暁に消え逝く星

ラサ

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第4章

回想 死

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 町へ入るなり、男は呆然とした。
 あまりの町並みのかわりように。
 最後に訪れてから一年と経たずに、その界隈は貧民窟と化していた。
 乾いた石畳の上に横たわる痩せこけた人々。
 骨と皮ばかりの手を伸ばし、物乞うたくさんの人々。
 通りはそんな情景に溢れている。
 胸騒ぎを覚え、男は走った。
 見慣れたはずの少年の家へと急ぐ。
 些か乱暴に扉を叩くが返事がない。
 錠のおりていない扉は、簡単に開いた。
 薄暗い室内で、男は異臭を嗅いだ。
 病んだような、饐えた臭い。
 年老いたものの死に逝くような、そんな臭いを。
 寝台に横たわる小さな身体を視界に捕らえたとき、男は叫んだ。

「リュマ!!」

 あの愛らしい顔には、すでにその面影は失われていた。
 頬は痩け、落ち窪んだ眼窩。
 骨と皮ばかりの細すぎる腕。
 薄い布越しに浮かび上がる肋骨。
 土気色の喉からは、乾いた音が漏れるだけ。
 少年はひび割れた唇を震わせていた。
 何かを語ろうとしていた。
 だが、もはや声を出す力さえ、残されてはいなかったのだ。
 男は寝台に駆け寄り、膝を着くと、腰に下げていた皮の水袋の口を開け、少年の口元に寄せる。
 乾いた唇の間に、水が流し込まれる。
「……」
 骨の浮き出た喉が、何度も大きく動いた。
 嚥下した後、少年は辛うじて聞き取れるほどの声を喉の奥から振り絞った。

「お姉、ちゃんからの、手紙が、こないん、だ」

 皇宮からの便りが途絶えて、すでに半年は経っていること。
 心配になって何度会いにいっても、取り次いでもらえなかったこと。
 以前姉からの手紙と仕送りを運んでくれた女も来なくなったこと。
 荒い息の中、必死で少年は言葉を搾り出す。
 姉を探してくれと。
 会いたいと、少年は告げた。
「大丈夫だ。俺が探してやる。探して、連れてきてやる」
 男は少年を抱きあげ、そう言った。
 ここにいてはいけない。
 抱き上げた少年は、背に負った剣よりも軽かった。
 その時すでに、確信した。

 この子は、もう助からない。

 医者に診せたとき、少年の魂はすでに冥界へ足を踏み入れようとしていた。
「みず、を」
 それが最期の言葉だった。
 一口、飲み干すと少年は満足そうに笑った。
 そうして、そのまま息を引き取った。


 その時、男の脳裏を占めていた感情は、悲しみよりもまず怒りだった。

 どうして、もっと早くリュマのもとへ来なかったのか。
 もっと早く来ていたら、こんなことにはならなかったのに。

 たった十で、あの子は死んでしまった。
 餓えて餓えて、骨と皮ばかりになって、たった一口の水に満足して死んでいった。

 あの子が何をした。

 世の中には、死んでいい人間がたくさんいる。
 生きる価値などない悪党など、ごまんといるではないか。
 それなのに、なぜ、あの子が死なねばならないのだ。
 あの善良で優しいリュマが死ぬ理由が、どこにあったのだ。
 こんなにか弱く稚い命が、簡単になくなってしまう国。
 民を餓えさせ、尊厳を奪い、惨めに死なせる国。
 それが、麗しの皇国か。
 神々の末裔の住まう国なのか。
 激しい怒りが、男を動かした。

 皇宮に入らねばならない。

 あの聳え立つ白亜の壁を越えて、少年の姉を探さなければならない。
 最期まで姉を恋うていた少年に、してやれることはそれしかなかった。


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