【タイトル回収いつすんの?】汝、魔王に任ず。

十輪かむ

文字の大きさ
21 / 38
三章

5話

しおりを挟む
 エレスティア共和国が戦時体制になったのに、辺境の村は何も変わらない平和な日常が過ぎていた。誰の日々の生活も何も変わらない。

 だけど、俺のアディへの見方や接し方はどうしても変化してしまっていた。鍛錬はよく一緒するけど、交わす言葉は前より少なくなっている気がする。あんな啖呵を切ったのに、自分が情けない。

 アディには国家機密レベルの何かが潜んでいる。それは、彼女に明確で巨大な存在理由があるってことだ。しかもその記憶の一部が、「戦争」ってキーワードで蘇るように仕組まれていた。だからなのか、アディを見ると戦争と言う単語がどうしてもチラついてしまう。意識しないようにしてみるけど、そんなの逆効果なんだ。戦争が、たくさんの人の死がそこにあるって頭から離れないようになってしまった。

 そんな俺の煩悶が現実化したかのように、戦争の影響がこの村にも突然やって来た。しかも、俺のすぐ側へだ。
 徴兵令状が届いた。母ライカ宛だった。

「ははっ、こんなん無視無視。って……言ってられないか」

 母さんは令状を一度丸めたけど、思い直したのか、もう一度広げて読み直していた。その眼はボンヤリと遠くを見ているようだった。

「母さん、戦争に行っちゃうの? 俺、嫌だよ。そんなの無視すればいいじゃん」

 今世に生まれて一番のワガママを母へぶつけた気がする。

「リデルがそんなこと言うなんて珍しいね。無視は出来るよ。簡単さ。どこか他の国へ逃げちまえばいい。でも、そんなことすると、村へ迷惑がかかるんだ。この国の法律じゃ、連帯責任を負わされる」

「村のみんなへ? どんな?」

「食料や物品の大規模な接収で済めばいいけど、最悪、戦えそうな奴はみんな戦場に送られるかもね。アタシは七つ星冒険者だから、それに相当するものを持ってかれる」

「……そんな。なんて国だ」

 母の冒険者としての輝ける功績と、村のみんなとの良好な関係。それが大きいからこそ従わなければならない理不尽だ。

「まあ、エレスティアはマシな方だよ。それに見合うだけの金をくれるからね。アタシの徴兵には金貨二百枚だとさ。かなり安く見られた気もするけど、しばらくは食うに困らない額だろ」

「金なんて、どうでもいいよ」

 暗く吐き捨てる俺を、母が抱きしめた。

「大丈夫、アタシは無敵さ。なんなら、この戦争終わらせてやるよ」

「母さんらしいね。でも、生き抜いて。それだけを考えて。俺、母さんから教わること、まだまだたくさんあるんだから」

「生き抜くか。いい言葉だね。胸に刻んでおくよ。そうだ。リデルもうすぐ六歳だろ。本当は誕生日に送ろうと思ってたんだけどね」

 母さんは椅子を移動させ、それを踏み台にして天井へ手を触れた。すると板張りのその一部が外れ暗い天井裏が覗いた。

「よっと」

 そう言って母は天井裏から何か長い物を取り出した。黒い布でぐるぐるに覆われている。

「ほら、開けてみな」

 手渡されたそれは、長さ百二十センチほどで、軽いけど布の上からも硬度を感じるものだった。布を解くと、雷雲のような鈍色の棒が姿を現した。表面に魔法式の刻印が施され、棒の両端には青白く透明で多面体にカットされた石が嵌め込まれていた。

「カザク家にはね、親の放つ雷を結晶化したものを武器にして子へ送る、なんて慣わしがあるのさ」

「じゃあ、これは母さんの雷結晶を含んだ雷合金で出来てるんだね」

「ああ、そうさ」

 言われてみると、この棒からは母ライカの魔力の波長を感じる。

「ここら辺には腕のいい魔法鍛治がいないからね。エイラに頼んで、内緒で作ってもらったのさ。でも、あいつ、魔法具は作れても、鍛治士じゃないから刃は打てないんだよ。だから、面白い細工をしてもらった。その両端の青白い石へ向かって雷を通してごらん」

 俺は頷いて、棒の中央を握った。そして肚で練った雷を通す。すると、低く短い雷鳴と共に両端の石から青白く輝く刃が出現した。刃状の雷って言った方がいいか。耳を澄ますとブンブン唸ってる。これは両端に穂を持つ双穂槍ふたぼやりか。

