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十一章
雄々しきラベロア王
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マドレア国の真珠商人達の話をいろいろ聞いているところに、サリーがやってきた。
「セイラ様。そろそろ、サロンへお越しいただくお時間です。お召し替えをお願いします」
「もう、そんな時間になっちゃったのね」
「アンリ様とヘレン様には、婚儀にご列席されるにあたり、マゼッタ女官長からご案内することがございますので、その後にお帰りいただきます」
アデロスがカップのお茶を飲み干すと、カウチから立ち上がった。
「それでは、私は失礼いたします。明朝からまた、警護を担当させていただきます」
「アデロス、ちょっと、待ってて」
私はテーブルの方へ行くと、置いてあったケーキの箱を両手に取った。
扉のところで姿勢を正して立つアデロスの前に来ると、箱を差し出した。
「どうぞ。外で待っている2人とも一緒に、よかったら食べてください」
「これは……?」
箱を受け取りながら不思議そうに訊ねたアデロスに、サリーがにっこり微笑んで答える。
「セイラ様お手製のケーキですよ」
それを聞いて、アデロスは驚いたように瞬きをして私を見た。
「よかったら、開けてみて」
アデロスは注意深く箱の蓋を開け、中を除いた。そして、目を大きく見開いてそれを凝視していたが、やがて、信じられないというように私を見た。
「こんなに美しい焼き菓子は、今まで見た事がありません。セイラ様は、素晴らしい才能をお持ちでいらっしゃるのですね」
「ヘレンと一緒に作ったの。焼くのは、厨房の人にお願いしたけど……」
褒め言葉に照れ、首をすくめて笑うと、横からサリーが口を挟む。
「アデロス殿。くれぐれも、セイラ様お手製の菓子であるとは、他言されませんようにお願いします」
「もちろんです」
アデロスは神妙に頷くと、そっと箱の蓋を閉めた。
「セイラ様」
アデロスは小脇に箱を抱え片膝をついた。
そして、恭しく私の右手を取ると、甲に口づけを落とした。
「身に余る光栄でございます。これからも、心をこめてお仕えいたします」
忠誠心が溢れるしっかりとした言葉と、まっすぐに私を見つめる濁りのない目の強い輝き。彼はまさに、騎士の鏡と呼ぶべき人だ。
「今日はゆっくり休んでね。顔を出してくれてありがとう」
労りの言葉をかけると、彼はにっこりと微笑んだ。
アデロスが退室した時に、入れ替わりでエリサとアリアンナが帰ってくる。サロンへ行く準備のため、ちゃんとしたドレスに着替えなくてはならない。
動き易く装飾が少ないオフホワイトのドレスを脱いで、柔らかな光沢が美しいオパールグリーンのスレンダードレスで身を包む。
エリサが慎重に装着してくれたのは、銀糸の繊細な花模様が煌めく純白のオーバードレス。ふわりと膨らむその薄い生地から、下のスレンダードレスが透けて見えて、清楚ながらも豪華に見せてくれる。割と胸元の開きが大きいデザインだけれど、四角にカットされているスクエアラインだから、すっきりとして品が良い。
サリーがラベンダー色のマントを肩からかけてくれた。ベルベット生地の長いマントは重みもあって温かいし、首回りには純白のファーがついているので、もう完全に冬の装いだ。
エリサが私の耳に、ピンク色の真珠のイヤリングをかけたのを見て、ルシア王子を思い出す。何度思い返しても、やはり、人を騙すという行為は、後味が悪い。でも、ルシア王子が私を騙したのが先なのだから、この場合、お互い様だろう。
「どうされたのですか?難しいお顔をされて……」
私が考え込むように下を向いたせいか、エリサが心配そうに聞いた。
「あ、なんでもないから。ちょっといろいろと反省してただけ」
