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第2章
失言のつけ
しおりを挟むアウレシアは何もかも気に食わなかった。
リュケイネイアスが護衛隊長のソルファレスを連れて戻ってくるまで、皇子の剣の相手をさせられたことも、皇子がすっきりした顔をして、また明日も来ると言い残して戻っていったことも、休憩する暇もなく移動となり、こうして馬上の人となり、追い討ちをかけるように、
「何であたしが? どうして断ってこないのさ、ケイ!?」
戻ってきたリュケイネイアスに、明日から毎日皇子の相手をするよう言われたことも、本当に、何もかも気に食わなかった。
「駄目だといってもあの皇子様は諦めんだろう。なら、こっちが護衛として傍にいたほうがいいと思ったからだ」
「それはわかるけど、何であたしなんだよ。ソイエでもライカでもいいじゃんか」
「皇子が剣の相手をしてもらいたいのはお前だろうが。お前に勝って、暴言を取り消させる気満々だからな」
「だぁー!! あんな天然皇子の相手なんかしてらんないよ!! 大体、あいつ勝つ気あんのかよ。今日だって何回も剣をはじき落とされても楽しそうにしてんだよ。終いにゃライカが面白そうに剣の受け方や払い方まで教えてるし、あいつはあいつで嬉しそうに聞いてるし、苛々するったらないよ!!」
「だってなあ、あの皇子様、手合わせできるのをめっちゃ嬉しそうにしてたから、ついな」
「ついな、じゃない!! 皇子様の暇つぶしに付き合うほど暇じゃないんだよ、こっちは」
「暇つぶしじゃないぞ、レシア。れっきとした仕事だ。エギル様は報酬を別に払うと言ってくれたからな。あの皇子を鍛えてほしいそうだ。実戦で通用するようにな。いくら厳しくしても構わんそうだ」
「レシア、計算すると、お前の取り分は正規の報酬に、火酒1本どころか4本分だぞ。これを逃す渡り戦士はまずいないな」
ソイエライアが冷静に助言する。隣のアルライカは目の色を変えた。
「何だよ、レシアが奢ってくれりゃあ、俺達も火酒にありつけるってことかよ。何年ぶりだろうなあ、火酒なんて。借金持ちにゃあ夢のまた夢だぜ。レシアー、俺も火酒飲みてぇなぁ。奢ってくれよぉ」
「なんだい、いい年した男達が、小娘のあたしに奢ってもらおうって魂胆かよ。情けないにもほどがある!!」
「何言ってんだ、これまでの恩をこれで返せりゃいいほうじゃねえか。なあ、ケイ?」
「恩はないが、レシア、お前の渡り戦士としての腕を見込んでの依頼だ。断るにしても、真っ当な理由がなければ納得はできん。どうする、やるのか、やらないのか?」
先ほどとは打って変わった低い声音は、甘さや曖昧さを許さない厳しさがあった。
渡り戦士として――それは、アウレシアの生業だ。私情を持ち込めない、唯一絶対のもの。
これ以上我を張ることを許されないことは、アウレシアにもわかっていた。
「――くそったれ、やりゃいいんだろ。やってやるよ。全く、子守なんざしたことないってのに」
ぷいっと剥れてそっぽを向くアウレシアに、苦笑しながらリュケイネイアスは馬ごと近づき、腕を伸ばして宥めるように背中をたたいた。
「すまんな。だが、お前が引き受けてくれて助かった」
「全くだよ。せいぜい感謝しとくれ」
「エギル様からの伝言だ。皇子様は世間知らずだが、心根は優しくて素直だってな。国元にいたときから、剣に対しては真面目に稽古していたそうだ。だが、皇子という身分上、誰も真剣に手合わせすることはできんだろう。あれでも基礎は身についてるから、場数を踏めば、すぐに上達するさ」
「――言っとくけど、あたしは皇子様だからって、情け容赦しないよ。敬語だって、使わない。怪我をさせないようにはするけど、それ以外の特別扱いなんてしないからね」
「あの皇子様なら、そんなこと気にしないさ。今日だって、お前の態度に腹を立ててたか?」
「――」
言われてみれば、さんざんやっつけても、あれだけ悪態をついていても、怒ったような顔すらしていなかったと、アウレシアは思い返した。
アルライカの言ったとおり、嬉しそうに剣を合わせていた。
自分の言葉遣いを気にすることもなかった。
どうも今まで見てきた貴族様とは全く違っている。
皇族とは皆あんなものなのかと思うが、それもまた違うような気もする。
あんな変な皇子、見たことも聞いたこともない。
「あの皇子、頭のねじがちょっと弛んでるんじゃないのかい?」
「じゃあ、少し締めてやれよ。ちょうどよくなるさ」
リュケイネイアスの言葉に、アウレシアは大きく息をついた。
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