暁に消え逝く星

ラサ

文字の大きさ
31 / 58
第4章

回想 死を告げる

しおりを挟む

「すみません、せめて明かりを使うことを許していただけないでしょうか」
「何を言っているの!? 姫様が眠っているのよ。明かりが洩れたらお起こししてしまうかもしれないわ。大きな音をたててもいけないわよ、これ以上、姫様の御不興を買いたくはないでしょう」
 中庭の木立の影で、男はそんな声を聞いた。
 姫という言葉が聞こえた。
 ここで働く侍女に違いない。
 こんな時間まで起きているなら、下働きだろう。
 音を立てないように慎重に近づく。
 観賞用の大きな窓と、その横に出入り口が一つ見える。
 その出入り口の近くに立って命令している侍女は窓を背にしてこちらを向いていた。
 そして、男からは後姿しか見えないもう一人の侍女は、頭を垂れてその命を聞いていた。
「リュシア」
「はい」
「いいこと、見つけるまで戻ってくるのは許さないわよ」
「はい――」
 意地悪そうに言い捨てて、年上の侍女は屋敷の中へと消えた。
「――」
 男は驚いた。
 年上の侍女は、もう一人をリュシアと呼んだ。
 リュマの姉だ。
 生きている。
 こんなにすぐに見つかるとは、思ってもいなかった。
 外には出してもらえないとしても、手紙と仕送りだけは欠かさなかった姉が、急に手紙も仕送りもしなくなったのだから、病気にでもなったか、最悪、主人の不興を買って殺されてしまったかとでも思っていたのだ。

 生きて働いているのなら、なぜ――

 その時、女はこちら側を向いた。
 女の顔が、男からも見えた。

 淡い月明かりの下でさえ、美しい女だとすぐにわかった。

 本来、皇族の目にとまり、愛妾として召されても不思議ではないほどに。
 今年で二十歳だと聞いていたが、華奢な体つきが歳よりも若く、思わせている。
 そして何より、弟とよく似ていた。
 見間違えることなどありえないほどに、眼差しや唇の形、顔の輪郭が、似ていた。
 リュマも生きていたなら、背の高い、端正な面立ちの若者になったことだろう。
 小さなため息の音が聞こえた。
 男が我に返る。
 暗闇に頼りなげに立っている女の瞳には、強い意志がみてとれた。
 男は様子を伺いながら、女へ近づいた。


 手探りで、女は耳飾りを探していた。
 この広い中庭を明かりもなく探すのは容易なことではない。
 しかし、探すほかはないのだろう。
 すでに中へ入る扉には錠が降ろされた。
 それは夜明けまで探せという意思表示に他ならない。
 嫌がらせなのは女にもはじめからわかっているのだ。
 だから、耳飾りなど本当は落ちているはずもない。
 それでも、女は黙って耳飾りを探していた。
 そうするしかないことも、この二年近く、いやというほど思い知らされてきたのだ。
 年季が開けるまでは、ここにいるしかない。
 あと少しでそれも終わる。
 そうしたら、弟のところに戻れる。
 また一緒に暮らせる。
 それだけが彼女を支えていた。
 その内、雲が淡い月明かりさえも消してしまった。
 いっそう暗くなった中庭に、女はふと、何かの気配を感じたような気がした。
「誰かいるの?」
 小さく、女は呟いた。
 手を止め、中庭の暗闇を見据えた。
 誰もいるはずはない。
 ここは曲がりなりにも皇族の居住区だ。
 だが、確かに誰かに見られているような気がする。
 首を横に振って、女は再び、手探りで耳飾りを探そうと下を向いた。
 その時。
「!?」
 大きな手が女の口元を塞ぎ、もう一方の腕が華奢な身体を抵抗できないように後ろから抱き込んだ。
「リュシアだな、リュマの姉の」
 耳元で低く響く男の言葉に、女は身体を強ばらせた。
「驚かせてすまん。俺はリュマの使いだ。お前に危害を加えるつもりはない。手を離しても騒ぎ立てたりしないと誓えるか?」
 押さえ付けられながらも、女は二度、大きく頷いた。
 男がゆっくりと口元を押さえていた手を離す。
 だが、身体を押さえ付ける腕は未だ離れない。
「どこか、落ち着いて話せるところはないか。できれば、誰も近づかないところだ」
 もう一度頷くと、女は短く言った。
「ついてきて」
 押さえつけていた腕を離すと、女はすぐに男の先を歩き出す。
 無駄な事は何一つ言わなかった。
 茂みの奥を抜けて、中庭のちょうど裏側にあたるところに、地下へと通じる階段がある。
 入り口のすぐ脇のランプに素早く火を灯すと、女は先を急いで階段を下りた。
 扉を開け、中に入る。
 どうやら何かの作業小屋らしい。
「ここは音が洩れないようになっているから声を気にしなくても大丈夫。さあ、はやく入って」
 男は中に入った。
 女は入り口の脇の作業台にランプを置き、扉を閉めた。
 そうして振り返るなり、
「リュマは、元気なの!? 何度手紙を送ってもこの半年返事が来なかったわ。あの子に何かあったの!?」
 そう聞いた。
「どういうことだ? 返事を出さなかったのは、お前の方じゃないのか? リュマは何度手紙を出しても返事が来ないと、会いにいっても取り次いでももらえないと言っていたんだ」
「何ですって!? そんなはずはないわ、お金と一緒に、毎月ちゃんと手紙を書いて送ったわ。ここを動けないから、いつもカリナに頼んで――」
 女の美しい顔が強張った。
「待って――手紙が渡っていないとしたら、お金も渡っていなかったのね。じゃあ、あの子は、この半年、どうやって暮らしていたの?」
 女は嫌な予感に身を震わせた。
 目の前の男は、警備の厳しい皇宮にその身一つでやってきたのだ。
 もしも見つかれば生命はないというのに。
 そうまでしてやってきたということは、何かただならぬことが起こったに違いない。
「リュマに、何かあったの? あの子は、無事でいるの……?」
 最後の言葉は頼りなげにそっと響いた。
「――」
 蒼白な女を見つめながら、男はその時が来たことを知った。
 生きているとは思わなかった少年の姉を見つけて、男のほうも動揺していた。
 少年が姉を愛していたように、姉もまた、弟のことを案じている様子がありありとわかった。
 そんな女に、できることならば告げたくなかった。
 だが、言わねばならなかった。
 残酷な真実を。

「リュマは、死んだ――」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...