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第5章
刺客
しおりを挟むアルライカは視線を感じる方角の反対側の木陰へと二人を促す。
アウレシアとイルグレンもそれに従い、移動する。
三人が木陰へ座り込み、隠れるまで視線はついてきた。
間違いない。
誰かがこちらの様子を窺っているのだ。
逞しい体も隠してしまうほどの太い幹に背を預けて、アルライカは低く呟く。
「殺気がない――」
アウレシアも頷く。
「ああ。だから、おかしい。見張ってるだけみたいだ」
「私を探しているということか」
「まだわからんが、すぐには戻れねぇな。今のお前じゃ遠目からじゃ護衛と区別はつかないだろうが、今戻ってもろくなことにならん」
しばらく彼らも、休む振りをしてこちらを窺う者の気配を探った。
近づいてくる気配は全くない。
しかし、不意にそれはなくなった。
本当に突然だった。
そうして、気配は消え、もう、戻ってこなかった。
さらにしばらく、三人は待った。
「――戻ってこねぇな」
呟くと、アルライカは素早く立ち上がり、気配が消えたほうに向かって走り出した。
イルグレンもすぐに後を追おうとしたが、
「――ライカが呼ぶまでは駄目だ」
アウレシアの短い声に止められる。
「――」
納得のいかぬ気持ちが表情に表れていたのだろう。
少し呆れるようにアウレシアは笑っていた。
「あたし達はあんたの護衛だよ。危険なとこに行かせられる訳ないだろ」
「だが、私は自分の身は自分で守りたい」
「それは、最後の手段だろ。剣の稽古をしてるのは、真っ先に危険に飛び込んで行くためじゃない。何のためにあたしらが雇われたと思ってんのさ」
「レシア、来い」
遠くからアルライカの声がした。
「行こう」
アウレシアも立ち上がる。
二人が走っていくと、アルライカは渋い顔をして立っていた。
「何かあったかい?」
「――全くない。確かにここのはずだが、慣れた奴だな。跡を残さないよう気をつけてる」
「一人だから、あきらめたってことか」
「かもな。とりあえず戻るか。ケイに言って指示をもらおう」
夕食でアルライカが今日の出来事を報告すると、リュケイネイアスは、それを渋い顔で聞いていた。
「どうやら、シバスを出るのを待ってたようだな」
「どうするよ。これから」
アルライカの問いに、リュケイネイアスは簡潔に答える。
「明日は、ソイエ、お前が行け。もう一度来るか確かめるんだ」
「了解」
「グレンは? まさか連れてくのかい?」
「当たり前だろう。奴らの目的がわからん以上は皇子にも協力してもらう。昨日の今日で身代わりを準備したら、それこそ怪しまれる」
「もちろんだ」
イルグレンが強く頷く。
「私の命がかかっているのなら、私が行くのが筋だ」
「あんたが死んだら、全部無駄になるんだよ?」
「死なないさ。お前とソイエがいるなら、私は安全だ」
「――」
にっこりと笑われて、アウレシアはそれ以上何も言わなかった。
そして次の日。
馬車での移動が予定通り終わると、今度はソイエライアとともに、イルグレンとアウレシアはその場を離れた。
小さな森が点在するように木々が群生している間を抜けて、大きな森の手前の開けた場所まで来た。
「ここでいいな」
ソイエライアが言って、剣を抜く。
「グレン、来い。レシア、昨日みたいに二人がかりは今日はなしだ」
「何でだよ」
「今日は稽古が目的じゃないからだ。俺達が戦ってる間に気配を探ってろ」
「わかった」
イルグレンが剣を抜く。
仕掛けたのは、イルグレンからだった。
あわや斬られるぎりぎりのところで、ソイエライアは剣を弾き返した。
「――!!」
「遅いな。もっと速く」
ほとんど動かずに、そう言った。
もう一度向かっていく。
今度はソイエライアが先に懐に入る。
左肘が脇腹に入る寸前で、今度はイルグレンが避けた。
身体をかわしざまに剣を横になぎ払うが、これも剣で止められる。
ソイエライアも強かった。
アルライカと違って、すらりとした体躯なのに、弱さは微塵もなかった。
アウレシアのように力を流すのではなく、間合いをわざとずらす。
剣が当たるだろう時機をずらすことで、相手の力を殺ぎ、力の重心を狂わせる。
戦いづらい相手だった。
無駄な動きも隙もなく、どこに打ち込んでも確実にかわされるか、返される。
また、剣だけでなく、隙を見て格闘めいた攻撃を仕掛けるため、あらゆる所に気を配らねばならなかった。
しかし、アルライカのように、すぐに勝負をつけたりはしなかった。
戦い方を教えるように、ソイエライアは剣を揮った。
だから、ソイエライアが仕掛けてきたときは、イルグレンもソイエライアのように間合いをずらしながら、戦い方を真似てみた。
その内、こつを掴むと面白くなってきた。
「よし、今日はここまでだ」
ソイエライアが言う頃には、息が上がっていたが、何だか物足りないようにも思った。
「ソイエの動きは、アルライカとも似ているようで少し違う」
息を整えながら、そう言う。
少し驚いたようにソイエライアはイルグレンを見つめた。
「――俺とライカの動きが、似ているとわかるのか?」
「似ていると思ったが、間違いか?」
「なぜ、そう思った?」
「――うまくは言えんが、剣を弾かれるときの力の溜め具合や、次の攻撃に移る間合いが似ているような気がする」
ソイエライアはふむと考え込んで、それからイルグレンの頭を撫でた。
「ライカの言ったとおりだ。戦士としての素質があるな」
「本当か?」
「ああ。惜しいな。皇子じゃなければ誘いたいくらいだ」
ソイエライアが唇の端を上げて笑う。
その時。
「ソイエ、来たよ」
今まで動かなかったアウレシアの声が聞こえた。
「ああ、わかってる」
イルグレンも遅れて気づいた。
人の気配が近づいてくる。
「昨日とは違う。殺気だらけだ」
「昨日とは別なのか、偵察と本業が違うか、だな」
先程までの穏やかな顔つきが一瞬で変わる。
「グレン、確実に一撃で仕留めろ。情けはかけるな」
そうして、すらりと剣を抜きなおす。
「お待ちかねの実戦だ。斬らなきゃ斬られる。死にたくないなら殺せ。俺達は手助けするだけだからな」
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