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第4章
束の間の休息
しおりを挟む本来なら二月以上かかる東西の砂漠越えを、彼らはその半分ほどの行程で成し遂げる予定だった。
最低限の休息のみで、後半は朝も昼も夜も砂漠に点在するオアシスを中継点に、最短距離をただひたすら駆け抜ける。
彼らの尋常ではない砂漠越えは、予想をはるかに越えてクナの疲労をもたらした。
それでも、彼らは休むことはなかった。
クナが力尽きる前に、オアシスごとにクナを替えていった。
莫大な金が消えていったが、それすらも構わず、ひたすら西を目指した。
彼らの行程を支えていたのはオアシスを拠点として商いを営む砂漠の民のおかげだった。
砂漠が大陸を二分しているため、どうしても交流は海路か陸路しかない。
その陸路も、砂漠をゆくのと迂回するのでは雲泥の差となる。
砂漠の民は土地の利を利用して部族毎に拠点となるオアシスで生活を営む傍らで、砂漠を渡る行商隊を相手に次のオアシスへの道案内や物資の補給によって収入を得ている。
そして、砂漠の民は、今回の彼らの旅にも事前に連絡されていたため、全てのオアシスに補給用の物資と替えのクナが用意していた。
だからこそ、彼らはこの西への旅を驚くべき速さで成し遂げつつあるのだ。
一月が過ぎた頃、すでに彼らは砂漠の中心をとうに越えていた。
あと半月もかからずに完全に砂の海を抜けるだろう。
すでに砂砂漠は様相を変えつつあり、見慣れた乾いた赤土がところどころに点在する。
景色が変わりつつあることと宿屋に着いたことで、男衆達は皆一様に浮かれていた。
屋根のある場所での就寝は久方ぶりだった。
そして、自分達の統領が連れている女が休めることが一番の安堵だった。
彼らは皆、この旅で、女がとても小さく、細くなったような気がしていた。
無理もない。
この強行軍は、男でも音を上げたくなるほどなのだ。
それを、旅もしたことのない女が、文句一つ言わずに着いてくる。
最初は体力が伴わず、嘔吐や失神を繰り返していた女も、今では何事もないように馬に揺られて移動についてきていた。
それでも、女は小さく、華奢で、まるで大切に扱わねば壊れてしまう白磁の人形のようだった。
自分達の統領が大切にしているのなら、自分達も彼女を守らねばならない。
男衆達はそう自覚していた。
「どうして宿に止まるの?」
宿の中では上等の部類の部屋に連れてこられて、女は不満げに男に問うた。
「休むためだ」
「休む必要などないわ。はやく追い付かなければ、皇子を捕まえることなどできない」
「お前は疲れてなかろうが、俺の手下とクナは休む必要がある。皇子の動向は、先に南北の陸路で向かわせた奴らがすでに捕らえてある。このまま行けば、サマルウェアに入る前に余裕で追い付ける。休めるうちに休んでおけ」
それでも納得のいかぬ女は、せめてクナの世話をするために外へ出ようとした。
その手を、男が掴み、引く。
勢いで、女は男の逞しい体にぶつかった。
「なんのつもり?」
「部屋から出るな。食事なら部屋に運ばせるように言ってある」
「なぜ」
「女ひでりの俺の手下や他の客には、今のお前は目の毒だ」
「ばかばかしい」
男を押しのけようとしたが、びくともしない。
「ばかばかしいものか。酒が入ってりゃ男なんざならず者とおなじさ。道理が通じる筈もない」
「あんたもそこらのならず者と同じだと言うの?」
「俺はもともとならず者だ」
唇の端を、笑みの形に刻む。
「お前との誓いがなければ、そこらの男どもと同じ事をするさ。美しい女が目の前にいれば、男がどういう態度に出るか、知らないほど初心でもないだろう?」
きつい眼差しが男を見据えたが、抗う素振りは意外にもなかった。
「勝手にするがいいわ。あんただろうが他の男だろうが、あたしには違いはないもの。そこらのならず者と同じようにふるまうといい」
意外そうに、男が問うた。
「今欲しいと言っても?」
「好きにすればいい」
男はそっと女をすぐ横の寝台に横たえた。
見下ろした美しい顔は旅の疲れか、少しやつれて見えた。
しかし、男をそそるにはそのぐらいの風情があったほうがいい。
商売女とは明らかに違う、たおやかで儚げな風情が。
だが、じっと相手を見据えるその瞳には、生きようとする強い光がなかった。
心さえないように、女は黙ったままだった。
そんな自分を見据えたまま動かない男に、女は問う。
「抱かないの?」
どうでもいいことのように女は尋ねた。
「その気が失せた」
男は女の上から身を起こすと、寝台の上に広がる美しい長い髪を指に絡めた。
「お前はいい女だ。もっと自分を大事にしろ」
「らしくもない、ことを言うのね」
「そうかもしれん。だが、お前を見ているとらしくもなくなる」
男は女に掛け布をかけると、徐に立ち上がった。
「下で飲んでくる。朝まで戻らん」
それだけ言うと、男は部屋を出ていった。
女はただ黙って空を見つめていた。
たった一つ、やり遂げたいことがある。
それ以外は、もうどうでもいい。
女はずっとそう思っていた。
自分を大事に。
それは、己を愛している者だけができることだ。
自分にはできない。
「あたしにはもう、何もないのに」
女は、静かに呟いた。
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