暁に消え逝く星

ラサ

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第4章

回想 水路を抜けて

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 皇宮は、少年の言ったとおり、戒厳令が布かれ、物資の補給以外の出入りができないようになっていた。
 補給も皇宮の官吏がするため、外部の者が入り込むのは不可能だった。
 なので、男は水路から、皇宮に入ることにした。
 水源の豊かなこの国は、いたるところに地下水路を張り巡らせてある。
 皇宮の地下水路は侵入者を防ぐために、迷路のように入り組んではいるが、道筋を知ってさえいれば、見咎められることなく入ることはできる。
 裏からのつてで、迷路のような水路の見取り図はすでに入手して覚えた。
 水を通さない革袋に着替えをつめ、水路に入る。
 空気をつめただけの革袋も2つ準備した。
 記憶した通りに曲がり角を右へ左へと進むと、徐々に水音は緩やかで静かなものから、速く激しいものへと変わってゆく。
 そして、最後の角を曲がると、両脇の人一人が通れるほどの通路は途切れた。
 壁の下半分ほどに半円の穴が開いている。
 ここからは完全に水路のみだ。
 穴には、上下に伸びる鉄柵が渡されており、水以外の侵入を阻んでいる。
 しかし、男が歩いてきた左側の端には、大人が一人、なんとか通れるほどの隙間ができていた。
 事前に鉄柵が切られていたのだ。
 以前にも、この水路を通って、誰かが皇宮に入り込んだ証拠だ。
 そして、今まさに、男がそれを実行しようとしていた。
 邪魔にならぬよう、無駄なものは全て革袋につめた。
 水の冷たさに体温を奪われるため、服は身に着けたまま入らねばならない。
 動きの邪魔にならぬようできるだけ身体にぴったりの厚い素材にした。
 武器は短刀のみを懐に入れ、長靴《ちょうか》も履いたまま、革手袋もはめたまま、男は流れの激しい水に入り、鉄柵の向こうへと壁伝いに歩き出した。


 流れの速い水は、すぐに体温を奪った。
 たちまち、手足の末端が刺すような痛みを訴えだした。
 それでも、男は足を取られぬよう慎重に、水の勢いに背を押されるように歩き続ける。
 そのうち刺すような痛みもなくなった。
 感覚が麻痺し、食いしばっていなければ歯の音が鳴った。
 かろうじて上部に空いた空間は、男の頭1つ分は余裕だったが、横長の半円状のため、長身の男は身をかがめるしかなかった。
 長い長い時間、歩き続けたようにも思えた。
 水路の最後の角を曲がると、そこは下りが真っ直ぐに続いていた。
 いよいよここを抜けると、皇宮内の、リュマの姉が働いている居住区の貯水槽へと出るのだ。
 男は腰に結わえておいた空気をつめた革袋をの栓を震える手でとり、口に含む。
 そして、流れに身を任せるように身体を沈めた。
 さらに奥にいくほど狭くなった水路は、奥へ奥へと男の身体を追いやる。
 暗闇と凍えるような冷たさで、泳ぐというより吐き出されるように流される。
 そして、どれほどたったのか、突然落ちるように水の流れに押し出された後、身体がふわりと水流から自由になった。
 水が、流れない。
 男は、革袋を咥えたまま、上へとあがった。
 そして、顔が空気に触れた。
「――」
 顔を巡らせて薄ぼんやりとしている周りをみると、どうやらここは見取り図通りの貯水槽だった。
 重く感じる手足を動かして泳ぎ、脇の通路へたどり着く。
 水から上がると、内部の空気のほうが水より暖かかった。
 長靴を脱ぎ、逆さまに壁に置く。
 濡れて張り付いた上衣を脱いでも、その感じは変わらなかった。
 水をきつく絞り、それで手早く身体を拭く。
 やがて凍えて震えていた指先にも熱と力が戻る。
 下衣も脱ぎ、同じように水を絞り、着替える。
 濡れた髪は完全には乾かせないが、何度も拭いたため、水滴は落ちない。
 持ってきた布で髪を隠すように頭に巻くと、それで十分だった。
 濡れた服は革袋に入れ、息継ぎ用の革袋とともに奥に隠した。
 めったに訪れるもののない場所だ。
 さらにここから水路を通って、皇族に連なる貴族の居住区に行かねばならないため、身軽にしておく必要があった。
 リュマの家で見つけた姉からの手紙で、どこの貴族かはわかっていたので、貯水槽から西へと向かった。
 先ほどまでの寒さが嘘のように、地上に近づくほど暖かくなる。
 記憶通りに進むと、鉄柵に行き止まる。
 錠が下りているように見えるが、ここも、容易く開いた。
 そして、男はようやく地上へと出た。
 出た場所は、ちょうど目当ての貴族の家の裏庭に面する塀の前だった。
 水路の通路へと降りる階段がついている。
 ここに降りて下働きの女達が簡単な洗い物をするのだろう。
 階段の近くには見張りのいない、使用人のための通用門がある。
 日が落ちてだいぶ経つ。
 雲が夜空を遮るように流れている。
 今宵の月は下弦の月だ。
 東の空にはすでに月がのぼっている。
 真夜中を過ぎた頃だろう。
 男は通用門の柱と門扉の横板を足がかりに、軽やかに塀を登り、中へと入り込んだ。


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