【タイトル回収いつすんの?】汝、魔王に任ず。

十輪かむ

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一章

2話

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 目覚める。それと同時に頭の中に凄まじい速さの映像が流れた。それはどれも俺の主観で、俺の感情付きだった。

「本当に……転生……したのか?」

 出た声が幼い。手の平に眼を落とすと紅葉みたいに小さい。周りを見回すと、人家の中のようだ。家の内装と調度品から、令和の日本ではないことは分かる。古めかしくて馴染みのないような、そう、中世の西洋世界か。ゲームや、ファンタジーアニメで観たものに近い。

 長い眠りから覚めたみたいだ。さっき流れた記憶は、前世に加えて今世に生まれてから、ここに至るまでの記憶だ。

「……リデル」

 その声がした方へ目を向ける。そこには目を大きく開けて驚きの顔をした女性が座っていた。黒髪に白金のメッシュが入った長くクセの強い髪。顔は引き締まって鋭い輪郭で、東洋と西洋が混ざった印象だ。細身に不釣り合いなくらいに乳がデカい。しかし、何より特徴的なのは、髪の生え際辺りから天へ伸びた二本の鋭く尖ったツノだった。

 記憶を手繰らなくても分かった。そう。この人が俺を産んだ、母だ。

「@&%$!」

 え? なんて? ああ、そうか。日本語じゃない。この世界の言葉だ。俺の頭の中で、自然と周波数を合わせるように翻訳される。母は「しゃべった!」って言ったのか。それにしても、この世界の言葉なんていつ覚えたんだ? でも、これが赤ん坊の学習能力ってやつだ。前世だって日本語をいつ覚えたのか分からないから。

「リデル! リデル! ほら、お母さんって言ってごらんよ!」

 母は俺を抱き抱えると、顔を覗き込みながら大きく体を揺さぶった。乱暴だな。揺さぶられっ子症候群って、まあ、知らないか。そんなに強くしたら脳みそがどうにかなってしまう。

「痛い、痛いよ。ライカさん」

 ちょっとした反抗だ。記憶にあるこの人の名前で呼んでやる。ライカ・カザク。俺の今世の母の名だ。

 ライカさんは、俺を揺さぶるのを止め目を丸くしていた。見る間にそこへ涙が滲んでいく。

「天才! アタシの子は天才だ!」

 そう大声を上げながら、母は俺を抱きしめてダンスのようにクルクル回った。しかし、この人は力の加減を知らないようだ。俺の背に回す腕の力が強すぎて、息が苦しい。

「おい。どうした? 何を叫んでいるんだ、ライカ?」

 そんな男の声と、外からドンドンと家の戸を叩く音がした。

「おっと、レオナルドのやつ、また来たか」

 母はそう言うとダンスを止めた。俺を抱っこしつつ、家戸へ向かう。レオナルド。その名の記憶もある。この家へちょくちょく顔を見せている男だ。

「調子はどうだ、ライカ?」

 母が戸を開けると、口髭を蓄えた初老の男が立っていた。麻布か何か安くて丈夫そうな服で、平民の農夫みたいな出立だ。脂肪で腹は出ているが、それ以上に全身の筋肉が衣服を破らんばかりに粒々と膨らんでいる。この人が俺の父親か? いや、母のライカとは見た目の年齢が離れているし、一緒に住んでいる記憶はない。

「なんだよ。村長も暇じゃないんだろ? いい加減、この子ならアタシだけで面倒見れるよ」

 レオナルドって人は村長か。ちょくちょく母の様子を見に来ている所から、きっと世話焼き好きな人なんだろう。

「そうはいかん。お前とその子リデルは、あの方から託されたのだからな」

 あの方? 託された? 気になることを言うおっさんだ。俺が生まれるまでに何か物語が展開されたのか。俺が異世界から、前世の記憶付きで転生したんだ。そんなことがあってもおかしくない。

「あんたは本当に義理堅い人間だよ。それより、聞いてくれよ。この子、もう話せるようになったんだよ! 天才だろ?」

 母が俺へ頬擦りをする。スベスベとした肌の感触と、仄かに花かお香のような甘い匂いがした。

「待て。リデルは一歳になったばかりだぞ。歩き始めは普通の子と大して変わらんかったのに……」

「こんにちは、レオナルドさん」

「なっ!」

 俺の中の悪戯っ子が騒いでしまった。村長は口をぱくぱくさせて驚いた様子だった。

「おい、ライカ! これは、その、リデルの中の……」

 俺の中? そんな疑問符が浮かぶと共に、突如ピタリと全てが止まった。村長も母ライカも動かないし、耳を塞がれたように音もしない。何が起こった? 俺の背筋にゾワゾワと這いずり回るものがあった。