「すごい。ありがとう、母さん」

「礼ならエイラにも言ってやりな。……ただ、それに託つけておかしな要求して来たら、アタシにチクるって言うんだよ。あいつ、変態だし」

「うん、分かってる……」

 俺は以前に向けられたエイラの歪んだ顔を思い出した。えっちなんだよ、あの人。

「そいつは、双穂槍として作ったんだけど、片側だけ刃を出して通常の槍として中距離を闘うことも出来れば、そうやって両側に刃を出して近距離も闘うことが出来るよ。リデルは頭がいいから、自由度が高くて相手の意表を突ける武器がいいと思ってね」

 俺は両端から刃の突き出たそのを軽く振ってみる。この雷の刃は槍と薙刀、つまり突くと斬るの性質を両方備えている。刃を引っ込めれば棒として打撃武器にもなる。それに伴って、間合いも瞬時に変えられる。使いこなせればかなりトリッキーな闘い方が出来そうだ。でも……。

「俺、母さんからそんな闘い方教わってないよ」

 こんなこと言うなんて甘えだなんて分かってる。でも、今は言わずにはいられなかった。

 母ライカは、そんな俺の心持ちを覚ってか、腰を屈めて俺の眼を覗き込んだ。鋭いけど、潤みを帯びた眼だった。

「いいかい、リデル。アタシとあんたは親子でも性質が違う。それは、得意な闘い方も違うってことさ。もう基礎は充分教えた。これからは独自の闘い方を自分で考え、自分で編み出すんだ」

「俺の独自か……」

 そう言われてみれば、考えたことないかもしれない。今世では母さんの教えのままだった。病院暮らしで死ぬことばかり考えてた前世では、独自の生き方なんて欠片も考えもしなかった。

「自由に楽しむのさ。リデルなら、その中で勝手に見出せる。帰って来たら驚かせておくれよ。アタシの天才」

「うん。驚かせてみせる」

「ああ、楽しみにしてるよ。そうだ。その武器の名、あんたが付けるんだ。それも慣わしさ。不思議と魔力の通りが全然違うよ」

「名前……」

 何がいいのだろう。二つの刃を操り、二つの用途を使い分ける武器だ。そう言えば、俺って二つに縁があるよな。前世と今世で二つの世界を渡り、オニ族とヒト族の混血として生まれ、魂は俺と闇神の二つが合一されている。オニ族能力の雷だって、この世界では光と闇の二つを均衡に成そうとする力だ。だから、二つに因んだ名前がいい。

「……弐禍喰にかばみ。この武器なら、二つ同時に襲いかかる禍でさえも雷の牙で喰らい飲み込んでしまう。なんてどうかな……」

 少し厨二が過ぎるかな。でも、そのくらいの方が気分が高まる。きっとそれが魔力に関わるんだろう。

「弐禍喰か。いい……いいよ! なんて言うか、オニ族っぽさもあるし、強そうだし。さすが、リデル。天才だ!」

 母さんがいつもの調子で褒めてくれる。いつもの通りむず痒いけど、これがしばらく聞けなくなるのも寂しいな。

「よし、今日はご馳走作るよ! たくさん食べて力付けないとね!」

 母ライカが料理の支度を始める。母さんがご馳走と言うと、いつも肉料理だ。肉の種類と調理法は色々だけど、それによって一番適した焼き加減や煮込み加減を熟知している。使うスパイスやハーブも母さん独自なんだ。刺激的なのに鼻に抜けるのは爽やかな香りで。舌の奥に残るのは仄かな甘みで。そうか。あの味もしばらくお預けか。

 俺は、鼻歌混じりで料理をする母の背中を眺めた。マザコンでもいい。この光景を刻んでおかないと、どうにかなってしまう。絶対戻って来てくれ。俺はエイラが瞑想教室で教えてくれた、なったらいいなの魔法を繰り返していた。


 徴兵令状を受け取った次の日には、母さんは旅立って行った。徴兵は書状が届いたら即時らしい。愛用の人間無骨と滅紫の鎧を身に付け、最低限の水と食料と旅道具だけを携えてだったから、見ようによっては少し遠くへ狩りに出かけるような風情だった。

「んじゃ、ちょっと行って来るよ」

 見送る俺や村人達へ残した言葉もそんな感じで軽くて、本当、明日にでも帰って来るんじゃないかって錯覚してしまうほどだった。でも、錯覚は所詮、錯覚、だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...