慌てて笑顔を作って顔を上げ、鏡の中の自分を見る。
ちょうど、アリアンナが結い上げた私の髪に、透き通るようなレースベールをかけるところだった。サリーが手に持っていた銀のティアラをその上に乗せて、ベールを固定する。
このマーガレットの花を象った銀の花冠も、シルビア様が愛用されていたものだ。すべての花の中心に、ピンクの真珠がはめられた、ロマンティックなデザイン。シルビア様が、とても女性的な人だったということが、譲り受けた衣装や装飾品を見ればよくわかる。
がさつな私でも、シルビア様のものを身につけると、それなりに優雅に見えてきて、なんだか自分が別人になった気がした。
「身につけるものがシルビア様のものだと思うと、身が引き締まる……」
しんみり呟くと、サリーがにっこり微笑んだ。
「とてもお似合いですよ」
「ありがとう。でも、中身がまだまだ全然伴わない……」
今回、私の大人げない行動で、周りにたくさんの迷惑をかけてしまったことから、自分がいかに未熟かを痛感した。一国の王妃になるつもりなら、例え、ドレスに火がついても慌てないくらいの落ち着きがなければならない。
エリサが足下にシルバーのハイヒールを置いてくれたので、ドレスをつまみ上げ、注意深く足を滑り込ませる。さすがにオーダーメイドなだけあり、サイズはぴったりだ。しかも、新品の靴を履き慣らして柔らかくする係という人が、しばらく履いてくれたお陰で、靴擦れなんていう心配もなさそうなくらい、しっくりくる。
鏡の中をもう一度見ると、テラスから部屋に戻って来たアンリとヘレンがこちらへ歩いてくる姿が映った。鏡の中で彼等に笑顔を送り、軽く手を振ってみせると、2人は目尻を下げてにっこりする。
その時、扉の方がにわかに騒がしくなった。
「あ、いらっしゃったようですね」
アリアンナが独り言のように呟くと、急いで私のマントの裾を整える。
ヒールに気をつけて椅子から立ち上がると、ノックもなく勢い良く扉が開く。
入室したのは、もちろん、カスピアン。
後方にはぞろぞろと取り巻きみたいな護衛がついてきているが、彼等は扉の外で待機する。
いつもと変わらず、大股で歩いてこちらへやってくる彼を見て、胸がドキンと弾む。
午後一番にあると聞いていた外国からの使者との謁見後、そのままここへ来たらしく、ほぼ正装に近い衣装を纏っている。
真っ白なシャツの上に、銀糸の光沢が交じるグレーの上着を羽織り、金細工の飾りが輝く太いベルトを着用。
勿論、腰から大きく重そうな剣を下げている。
黒いパンツに合わせた黒の革のブーツも艶やかに磨かれ、金細工の装飾がキラキラしていた。
金糸の唐草模様が一面に施されたモスグリーンのマントは、まるで美術品のように美しい。
マントの襟を飾るワインレッドのファーを留める大きな金の金具が、眩しいほどに輝いて彼の胸元を飾っていた。
その胸元から視線を上にあげて彼の顔を見る。
野性的な鋭い光を放つ、深い緑色の目。
意志の強さを現すように、きつく引き締めた唇。
零れ落ちる栗色の巻き毛に彩られた、男らしい精悍な頬。
厳格な雰囲気の中にも、最近は男の色気まで感じさせる、とびっきりの美青年。
大柄でがっしりした体躯と、堂々たる態度に、王者の風格が溢れている。
その迫力に圧倒され、もう身動きさえ出来なかった。
ため息がでるくらい、正真正銘の王様だなぁと惚れ惚れして見とれていたが、彼が目の前で立ち止まった時、ハッと我に返る。
「陛下」
きちんと改まって、お辞儀をする。
扉の向こうに居並ぶ護衛達もこちらを見ているのだ。
私も、周りの目がある時はちゃんと、国王に敬意を示す。
2人きりとか、サリー達だけがいる時なら、駆け寄って飛びつくことも許されるけれど、なんといっても、この人は、この国で一番、偉い人なのだ。