「知らないふりをしろ」

 耳元で、いや、頭の中で声がした。低い男の声だった。ふと気付くと目の前にあの男が立っていた。俺が前世で死んだ時に現れたあの男、そう闇神と名乗った男だ。

「知らないふり? ど、どういうこと……」

 男が掌を向けて俺の言葉を制した。

「お前の脳内だけ時の流れを変えた。この程度の力を取り戻すのに、一年もかかってしまったが」

「力って、もしかして、俺が赤ん坊なのに喋れるのも、あんたの力なの?」

「半分はそうらしい。俺とお前の魂が合一されたことによる、肉体と脳の変容、強化。そんなところか」

「合一って、一体化ってことだろ。そんな……」

「生まれ出る前に、説明はなかったと言いたいか? その義務を負うのは俺ではない。まあ、適度に端折って教えてやろう。改めて、俺はこの世界の闇の神、闇神やみがみだ。故あってお前の魂の中に封印、合一されたのだ」

 その時、男の像が鮮明になった。長髪で半裸の男だった。神より、野鄙な山賊と言った方がしっくりくる。しかし、闇神、チート、異世界転生か。なんとなく読めたぞ。俺の今世。

「武蔵。お前は面白い奴だ。今、恐怖と期待が入り混じったぞ」

「俺の前世の世界じゃ、よくあるお話だからかな。でも、あの話しぶりだと、この母と村長の二人は知ってるみたいだけど、それでも俺には知らないふりをしろって言うの?」

「ああ。武蔵が、俺が魂の中にいると知ること、更には前世の記憶が残るとなれば、その母からは愛されない。そうなると、お前の心と体の発育に大きな支障が出る。それは、魂が合一化されている俺にとっても計り知れない影響があるだろうからな」

 正直な闇神さんだ。自分を護る為に母に愛されろと言ってるんだ。それじゃ、赤ん坊と一緒じゃないか。でも、今の俺は幼過ぎる。精神が思春期の俺でも、闇神に反発するのは得策じゃないってことぐらい分かる。俺の頭の中だけ時の流れを変えるってだけでも物凄い力だ。学校の先生や親に反抗するのとは訳が違う。それに、知らないふりしなきゃ、この母ライカから愛されないかもしれないって、充分に有り得る。俺は闇神だなんて言い出す子供なんか気味が悪い。愛されなくて、心も体も弱く育つって、そんなの……嫌だろ。それじゃ前世と一緒だ。二度とあんな想いはしたくない。

「分かった。知らないふりするよ」

「いい子だ。そうしていれば、時折力を貸してやろう。もっとも、この合一された魂から溢れ出る力と、生まれ持ったその肉体の力を持ってすれば、その機会は限られるだろうがな」

 闇神が鼻で笑うと共に、唇の片端を歪ませた。なんだか、企んだ笑いだ。封じられた闇神なんだから、何か企んでいて当然なんだろうけど。

「時を戻すぞ」

 闇神はパチンと指を弾いた。と同時に、闇神が消え目の前の母と村長が動き出した。

「レオナルド! そのことは、しばらく口にしない約束だろ」

 えっと、さっきの話の流れはなんだっけ。そっか、俺の中の闇神の存在が、俺に影響を与えてるかもしれないって疑ってる感じだったな。

「あ、いや、すまん。だがな……」

「リデルは、このアタシと、あのミハイルの子だから天才なのさ。天才の親から天才が生まれるのは当然だろ?」

 ミハイルとは俺の父親の名前か? 母の口振りだとかなり優秀な人みたいだけど。

「うむ……そうかもしれんな。いや、きっとそうだ。あの方が施したのだ。奴の力が漏れ出るなんて……」

 村長の顔を、母ライカがキッと睨んだ。瞬間俺を抱く腕の力が強くなる。刃みたいな眼力だ。俺の背がゾクリとすると共に、股間に湿った生温かさが滲み出た。あ、ヤバイ、漏れた。体はまだまだ赤ん坊みたいだ。

「おっと、リデル。やっちまったね。待ってな。すぐにオシメ取り替えてやるからね」

 母は俺をベッドへ寝かせると素早く排泄処理をこなした。その顔は嫌どころか、鼻歌混じりで嬉しそうにも見えた。しかし、無防備な股間を見られているのだ。恥ずかしい。体は赤ん坊でも、俺の精神は十六なんだ。

「そうだ……一人でオシメも替えられない神なんて、いるはずがない……」

 そう呟きながらレオナルド村長は、口髭を摩っていた。その眼は、言葉に反して不穏なもの見るかのようだった。
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