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第4章
酒場で
しおりを挟む酒場は男達でにぎわっていた。
床に敷かれた九つの絨毯の上に、直に料理と杯が置かれて、泊まりの男達がそれを囲んで談笑している。
半分は、男衆達だったが、自分達以外の旅人も多かった。
旅の疲れが酔いを増し、大きな笑い声や陽気な歌が時折飛び出す。
部屋へと通じる通路の扉を閉めると、すぐ近くに座っていた男衆達が気づいた。
「統領。どうしたんです」
「いや、飲みたい気分なんでな」
若い方の一人がさっと立ち上がり座を譲る。
そして、絨毯の間を動きまわっている給仕の元へかけていく。
男は、空いた席に座り、酒の肴として卓上に盛られた料理をぼんやり見つめた。
席を立った男が、杯と取り皿をもって戻ってきた。
座っていた残りの男の一人から酒を注いでもらい、渡す。
「すまんな」
杯を受け取ると、男は最初の一杯をまるで水のように飲み干した。
男衆達から小さく歓声があがる。
先程の若い男は嬉しそうに空の杯に、今度は自分が酒を注いだ。
「――俺に構わず、お前らも飲め。久しぶりの宿だからな」
「ありがたくやってますよ。この分じゃ、予定通りに砂漠は越えられますね」
「ああ。すまんな、俺の我侭につき合わせて」
「俺達は別に構わないんです。統領について行くと、決めていたし。統領が大切なものなら、俺達も命がけで守るんです」
男は唇の端をあげて、かすかに笑う。
「いい手下を持ったもんだ、俺は」
それを聞いて、男衆達も嬉しそうに笑った。
男は、無言で杯を上げた。
男衆達もそれに習う。
しばらくは他愛もない会話で時が過ぎる。
徐々に酒場から部屋へ引き上げる男衆達。
他の客はすでにいなかった。
残ったのは、男と、砂漠慣れしている男衆の一人と、その周りで酔いつぶれて寝ている残りの男衆達だった。
気持ちよさげな鼾に苦笑しながら、男は杯をあおる。
「統領も、そろそろ戻ったほうが」
「朝まで戻らんと言って来た。一人のほうがよく眠れるだろう」
「本当に、気丈な娘ですねえ」
「そうだな、正直、途中で音をあげるかとも思ったんだがな」
ためらうように、かかる声。
「復讐なんて、気持ちのいいもんじゃないですよ」
「そうだな。俺もそう思う」
「――いいんですか? このままいけば、あの娘は人を殺すことになる。あんな細い腕で、料理用の小刀しか持ったことないような娘っこが、本当に、人なんか殺せるんですか?
あの娘は、俺達とは違う。命を奪って、平気でいられるはずがない。一度でも人を殺せば、戻れなくなる。それでも、やらせるんですか」
それは、男も思っていた。
あの女は、真っ当に育った真っ当な娘だ。
本来、決して自分達とは、このような復讐になど、関わるはずのない女。
「だが、あいつにはそれしかないんだ――」
今、女をかろうじて生かしているのは、復讐という脆い代償でしかなかった。
絶望の淵を覗き込んだ者しか見せることのない、あの虚ろな、生きながら死んでいくようなあの眼差しを、男はすでに知っている。
女は死を望み、男はそれを止めた。
復讐という形で。
それ以外、絶望を忘れさせるものが何もなかった。
「そして、俺も皇子を、許したいと思わない。あの国に繋がるものは、何一つ残らず消し去ってしまいたいと思ったんだ――」
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