12 / 58
第2章
変化
しおりを挟むさんざん文句をつけながらも、アウレシアは三日もすれば皇子の相手をすることにも慣れてしまった。
一番最初の差別的発言を別にすれば、頭のねじが弛んでいると思わせる天然皇子が、とても素直で真面目に稽古を受けていたからだ。
リュケイネイアスに宣言したとおり、アウレシアは皇子にも特別扱いはしないことを告げた。
皇子は腹を立てるどころか、望むところだと嬉しそうに承知した。
呆気ないほど素直な反応に、怒り続ける気持ちも、不機嫌を装う気もなくなる。これで自分一人が怒っていたら、馬鹿みたいではないか。
気持ちを切り替えたら、仕事と割り切り、アウレシアは早速、皇子の剣さばきに関して短く助言し、後はひたすら実戦あるのみで、稽古をつけた。
一週間で、皇子は剣をはじき落とされることがなくなった。
力任せの打ち込みもしなくなった。
それどころか、アウレシアの剣さばきを真似、流れるような打ち込みを見せ始めた。
剣術が好きなことは疑いようもなかったが、戦士としての素質があることには驚いた。
稽古を始めて皇子と向き合う時間が増えてから気づいたが、最初は、長身なのに細身なため、十七歳だというのに歳よりもやや幼く見えた。自分と4つしか違わないのに、そのように見えるのは、やはり、育ちがすこぶるいいせいだろう。
だが、真剣勝負な剣技が二週間も経てば、顔つきまで変わってきたようにも思えた。
透けるように白かった肌が強い日差しの下の稽古で、健康的に焼けたせいもあるだろうが、以前のような人間離れした印象は薄れ、人形のように無機質な印象もなくなっている。
幼さが表情から消え、歳相応の若者らしく見える皇子は、日が経つにつれ戦士に相応しい身のこなしや佇まいを備えていった。
アウレシアは内心満足していた。
彼女にとって、男というものは仲間であるリュケイネイアスやアルライカのような、まさに戦士を具現化したような鍛え上げられた体躯の闘士を指す。ソイエライアは、戦士にしてはどうも皇子のように上品さが目立つような貴族のような顔立ちや体躯なので、尊敬し、信頼もするが、理想の男としてはやや外れる。
そんな男としては問題外だった皇子が、徐々に男らしさを備えていくのは、弟子の成長を見守る師のように感慨深いものがある。
鍛えれば鍛えるだけ応えてくる対象には、教えがいもあるというものだ。
最近のアウレシアは、皇子を一人前の戦士として鍛えることが楽しみとなっていた。
旅も順調に過ぎて、今日は山間を越えて下り切った麓の小川沿いで夜を明かす予定だった。
砂漠を迂回した道のりは、命の危険こそないが、長く、険しい山脈や悪路も多い。しかも馬だけでない、馬車を伴っての移動はどうしても時間がかかる。彼らの一日の移動は馬の疲労を考えても七時間が限度だった。
朝早くから山を登っていた一行の昼食は、旅用の携帯食のみだった。今日は日が落ちきらぬうちに移動をやめ、野営をすることになっていた。
予想以上に時間のかかる下りを、無事に下り切って、続く森を抜ける頃には、日は真南より西側に大きく傾いていた。あと3時間もすれば、日も沈むだろう。
移動をやめ、野営の準備をするにはちょうどいい時間帯だった。
先導の護衛が川に向かって道を外れ、丈の短い草原を進む。
リュケイネイアスは、先導のため、ソルファレスとともにいるので、今日のしんがりは残りの三人だった。
「ようやく到着か。ライカ、今日の飯は俺らだぞ」
ソイエライアが隣のアルライカに声をかける。
「おう。夕食のために、山で二羽仕留めといたこいつをつかうぜ。ソイエ、パンはお前な」
「ああ、レシア、今日は早めに切り上げて戻ってこい」
「はいよ」
先を見ると、どうやら馬車が止まったらしい。
「レシア、お出ましだぜ」
先に気づいたアルライカがにやりと笑って言った。
「全く、こっちはまだ馬を止めてもいないってのに、せっかちな皇子様だよ」
大きく息をついて、アウレシアはぼやいた。
しんがりのアウレシア達が止まる前に、前からずんずんと歩いてくるのは――初めて会った頃の人形のような美しい皇子様とは見違える、若々しい青年だ。
長く明るい金の髪を後ろで三つ編みにし、長剣を腰に差して大股に歩いてくる。
夜明けの紫の瞳は変わらないが、表情豊かで、生きる力に溢れていた。
「レシア!」
アウレシアの姿を認めると、早足は駆け足となり、一気に近づいてくる。まるで主を見つけた子犬のようだ。
「おや、皇子様。今日もやるのかい?」
「当たり前だ!」
気合満々の皇子の様子に笑いをこらえつつ、アウレシアは馬を下りた。
山の麓なので、空気は乾燥しているものの、まだ丈の短い草があたり一面を覆っていた。まばらな低木のすぐ先には小川が流れている。
見晴らしはいいが、みんなが野営の準備をしているところで剣の稽古をすることはできない。
「少し戻るよ、グレン。森の途中に少しひらけたところがあったから、今日はそこでだ」
「わかった」
アウレシアは仲間達を振り返る。
「じゃ、いってくる」
「おう。グレン、がんばれよ」
アルライカに声をかけられ、イルグレンは笑って返す。
「ああ、今日こそは勝つ」
「その意気だ。レシア、油断すんじゃねえぞ」
「するかよ。グレンに負けるようじゃ、あたしのほうがケイに稽古をつけなおしてもらわなきゃいけなくなるだろ」
「二人とも、暗くなる前に戻れよ。森の中だから、誰か近づいてくれば音でわかるが、稽古中も周りに気を配ることを忘れるな」
ソイエライアが忠告をする。
「ああ」
「わかった。気をつける」
ソイエライアの助言を至極真面目に受け止めるイルグレンに苦笑しつつ、二人は森へと歩き始める。
皇子がこうして外に出て稽古をしていることは、アウレシア達の他は、エギルディウス、ソルファレス、ウルファンナ、そして、皇子の身代わりをつとめている護衛しか知らないのだ。他の者達は、皇子は宰相とともに馬車にずっと籠っていると思っている。
護衛の者は隊長のソルファレスを含め、東の大陸の出身者に多い金髪の者がほとんどだ。しかも、全員が髪をのばし、後ろで三つ編みにしている。
だから、皇子が護衛の格好をして歩いていても、遠目には仲間だとしか思わない。
二人は森の中へと入り、道を外れてひらけた場所へと着いた。
「じゃ、始めるかい」
「ああ」
すらりと剣を抜く仕草も、慣れたものだった。
呑み込みの早い皇子様の相手をすべく、アウレシアも気持ちを切り替え、剣を抜く。
抜いてしまえば、後はもう戦うだけだ。
二人は互いにそれ以外のことを忘れた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる