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第6章
待ち伏せ
しおりを挟む森の中を街道沿いに馬を走らせると、鬱蒼とした木立がさらに周囲を陰らせていた。
太陽は南西に向かい、すでに木立から見え隠れしている。
夕暮れまでにはまだ時間はあるが、長い時間一行から離れてはまずい。
食事の準備までには戻らないとリュケイネイアスにばれる恐れもあった。
街道が徐々に蛇行のうねりを見せ始めると、馬の速度も緩やかなものへと変わる。
「よし、ここからは少し歩くぞ。街道を離れるから、俺の後ろをついてこい」
アルライカはアウレシアとイルグレンを振り返った。
三人は馬を街道からは見えないところに隠し、道を離れて徒歩で進む。
鳥のさえずりと、風に揺れる濃い緑がとても近いのに、イルグレンは驚いた。
「森の中を歩くのは気持ちがいいものなのだな」
「なんだい、散歩してるんじゃないんだよ」
アウレシアが小さく笑った。
「しかし、なぜ今日に限って、森を偵察するのだ?」
「んあ? ああ、明日ここを越えれば、森が終わって、また見晴らしのいい乾燥地帯に入るからさ。もし、刺客がまた襲ってくるなら、必ずここで仕掛けてくると思ってな」
「なるほど。ライカは地理にも詳しいのだな」
「まあ、昔ここで何ヶ月か過ごしたこともあるからな」
「この森の中で? 一人でか?」
「いや、ソイエもだ。ここは山に近い森だから、洞窟や、川や、小さな湖もある。食うには困らなかったな」
言いながらも、アルライカは音を極力音を立てぬように下生えの草や茂みを上手に避けるので、歩いていても大変ではなかった。
周囲にも気を配りつつ進んではいるが、どうものんびりした気分になってしまうのは否めなかった。
だが、少し開けた場所に出たところで、アルライカが突然止まった。
「――ライカ?」
「大勢の気配がする」
短い言葉に、アウレシアとイルグレンも周囲の様子がちがうことに気づいた。
鳥のさえずりが、すでに聞こえない。
「あっちも気づいてる。待ち伏せされたか」
小さく舌打ちして、アルライカは剣を抜いた。
下草を踏みしめる音が近づいてくる。
アウレシアとイルグレンも間隔を取り、剣を抜いた。
「前より多い。倍はいるね」
「最初の仲間が殺られたから、学習したか。まあ、無駄だろうがな」
それまでののんびりした気配は消え失せ、その場の雰囲気ががらりと変わった。
痛いほどの緊張感がイルグレンの剣を持つ手を震わせた。
大きく息を吸って、吐いた。
ソイエライアの言葉を思い出す。
自分の気持ちには、自分で折合をつけるのだ。
そう思ったら、幾分気は楽になる。
アルライカとアウレシアもいてくれる。
人数が多かろうとも敵ではない。
「グレン、囲まれるな。人数が多いときは、止まっていると不利だ。動いて確実に倒していけよ」
「わかった」
森の中での戦闘が始まった。
だが、やはり人数が多くても彼らの敵ではなかった。
アルライカは途中、倒した刺客から剣を奪い、二振りを器用に扱って見る間に敵を片づけていく。
その速度たるや、凄まじいものだった。
イルグレンが一人を片づける間に三人を倒すのが遠目に見えた。
剣をかわす間も与えない。
これが、本物の戦士なのだと、イルグレンは感心しながら目の前の刺客を倒す。
アルライカの戦いぶりは、いつ見ても見惚れてしまう。
イルグレンは気づいていなかった。
アルライカには及ばずとも、彼自身も流れるように美しい所作で、目の前の敵を倒しているということに。
三人であっても、危なげなく刺客を片づけ、最後の刺客をアルライカが斬った。
「レシア、グレン。怪我はないか」
振り返るアルライカに、
「あるわけないだろ」
「大丈夫だ」
二人が答える。
アルライカはその場から動かず、足元に倒れている刺客を足で仰向けに転がした。
