暁に消え逝く星

ラサ

文字の大きさ
26 / 58
第4章

束の間の休息

しおりを挟む

 本来なら二月以上かかる東西の砂漠越えを、彼らはその半分ほどの行程で成し遂げる予定だった。
 最低限の休息のみで、後半は朝も昼も夜も砂漠に点在するオアシスを中継点に、最短距離をただひたすら駆け抜ける。
 彼らの尋常ではない砂漠越えは、予想をはるかに越えてクナの疲労をもたらした。
 それでも、彼らは休むことはなかった。
 クナが力尽きる前に、オアシスごとにクナを替えていった。
 莫大な金が消えていったが、それすらも構わず、ひたすら西を目指した。
 彼らの行程を支えていたのはオアシスを拠点として商いを営む砂漠の民のおかげだった。
 砂漠が大陸を二分しているため、どうしても交流は海路か陸路しかない。
 その陸路も、砂漠をゆくのと迂回するのでは雲泥の差となる。
 砂漠の民は土地の利を利用して部族毎に拠点となるオアシスで生活を営む傍らで、砂漠を渡る行商隊を相手に次のオアシスへの道案内や物資の補給によって収入を得ている。
 そして、砂漠の民は、今回の彼らの旅にも事前に連絡されていたため、全てのオアシスに補給用の物資と替えのクナが用意していた。
 だからこそ、彼らはこの西への旅を驚くべき速さで成し遂げつつあるのだ。
 一月が過ぎた頃、すでに彼らは砂漠の中心をとうに越えていた。
 あと半月もかからずに完全に砂の海を抜けるだろう。
 すでに砂砂漠は様相を変えつつあり、見慣れた乾いた赤土がところどころに点在する。
 景色が変わりつつあることと宿屋に着いたことで、男衆達は皆一様に浮かれていた。
 屋根のある場所での就寝は久方ぶりだった。
 そして、自分達の統領が連れている女が休めることが一番の安堵だった。
 彼らは皆、この旅で、女がとても小さく、細くなったような気がしていた。
 無理もない。
 この強行軍は、男でも音を上げたくなるほどなのだ。
 それを、旅もしたことのない女が、文句一つ言わずに着いてくる。
 最初は体力が伴わず、嘔吐や失神を繰り返していた女も、今では何事もないように馬に揺られて移動についてきていた。
 それでも、女は小さく、華奢で、まるで大切に扱わねば壊れてしまう白磁の人形のようだった。
 自分達の統領が大切にしているのなら、自分達も彼女を守らねばならない。
 男衆達はそう自覚していた。


「どうして宿に止まるの?」
 宿の中では上等の部類の部屋に連れてこられて、女は不満げに男に問うた。
「休むためだ」
「休む必要などないわ。はやく追い付かなければ、皇子を捕まえることなどできない」
「お前は疲れてなかろうが、俺の手下とクナは休む必要がある。皇子の動向は、先に南北の陸路で向かわせた奴らがすでに捕らえてある。このまま行けば、サマルウェアに入る前に余裕で追い付ける。休めるうちに休んでおけ」
 それでも納得のいかぬ女は、せめてクナの世話をするために外へ出ようとした。
 その手を、男が掴み、引く。
 勢いで、女は男の逞しい体にぶつかった。
「なんのつもり?」
「部屋から出るな。食事なら部屋に運ばせるように言ってある」
「なぜ」
「女ひでりの俺の手下や他の客には、今のお前は目の毒だ」
「ばかばかしい」
 男を押しのけようとしたが、びくともしない。
「ばかばかしいものか。酒が入ってりゃ男なんざならず者とおなじさ。道理が通じる筈もない」
「あんたもそこらのならず者と同じだと言うの?」
「俺はもともとならず者だ」
 唇の端を、笑みの形に刻む。
「お前との誓いがなければ、そこらの男どもと同じ事をするさ。美しい女が目の前にいれば、男がどういう態度に出るか、知らないほど初心でもないだろう?」
 きつい眼差しが男を見据えたが、抗う素振りは意外にもなかった。
「勝手にするがいいわ。あんただろうが他の男だろうが、あたしには違いはないもの。そこらのならず者と同じようにふるまうといい」
 意外そうに、男が問うた。
「今欲しいと言っても?」
「好きにすればいい」
 男はそっと女をすぐ横の寝台に横たえた。
 見下ろした美しい顔は旅の疲れか、少しやつれて見えた。
 しかし、男をそそるにはそのぐらいの風情があったほうがいい。
 商売女とは明らかに違う、たおやかで儚げな風情が。
 だが、じっと相手を見据えるその瞳には、生きようとする強い光がなかった。
 心さえないように、女は黙ったままだった。
 そんな自分を見据えたまま動かない男に、女は問う。
「抱かないの?」
 どうでもいいことのように女は尋ねた。
「その気が失せた」
 男は女の上から身を起こすと、寝台の上に広がる美しい長い髪を指に絡めた。
「お前はいい女だ。もっと自分を大事にしろ」
「らしくもない、ことを言うのね」
「そうかもしれん。だが、お前を見ているとらしくもなくなる」
 男は女に掛け布をかけると、徐に立ち上がった。
「下で飲んでくる。朝まで戻らん」
 それだけ言うと、男は部屋を出ていった。
 女はただ黙って空を見つめていた。
 たった一つ、やり遂げたいことがある。
 それ以外は、もうどうでもいい。
 女はずっとそう思っていた。

 自分を大事に。

 それは、己を愛している者だけができることだ。
 自分にはできない。
「あたしにはもう、何もないのに」
 女は、静かに呟いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...