今まで深く考えず、名前を呼び捨てにしてたし、返事さえ、うん、とか友達感覚で答えていたけれど、よく考えなくても、失礼な話だ。
異世界から来たせいで、私の感覚がかなりここの常識からずれていたのは確かだけれど。
しかしよく彼も、特に指摘もせず私の言動を放置していたなと今更驚いてしまう。
ゆっくり顔をあげると、やっぱり礼儀正しい私には慣れないのか、居心地悪そうに目元を染めたカスピアンが、じっと私を見下ろしていた。
彼は、少し離れたところに立っているアンリとヘレンに目を移す。
彼等が揃ってお辞儀をし、あげたその顔を見ると、やっぱりカスピアンが怖いのか、やや緊張で引きつっていた。
カスピアンは表情を和らげ、2人に声をかけた。
「明後日の婚儀に列席するにあたり、入り用なものがあれば、マゼッタに申し出るといい。ゆめゆめ遠慮など考えぬように」
子爵の爵位を賜ったとはいえ、竪琴を復元した際に出された褒美も辞退した2人は、多額の財産を持つわけではない。そのため、彼等の正装や送迎の馬車は、王室が手配することになっていると、私もサリーから聞いていた。
「陛下、ありがとうございます」
アンリが恭しく頭を下げた後、私のほうを見て、嬉しそうに微笑んだ。
カスピアンは小さく頷くと、私を振り返った。
「準備は出来たのか」
「はい」
ドレスの裾を少し摘んで持ち上げ、カーテシーをしてみせる。
彼は口元を少し緩め、私に手を差し出した。
その大きな手の平にそっと右手を重ねると、彼はぎゅっと力強く握りしめた。
アンリとヘレンを振り返ると、2人がにっこり笑顔で頷く。無言でお別れの視線を交わした後、お辞儀をする2人に背を向け、サロンへと出発した。
本来なら、サリーや護衛達が私をサロンへ連れて行くのだが、婚儀までは厳重警戒態勢ということで、奥宮を出る必要がある時は、都合がつく限り、カスピアンがわざわざ付き添ってくれている。
アデロスが不在ということもあるだろうが、過保護な彼は、きっと、私の身に危険が及ぶことだけじゃなく、私が粗相をして怪我するとかそんなことさえも危惧しているのだろう。
「セイラ様。そろそろ、サロンへお越しいただくお時間です。お召し替えをお願いします」
「もう、そんな時間になっちゃったのね」
「アンリ様とヘレン様には、婚儀にご列席されるにあたり、マゼッタ女官長からご案内することがございますので、その後にお帰りいただきます」
アデロスがカップのお茶を飲み干すと、カウチから立ち上がった。
「それでは、私は失礼いたします。明朝からまた、警護を担当させていただきます」
「アデロス、ちょっと、待ってて」
私はテーブルの方へ行くと、置いてあったケーキの箱を両手に取った。
扉のところで姿勢を正して立つアデロスの前に来ると、箱を差し出した。
「どうぞ。外で待っている2人とも一緒に、よかったら食べてください」
「これは……?」
箱を受け取りながら不思議そうに訊ねたアデロスに、サリーがにっこり微笑んで答える。
「セイラ様お手製のケーキですよ」
それを聞いて、アデロスは驚いたように瞬きをして私を見た。
「よかったら、開けてみて」
アデロスは注意深く箱の蓋を開け、中を除いた。そして、目を大きく見開いてそれを凝視していたが、やがて、信じられないというように私を見た。
「こんなに美しい焼き菓子は、今まで見た事がありません。セイラ様は、素晴らしい才能をお持ちでいらっしゃるのですね」
「ヘレンと一緒に作ったの。焼くのは、厨房の人にお願いしたけど……」
褒め言葉に照れ、首をすくめて笑うと、横からサリーが口を挟む。
「アデロス殿。くれぐれも、セイラ様お手製の菓子であるとは、他言されませんようにお願いします」
「もちろんです」
アデロスは神妙に頷くと、そっと箱の蓋を閉めた。
「セイラ様」
アデロスは小脇に箱を抱え片膝をついた。
そして、恭しく私の右手を取ると、甲に口づけを落とした。
「身に余る光栄でございます。これからも、心をこめてお仕えいたします」
忠誠心が溢れるしっかりとした言葉と、まっすぐに私を見つめる濁りのない目の強い輝き。彼はまさに、騎士の鏡と呼ぶべき人だ。
「今日はゆっくり休んでね。顔を出してくれてありがとう」
労りの言葉をかけると、彼はにっこりと微笑んだ。
アデロスが退室した時に、入れ替わりでエリサとアリアンナが帰ってくる。サロンへ行く準備のため、ちゃんとしたドレスに着替えなくてはならない。
動き易く装飾が少ないオフホワイトのドレスを脱いで、柔らかな光沢が美しいオパールグリーンのスレンダードレスで身を包む。
エリサが慎重に装着してくれたのは、銀糸の繊細な花模様が煌めく純白のオーバードレス。ふわりと膨らむその薄い生地から、下のスレンダードレスが透けて見えて、清楚ながらも豪華に見せてくれる。割と胸元の開きが大きいデザインだけれど、四角にカットされているスクエアラインだから、すっきりとして品が良い。
サリーがラベンダー色のマントを肩からかけてくれた。ベルベット生地の長いマントは重みもあって温かいし、首回りには純白のファーがついているので、もう完全に冬の装いだ。
エリサが私の耳に、ピンク色の真珠のイヤリングをかけたのを見て、ルシア王子を思い出す。何度思い返しても、やはり、人を騙すという行為は、後味が悪い。でも、ルシア王子が私を騙したのが先なのだから、この場合、お互い様だろう。
「どうされたのですか?難しいお顔をされて……」
私が考え込むように下を向いたせいか、エリサが心配そうに聞いた。
「あ、なんでもないから。ちょっといろいろと反省してただけ」
慌てて笑顔を作って顔を上げ、鏡の中の自分を見る。
ちょうど、アリアンナが結い上げた私の髪に、透き通るようなレースベールをかけるところだった。サリーが手に持っていた銀のティアラをその上に乗せて、ベールを固定する。
このマーガレットの花を象った銀の花冠も、シルビア様が愛用されていたものだ。すべての花の中心に、ピンクの真珠がはめられた、ロマンティックなデザイン。シルビア様が、とても女性的な人だったということが、譲り受けた衣装や装飾品を見ればよくわかる。
がさつな私でも、シルビア様のものを身につけると、それなりに優雅に見えてきて、なんだか自分が別人になった気がした。
「身につけるものがシルビア様のものだと思うと、身が引き締まる……」
しんみり呟くと、サリーがにっこり微笑んだ。
「とてもお似合いですよ」
「ありがとう。でも、中身がまだまだ全然伴わない……」
今回、私の大人げない行動で、周りにたくさんの迷惑をかけてしまったことから、自分がいかに未熟かを痛感した。一国の王妃になるつもりなら、例え、ドレスに火がついても慌てないくらいの落ち着きがなければならない。
エリサが足下にシルバーのハイヒールを置いてくれたので、ドレスをつまみ上げ、注意深く足を滑り込ませる。さすがにオーダーメイドなだけあり、サイズはぴったりだ。しかも、新品の靴を履き慣らして柔らかくする係という人が、しばらく履いてくれたお陰で、靴擦れなんていう心配もなさそうなくらい、しっくりくる。
鏡の中をもう一度見ると、テラスから部屋に戻って来たアンリとヘレンがこちらへ歩いてくる姿が映った。鏡の中で彼等に笑顔を送り、軽く手を振ってみせると、2人は目尻を下げてにっこりする。
その時、扉の方がにわかに騒がしくなった。
「あ、いらっしゃったようですね」
アリアンナが独り言のように呟くと、急いで私のマントの裾を整える。
ヒールに気をつけて椅子から立ち上がると、ノックもなく勢い良く扉が開く。
入室したのは、もちろん、カスピアン。
後方にはぞろぞろと取り巻きみたいな護衛がついてきているが、彼等は扉の外で待機する。
いつもと変わらず、大股で歩いてこちらへやってくる彼を見て、胸がドキンと弾む。
午後一番にあると聞いていた外国からの使者との謁見後、そのままここへ来たらしく、ほぼ正装に近い衣装を纏っている。
真っ白なシャツの上に、銀糸の光沢が交じるグレーの上着を羽織り、金細工の飾りが輝く太いベルトを着用。
勿論、腰から大きく重そうな剣を下げている。
黒いパンツに合わせた黒の革のブーツも艶やかに磨かれ、金細工の装飾がキラキラしていた。
金糸の唐草模様が一面に施されたモスグリーンのマントは、まるで美術品のように美しい。
マントの襟を飾るワインレッドのファーを留める大きな金の金具が、眩しいほどに輝いて彼の胸元を飾っていた。
その胸元から視線を上にあげて彼の顔を見る。
野性的な鋭い光を放つ、深い緑色の目。
意志の強さを現すように、きつく引き締めた唇。
零れ落ちる栗色の巻き毛に彩られた、男らしい精悍な頬。
厳格な雰囲気の中にも、最近は男の色気まで感じさせる、とびっきりの美青年。
大柄でがっしりした体躯と、堂々たる態度に、王者の風格が溢れている。
その迫力に圧倒され、もう身動きさえ出来なかった。
ため息がでるくらい、正真正銘の王様だなぁと惚れ惚れして見とれていたが、彼が目の前で立ち止まった時、ハッと我に返る。
「陛下」
きちんと改まって、お辞儀をする。
扉の向こうに居並ぶ護衛達もこちらを見ているのだ。
私も、周りの目がある時はちゃんと、国王に敬意を示す。
2人きりとか、サリー達だけがいる時なら、駆け寄って飛びつくことも許されるけれど、なんといっても、この人は、この国で一番、偉い人なのだ。
今まで深く考えず、名前を呼び捨てにしてたし、返事さえ、うん、とか友達感覚で答えていたけれど、よく考えなくても、失礼な話だ。
異世界から来たせいで、私の感覚がかなりここの常識からずれていたのは確かだけれど。
しかしよく彼も、特に指摘もせず私の言動を放置していたなと今更驚いてしまう。
ゆっくり顔をあげると、やっぱり礼儀正しい私には慣れないのか、居心地悪そうに目元を染めたカスピアンが、じっと私を見下ろしていた。
彼は、少し離れたところに立っているアンリとヘレンに目を移す。
彼等が揃ってお辞儀をし、あげたその顔を見ると、やっぱりカスピアンが怖いのか、やや緊張で引きつっていた。
カスピアンは表情を和らげ、2人に声をかけた。
「明後日の婚儀に列席するにあたり、入り用なものがあれば、マゼッタに申し出るといい。ゆめゆめ遠慮など考えぬように」
子爵の爵位を賜ったとはいえ、竪琴を復元した際に出された褒美も辞退した2人は、多額の財産を持つわけではない。そのため、彼等の正装や送迎の馬車は、王室が手配することになっていると、私もサリーから聞いていた。
「陛下、ありがとうございます」
アンリが恭しく頭を下げた後、私のほうを見て、嬉しそうに微笑んだ。
カスピアンは小さく頷くと、私を振り返った。
「準備は出来たのか」
「はい」
ドレスの裾を少し摘んで持ち上げ、カーテシーをしてみせる。
彼は口元を少し緩め、私に手を差し出した。
その大きな手の平にそっと右手を重ねると、彼はぎゅっと力強く握りしめた。
アンリとヘレンを振り返ると、2人がにっこり笑顔で頷く。無言でお別れの視線を交わした後、お辞儀をする2人に背を向け、サロンへと出発した。
本来なら、サリーや護衛達が私をサロンへ連れて行くのだが、婚儀までは厳重警戒態勢ということで、奥宮を出る必要がある時は、都合がつく限り、カスピアンがわざわざ付き添ってくれている。
アデロスが不在ということもあるだろうが、過保護な彼は、きっと、私の身に危険が及ぶことだけじゃなく、私が粗相をして怪我するとかそんなことさえも危惧しているのだろう。
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