46 / 58
第6章
渡り戦士の誤算
しおりを挟む全速力で馬を走らせ、アルライカは戻る。
ソイエライアとリュケイネイアスのことだから、彼らは大丈夫だと信じている。
ただ、護衛たちに関しては、アルライカは確信がなかった。
自分とアウレシアが抜けたなら、戦力は格段に落ちたはずだ。
ソルファレスもいるなら、多分馬車を囲んで陣を組むはずだ。
動いて敵を翻弄する自由な戦い方を得意とするアルライカには、防衛戦は性に合わない。
今回は主力がこちらなら、自分達が倒したほうより手練《てだれ》も多いはず。
こちらに死人が出てもおかしくはない。
せめて、鍛え上げたあの五人が死んでいないことを祈った。
せっかく仲良くなった護衛が自分のために命を落としたと聞いたら、きっとイルグレンは悲しむだろう。
心根の優しいあの皇子が悲しむのは見たくなかった。
記憶にある木々の間に見える野営地が視界に入ったとき、そこにまばらに散らばるたくさんの黒い影にぎょっとする。
死体だ。
ぎりぎりのところまで近づいて馬を止め、死体を見ると、全て刺客だ。
馬車の周りを囲んで座り込んでいる者達は護衛だ。
返り血が剣や衣服に飛び散っている。
比較的余力のある者は、怪我をしているだろう仲間の手当てをしている。
近づいてくるアルライカの姿を見て、気づいた者は一様にほっとして表情を緩めた。
死体を越えながら避け、一番近かった一人に声をかける。
「皆無事か、ソイエとケイは!?」
「渡り戦士殿は、馬車で、手当てを――」
そこまで聞くと、アルライカは急いで皇子の馬車へと走った。
「ソイエ!!」
馬車の近くでソイエライアは座り込んでいた。
皇子の身代わりを務めていたアルギルスの手当てをしている。
手当てを受けているアルギルスは、一人着ている衣服が違う。
身代わり用の、華美で、実戦にはあまり向かない裾の長い服だ。
ただ、裾は膝の近くで破れていた。
おそらく、戦うために自分で動きやすいよう切ったのだろう。
それでも、一目見て、身分の高い者とわかる。
夥しい返り血に、美しい絹は赤黒く染まっていた。
当て布からは血がわずかに滲んでいたが、それ以上の怪我はないようだ。
ソイエライアにも怪我をした様子はない。
巻き終えた包帯を縛り終えたソイエライアの穏やかな顔が、走りよってきたアルライカを見るなり剣呑なものになる。
「無事か、何人死んだ?」
「――誰も死んでない。勝手に殺すな」
それを聞いて、アルライカはほっとした。
これで、あの天然皇子も喜ぶ。
「刺客は、皆死んだのか?」
「いや――半数はやったが、残りは追い払っただけだ。数が多すぎたからな。奴らも驚いていた。もっと簡単にかたづくと思っていたらしい。さすが護衛隊長が選び抜いた精鋭だ。見かけによらず、めちゃめちゃ集団戦に強かった。鍛えたかいがあったな」
アルギルスを見ると、疲労の度合いが桁外れに違う。
皇子の身代わりということで、かなり集中して狙われたのだろう。
それでこの腕の傷ですんだのなら上出来だ。
「ところで」
ソイエライアの声が低く響いた。
「なんでお前一人で戻ってきた? レシアとグレンはどうしたんだ!?」
「俺達も襲われた。どうやら二手に分かれてたらしい。あっちのほうは全部始末してきた。グレンがお前らを心配してたから、様子を見に戻ってきたんだ。レシアとグレンには隠れてるように言った」
呆れるような眼差しで、ソイエライアはアルライカを凝視した。
「こ、の、馬鹿野郎!! 護衛が依頼主をほっぽってきてどうするんだ!?」
「――グレンとレシアならちゃんと無事だ。隠した馬とも離れてるし、襲われた場所からさらに離れたとこに隠れるように指示したさ」
あくまでも呑気なアルライカに、ソイエライアは苛立ちを募らせて叫んだ。
「刺客は北西に逃げた。ってことは、仲間と――お前達を襲ったほうの仲間と合流しようとしたんじゃないのか!? 本当に全部始末したのか? 一人でも生きていたらまずい。こっちに皇子がいないことはばれたんだ!!」
「なんだと!?」
そこまで聞いて、さすがのアルライカも顔色を変えた。
「ライカ!!」
リュケイネイアスとソルファレスが駆け寄ってくる。
「皇子様はご無事か!?」
「レシアと一緒か?」
「ああ――すまん。こっちも襲撃を受けて、全部片付けては来たが、置いてきちまった」
「ケイ、追いかけよう。馬ならすぐだ」
ソイエライアが片づけを終えて立ち上がる。
「ファレス様はここで。俺達が行きます。すぐに出発できるよう準備しておいてください」
「わかった。皇子様をくれぐれも頼む」
「馬で行く! 案内しろ、ライカ!!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる