暁に消え逝く星

ラサ

文字の大きさ
56 / 58
第7章

砂漠の夜明け

しおりを挟む

 サマルウェアの一つ手前の砂漠のオアシスにあるレギオンで、アウレシアは次の仕事の情報を受け取った。
 ソイエライアの話では、南下した港町で砂漠を北上する隊商の護衛の依頼だということだったが、詳しい話をレギオンで聞くと、どうやら大掛かりな移動になるらしい。
 出発は二週間後、馬をとばせば余裕でそこまでは行き着ける。
 砂漠の盗賊団の動きが活発になっている昨今では、珍しい仕事ではなかった。
 リュケイネイアスも許可したのなら、堅実な、実入りのいい依頼であろう。
 四人で組むようになってからは、彼は、決して真っ当でない依頼を受けなかった。
 全員の命がかかる仕事で、無用の危険を冒さぬように。
 そういう気遣いができるからこそ、自分達も彼についていくのだ。
 リュケイネイアス達は、港で次の旅に備えての物資や新しい剣を調達している。
 今回、使いを自らかって出たのは彼女自身だ。
 何故だか無性に馬を走らせたい気分だったのだ。
 じっとしていられない、いつもとは違うその衝動を、周りには知られたくなかった。
 じっとしていると、イルグレンのことを考えてしまう。
 今回の仕事では破格の報酬を貰い、北の極上品である火酒まで手に入れて、この一週間、夜は四人で酒場へ繰り出し、飲めや歌えやの大騒ぎで、全くイルグレンのことを考える暇などなかった。
 いや、違う。
 考えないようにしていた。
 考えてしまえば、きりがなくなる。
 終わったことをいつまでも気にするのは性分に合わない。
 アウレシアはさらに、馬を急がせた。


 砂漠の終わりと言えども、夜はまだまだ冷える。
 夜通し走りぬけ、無事用事も終えて後は帰ればいいだけ。
 それでも、なおも彼女は馬を走らせる。
 しかし、夜明けが近づくにつれて、馬の疲労が顕著になったので、ようやく彼女は速度を落とす。
「ごめんよ、とばしすぎた」
 呟いて馬を止める。
 そうして、馬の首筋を撫でて、明るくなり出した空に目を向けた。
 あけていく薄紫。
 星が静かに消えてゆく。
 あの時二人で見た夜明けの空。
 イルグレンの瞳の色だと、アウレシアは思ってしまった。
 そうしたら、自分でもびっくりすることに、涙が流れてきてしまったのだ。
「なんだよ、これ」
 乱暴に拭って、アウレシアは呟いた。
「男なんて掃いて捨てるほどいるだろうが」
 らしくないと、アウレシアは思った。
 別れた男を想って泣くなど。
 しかも、相手は年下の、天然の皇子様ではないか。
 全くどうかしている。
 
 世間知らずで天然の皇子様。

 それだけ。
 それだけだったはずだ。
「――」
 だが、それだけではないものを、イルグレンは持っていた。
 冗談ですませられたことも、彼には通じず、いつだって呆れるほど真摯に問うて、答えてきた。
 なぜだろう。
 いつも、守ってやらねばならないような気がしてた。
 そばにいて、からかうような言葉を交わし、いろんなことを教え、背中をあずけてもいいような気さえしてた。
 最初から、わかっていたはずだったのに。
 体を重ねる前から、必ず来る別れを知っていたのに。
 最後に別れを告げたあの言葉でさえ、全て真実しかなかったのに。
「泣くほど好きだったってことなのかよ」
 馬を降りて、座り込むと少し冷えた風が頬に心地よい。
 しばらくは、きっと夜明けを見るたびに彼を思い出すだろう。
 暁に消えていく星を見てほんの少し涙を流すだろう。
 それでいいのかもしれない。
 無理に気持ちを誤魔化すことはないのだ。
 悲しいときは、素直に認めて、泣きたかったら泣けばいい。
 そうして生きていくのだ。
 悲しみもいつか薄れるだろう。
 そして、思い出になるだろう。
 今はまだ、無理なのはわかっているが。

 新たな涙は、星のように夜明けの紫に消えていった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...