まだ死んではいなかった。
わざととどめは刺さなかったのだ。
アルライカが膝を着き、顔を覆う布を剥ぐと、血の気の失せた中年の男の顔が現れる。
「誰に雇われた?」
「……」
「言葉に西の名残がある。サマルウェアだろ。皇子を受け入れるはずの国からなぜ刺客が来る」
「わかっているのに、まだ問うか……」
刺客はすでに虫の息だが、にやりと笑った。
「……公国も、一枚岩ではないということ、だ……賛成派と……反対派がいる。皇子様に来てもらっては困るお偉方も……いるということだ」
そこまで言うと、刺客は咳き込んだ。
口元に、血が見えた。
斬られて傷ついた内臓から血が上がってきたのだろう。
「だが、もう遅い……皇子は、死ぬ」
「? どういうことだ」
アルライカが再び問う。
「俺達は、別働隊だ……」
「!?」
それを聞いた三人の表情が険しいものになる。
「お前達渡り戦士が離れたのを確認して、本隊の五十人が襲撃している……今頃は、一人残らず、死んでいるだろう……」
にやりと笑って、男は目を閉じた。
それを聞いて、三人は顔を見合わせた。
「――五十人」
さすがのアルライカも渋い顔をした。
リュケイネイアスとソイエライアの二人がいるなら、大丈夫だろう。
ソルファレスも、鍛えた護衛達もいる。
だが、刺客の数が多すぎる。
誰か、死人は出るかもしれないと密かにアルライカは思った。
そんな思いを感じ取ったのか、イルグレンはアルライカの肩を掴んだ。
「ソイエが、皆が危ない。ライカ、戻ろう」
呆れたように、アルライカは立ち上がり、目の前の皇子を見下ろした。
青ざめた顔は、今にも自分が死にそうだ。
安心させるように、アルライカはイルグレンの肩に手を置く。
「ソイエは死にゃしねえよ。強いからな。ケイもいる。護衛隊長もいるし、心配はいらないだろ。俺らの仕事はお前を守ることなんだから、ここにいるんだ」
「刺客の狙いが私なら、主力は向こうだ。お前達が強いのはわかるが、大勢に敵うのか? エギルやファンナは闘えない。護衛の者達はお前達ほど強くはないだろう?」
確かに、皇子の言うことには一理ある。
アルライカは渡り戦士だから、統制された軍人の集団戦の強さを知ってはいるが、それはあくまでも百人以上の大軍団だ。
あの二十人足らずの護衛達で、しかも非戦闘員を守りつつ戦って無傷で勝利するところなど見たことはなかった。
「――だからって、お前を連れてくわけにゃいかねえだろが。何のための身代わりだよ」
「そうして、私に皆を見捨てろというのか。そんなことはできない」
イルグレンは必死だった。
エギルディウスとウルファンナ、ソルファレス、アルギルス、そしてここまで着いてきてくれた護衛の者達、渡り戦士のリュケイネイアスとソイエライア。
たくさんの大切な人々の顔が思い浮かぶ。
誰か一人が欠けても駄目なのだ。
もしも翼があるなら、今すぐにでも飛んで行きたい。
彼らを救いに。
だが、自分は戻れない。
戻って彼らの全てを救えるだけの腕もなかった。
もしも、彼らを救えるのなら、それは、アルライカしかいない。
「私が戻れないなら、ライカが行ってくれ。皆を死なせないでくれ!」
今日斬った人間達たちと同じように、彼らが死んでいくなど、想像でも耐えられない。
「私の代わりに死ぬのは、母上だけで充分だ。誰一人、もう死ぬのはみたくない――頼む、行ってくれ、ライカ!!」
アルライカは小さく舌打ちした。
「――レシア、グレンを奥に連れてけ。この先を北西に進めば泉の近くに洞窟がある。俺らが迎えに行くまでそこを動くな」
「了解」
アルライカが急いでもと来た道を戻る。
アウレシアとイルグレンも奥へと走った。
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