り
しおりを挟む三人の乗った馬が三叉路に着いたときには、二台の馬車は止まっていて、リュケイネイアスはすでに馬から下りて、三叉路で護衛隊長と思しき人物と話をしていた。そして、その横には、明らかに貴族とわかる四十代の男がいる。
「あの、お貴族様は何者だい?」
馬から下りて、レシアは手綱を握ったまま、隣のソイエライアに小声で問う。
「聞いても驚くなよ」
ソイエライアも小さい声で確認してから答える。
「もと宰相閣下だ」
「――」
アウレシアは絶句する。
国元が危うい時期に、政を行う宰相を国外へ送り出したのか。それでは、内乱に対しての対応も後手に回るであろう。内乱からたった三日で滅びたのも頷ける。
「あらかたのことに驚いちまったから、これ以上驚くことはもうなしにしろや、ソイエ」
「とりあえずは、ない」
言い切るソイエライアだが、アルライカは絶対に信じていないような顔で自分の相棒を見ていた。
アウレシアは視線を戻し、リュケイネイアスのいるほうに向けなおした。
馬車が二台ということは、大きい一台は皇子様と宰相、もう一台の小さいほうには世話をする侍従でも乗っているのだろう。馬車の周囲には十人ほどの護衛が馬に乗ったまま待機している。御者台に座っている二人組も護衛だとすると、隊長をあわせて十五人。侍従を入れても二十人前後というところか。こちらの負担はそんなに多くはない――アウレシアは冷静に分析する。
三年前から始めたこの戦士家業は、思ったよりアウレシアの性に合っていた。
この仕事を始めた頃は、アウレシアはレギオンと呼ばれるギルド兼仲介屋を通して仕事を請け負っていた。当初は女戦士と言うことで信用されず、仕事が来なかったり安く限定された仕事のみになったりすることあったが、リュケイネイアスと組んでからはそういった煩わしさは皆無だった。
女の戦士はまだまだ少なく、駆け出しで信用も少ないところを、リュケイネイアスはアウレシアの腕を見込んで組んでくれた。彼はまとめ役にも適していたので、ソイエライアとアルライカの二人組の渡り戦士ともよく組んで、4人組で行動することが頻繁だ。
腕のいい戦士を集めてする仕事は報酬も高額だし、やりやすい。何より彼の選ぶ仕事には間違いはなかった。危険も伴うが、実入りは確実だ。
リュケイネイアスのおかげで自分の戦士としての評価もそこそこ上がり、徐々に単独で大きな仕事も任されるほどだ。
ソイエライアとアルライカもなぜかいつも借金の返済に追われてはいるものの、腕は立つし、一緒にいても楽しく、みなアウレシアを家族のように扱ってくれる。
十分な報酬に途絶えぬ仕事、気の合う仲間達と気に入った酒が好きな時に飲める生活。
アウレシアはつくづくこの幸運に感謝した。
これ以上は望めば罰が当たるというものだ。
ただ、問題は今回の依頼主がただの貴族ではないということだ。皇族――しかも生き残った唯一最後の皇国の血統の継承者だ。
渡り戦士は依頼されればどこにでも行くので、アウレシアも暁の皇国に何度か仕事で行った事はあった。一度だけ見に行った美しい白亜の皇宮が焼失したのは少々残念だが、内乱が成功するほど、政治がおかしくなっていたことのほうが驚きだった。
内乱後の国元では皇子が生き延びたことを知っているのか、知っていても公に出来ないのか、取り敢えずは暫定政府が出来て、内乱の後始末に乗り出しているらしい。
サマルウェアに着いてから、皇子がどのようにするのかまではわからないが、とにかく、無事に公都まで送り届ければいいのなら、皇子だと気づかれぬように秘密裏に事を進めねばならない。
そう考えると今回の仕事も、そう難しくはないはずだ――アウレシアは考えを改める。
貴族の旅の護衛など、実は楽すぎて張り合いがないほどだ。護衛を頼む貴族達の中には、生命の危険があるなどと大げさな物言いをすることが多い。そして、大半は馬車から出ることもなく目的地までの道程を陰欝として過ごす。雇われた護衛の渡り戦士達と交流など持つはずもなく、大人しく馬車で過ごしていてくれるのでこちら側としてはとても助かる。しかも、あらかじめ用意した護衛の兵がいるため、先頭としんがりを務める腕の立つ道案内人のようなものだ。
「ソイエ、ライカ、レシア――護衛隊長のソルファレス様と、依頼主のエギルディウス様だ」
つらつらと思考に耽っていたアウレシアだが、不意に、現実に引き戻される。
紹介されて、敬礼――右手を心臓の上にあて、深く礼をする――をする。顔を上げると、
「いけません、殿下――イルグレン様!」
若い娘の声にその場の者はみんな、声のしたほうに視線を向けた。大きい馬車の扉が開いて、出てきたのは――
「イ、イルグレン様! 外にお出ましになるなど!」
ソルファレスが咄嗟に動くが、遅かった。
「退屈なのだ。息抜きをさせよ、ファレス」
のんびりとした声が返る。
「そのようなお姿を我々下々の者の前に晒すなど、畏れ多いことでございます!」
必死の口上にも気にした風もなく、涙目の侍女を後ろに従えて、二十歳は確実に超えてはいないだろう青年と少年の狭間の端正な面立ちの若き皇子を、アウレシアはリュケイネイアスの斜め後ろから目にした。
「――」
暁の皇国の皇族の正装であろう、薄絹を重ねた上質の絹の長衣に身に着けた数々の宝石類。
動くたびにしゃらしゃらと宝飾品が擦れ合ってひそやかに音を立てる。
なんとも典雅な動きは別世界の宗教画のよう。
この辺鄙な街道の三叉路に、あまりにもそぐわない光景であった。
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