13 / 58
第2章
勝利
しおりを挟む剣を振るうのは、時間の経つのを忘れることでもある。
最初は、イルグレンが何度もアウレシアに剣をはじき落とされるので、一時間の内に何度も休憩がてらのアウレシアの指導が入っていたが、今ではそのようなこともなく、休憩もないまま一時間ずっと闘い続けることはざらだった。
間合いが取れたときに、互いに相手の様子を窺いながら、呼吸を整える。
力任せではない剣術のため、疲労はするが、ひどくもない。
それ故に、互いの技の癖を捕らえれば、剣舞のように長く打ち合うこともできた。
二人は闘うことをいつしか楽しんでいた。
己れの肉体と精神をぎりぎりのところまで追いつめる。
決して殺さず、けれど手を抜かず、持てる限りの技で相手に対峙する。
そこに、身分はなかった。
性別もなかった。
偽りもなく、打算もなく、あるのは剥き出しの己のみ。
それはどこまでも真摯に相手と真向かうことだった。
それ以外、何も見えない。
何も聞こえない。
相手の動きを読み、相手も自分の動きを読む。
右に左にと交わる剣。
きらめく刃光。
研ぎ澄まされた刃音。
純粋に、目の前の相手と打ち合えることが楽しかった。
どちらも、この時が終わらなければいいと思っていた。
だが、終わりは訪れた。
ほんの一瞬の隙だった。
イルグレンの剣を払ったアウレシアの足が、小石を踏みつけて揺らいだ。
その一瞬を、イルグレンは見逃さなかった。
一気に間合いをつめ、力任せに、アウレシアの剣を、今度は自分から払った。
「――」
払った剣はアウレシアの剣を跳ね飛ばし、その勢いでもつれ込んで一緒に体勢が崩れた。
仰向けに倒れるアウレシアに刺さらぬよう咄嗟に地面に剣を突き立てる。
剣を持っていないほうの手と両膝を突いて身体を支え、剣ごと倒れこむのは免れたが、仰向けに倒れた彼女の首筋のすぐ脇の地面にイルグレンの剣が刺さったので、動きを封じるような形になった。
イルグレンは肩で息をしながらアウレシアを見下ろしていた。
少しでも時宜を誤れば、彼女を傷つけていたかもしれなかった。
そのことにぞっとした。
「――」
紙一重の幸運に感謝して、言葉をかけようとしたその時。
「あたしの負けだ」
大きく息をついてアウレシアは言った。
一瞬、言われた言葉の意味が理解できなかった。
「は?」
アウレシアは負けたと言った。
そう聞こえた。
視線をしばしさまよわせ、それからもう一度アウレシアのほうへ向けると、確かに、体勢的には、イルグレンはアウレシアの動きを封じていた。
彼女の剣は弾き飛ばされ、空手だ。
そして、自分から負けを認めた。
「勝っ――た、のか…?」
信じられないというように、イルグレンはまだアウレシアをじっと見下ろしていた。
まぐれ当たりの勝利だ。
にわかには信じがたい。
だが、アウレシアは素直に負けを認め、両手を軽くあげて、降参の意を示す。
「あーあ、負けたよ。油断したもんだ。たった二週間で皇子様に負けちまうとは」
剣を抜いて立ち上がるイルグレンとともに、アウレシアも起き上がる。
届く範囲で背中と尻の汚れを払い、落ちている剣を拾い上げ、鞘へと戻す。
そして、未だ勝利を信じられないイルグレンに向き直る。
「取り消す。グレン、あんたは腰抜けじゃない。立派な戦士だ」
そう言えば、己の勝利を納得し、実感するだろうとアウレシアは自分より目線の高いイルグレンの表情を見上げた。
だが、イルグレンはその言葉を聞いても、ちっとも嬉しそうな顔をしていなかった。
それどころか、不満げにアウレシアを見下ろしていた。
「取り消す言葉が違う」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる