【タイトル回収いつすんの?】汝、魔王に任ず。

十輪かむ

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五章

2話

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 廻冥の主。その本体の姿が眼前へ迫っていた。巨大な四本脚の黒い塊。それだけの形態なんだけど、その巨大さが異常だった。高層ビルだ。それを横倒しにして脚を付けた。そんな感じだ。しかも、あれの周囲の空間が歪んでる。魔力量が膨大過ぎる為存在しているだけで無と空へ影響を与え続けているんだ。極大魔力放射の後でもこれか。

「ようやくか。もう仕上がってるよ」

 俺は軽口を叩きながらも自身の震えを意識していた。あんなの見て恐怖を感じない方がどうかしてる。

(案ずるな。俺の力の一端を使う練習台には丁度いい手合いだ。存分に学べよ、武蔵)

 闇神が激励してくれる。なんか、心強い。

「武蔵?」

 アディが横で首を傾げていた。しまった。今の彼女も闇神の声が聞こえるんだっけ。前世の名前呼びはまずい。

「い、いや。あだ名みたいなもんだよ。母さんの故郷の龍峰皇国の古語で、リデルのことを武蔵って言うんだって」

 咄嗟の口から出まかせだ。

「古語……アディは語学に疎いから、勉強になる」

「う、うん」

 しまった。こうは言ってるけど、おかしいって思われてる。アディ相手にこれは誤魔化しにならない。

(闇神、俺のことはリデルって呼んでよ)

 心の中の呼びかけに、闇神の鼻笑いが返って来た。こいつ、絶対そんなことどうでもいいって思ってるよな。

「よし、アディちゃん。私が合図したら泥濘の魔法発動ね」

「分かった、お師匠」

 アディが杖の石突を地面へ突き立て目を閉じる。途端に分体である黒い獣達の意識が彼女へ向いた。廻冥の主が感じる脅威が最も高くなったんだ。だけど、それを見越していたのか、既にアディの周囲へ精霊の軍団達が防衛戦を布いていた。司令塔である大賢者エイラは抜かりない。

「ゼルちゃん。廻冥の主の脚が止まったら、リデルちゃんとアディちゃんを乗っけて核へ向かってね。道は開けるけど、あの膨大な魔力の干渉ですぐに閉じちゃうと思うから」

「ウム。リデル、我ノ背二乗ッテオケ」

 俺は頷いてゼルの背に跳び乗る。思ったより長く細く柔らかい毛並みだ。鼻先をその銀の毛でくすぐられているようだった。

「動け、剛き大地よ。目覚めよ、深き水よ。汝を踏みにじるは愚者。その蠢きを許さず、混じり合い、絡み合い、泥濘の底へ誘え」

 アディが唱えているのは魔法の言霊の詠唱か。この世界の魔法は詠唱なしでも使えるけど、儀式性を高めるとより強力になるらしい。この言霊の詠唱も儀式の一つになるみたいだ。

「よぉし、アディちゃん、カウントいくよ。三、二、一、今ぁ!」

無慈悲なる泥濘マーサレス・マイア

 エイラの合図でアディは高らかに杖の石突を鳴らした。魔法の発動だ。鈍い光が這うように広がり、大地をグニャグニャと波立たせた。そして、廻冥の主の巨体が揺らいだかと思うと、その足元から轟音が巻き起こった。沈んでいる。大地に絡め取られている。高層ビルみたいな巨体が泥濘でもがいて動けない。

「乗レ、アディ」

 ゼルが声を投げる。すぐさまアディも駆け寄り、銀毛を掴んで背へとよじ登って来た。

黄昏を穿つ閃光ピアシング・ザ・ダスク

 エイラが杖の先から凄まじい光線を放つ。それは、廻冥の主の高密度の魔力体を霞みたいに貫いて、大穴を開けた。

 やっぱり大賢者の力ってとんでもない。あんな高出力の魔力光線をほぼノータイムの鼻唄混じりで撃った。本当はこの人だけで終わらせられるんじゃないか? 俺達の経験と成長の為に手伝わせてもらっているだけなのかもしれない。

「ゼルちゃん、用意!」

 エイラのかけ声に、ゼルは前傾姿勢になった。

空域回廊エアリアル・コリドー

 魔法の発動と同時に、ゼルの眼前からエイラが穿った廻冥の主の大穴まで光の筋が伸びる。それは瞬く間にアーチの天井を持つ透明な回廊へ変化した。

「シッカリ掴マッテイロ」

 それに対する俺達の返答を待たず、ゼルは凄まじい速度で透明な回廊へ駆け出した。呼吸を一つ呑む間にその半分を過ぎ去っていた。だけど、廻冥の主の巨大な魔力の干渉か、回廊はウネウネと波打ち出す。

「これじゃ、数秒も持たない」

「大穴、閉じる!」

 アディが珍しく大声を張り上げた。エイラが穿った穴が見る間に小さくなっていく。やっぱり廻冥の主は修復しちゃうか。

「余裕ダ」

 俺達の杞憂を嘲笑うかのようだった。ゼルの体内を魔力が激しく循環するのを感じた。これは魔技による身体強化か。誇り高き銀狼は更に速度を上げ魔法の回廊を走り抜けた。

 廻冥の主の体内へ達する。すると後方へ過ぎ去っていた大穴が閉じて、同時に差し込んでいた光も消え真っ暗になった。

粒々発光体ビーズライト

 すぐさまアディが魔法で周囲を照らしてくれた。でも、何もない。そこはただの黒い空間だった。

「本当に廻冥の主の体内なのかな?」

 異様に静かな場所だった。外では分体である黒い獣達と精霊の軍団が激しく戦っているはずだ。その音の欠片さえ聴こえない。

「不思議な場所。物質であって物質でない感じ。外とはまるで違う」

「異次元とか異世界ってやつか」

「そう。アディ、お師匠が持って来た本でその概念知った。リデル、時々ものすごく高度な知識披露してくれる」

「そ、そうかな。あはは……」

 ヤバイな。この世界の文明レベルから考えれば異次元って概念も一般的じゃないだろう。もうアディは、俺のこと気付き始めてるかもしれない。

「向コウダ。奴ヲ感ジル」

 ゼルは俺とアディを乗せたまま歩き出した。確かにその方向から魔力の高まりを感じる。そう遠くはない。何もないなら見えていいはずだ。でも、黒一色の空間しかない。

「いつ何が来るか分からないね」

「ソウダ。既ニ奴ハ我ラヲ見テイル」

 俺は自分の肌がブツブツと泡立つのを感じた。視線なんて感じ取れなかった。ゼルは魔物だけあって人類よりも感覚が鋭い。

 俺の横では、アディが何やら魔法を行使していた。俺の雷対策の対雷付与アンチライトニングか。これは一度見てるから分かる。他にも何か魔法の準備をしているみたいだ。彼女は万能タイプの天才で多彩だ。次にどんな魔法が飛び出すか分からない。

 突然だった。黒い空間が揺らめいた。これは、いつの間にか高密度の魔力に囲まれている。来る。殺気が空間に奔った。

八重の垣フェンシズ・ウィズン・フェンシズ

 アディの杖の風翠玉が煌めく。俺達を包むように幾層もの透明な魔力の障壁が現れた。それに黒い空間から無数の何かが伸びてぶつかる。いや、齧られている。黒の空間が無数の牙の形状に変化して齧っている。外側の障壁がバリバリと破られていった。

「アディは何枚も魔力障壁張れる。でも、一枚一枚は弱い。これ長くもたない。二人、早く何か手を」

「うん、全方位同時攻撃か。なら、こちらも全方位同時攻撃をぶつけるか。だけど、この高密度の魔力を打ち破るには、今の俺でも魔力出力が足りないか……」

 でも、神威融合ディヴァイン・フュージョンを発動させれば……そんな考えが頭をよぎった。

(やめておけ。今はその時じゃない)

 闇神の声が、間髪を容れず俺の頭の中へ響いた。奥の手はまだまだ取っておけってことか。言うことは分かる。

「拡散がダメなら一極集中だ。アディはエイラさんがさっき撃った、ピアシングなんちゃらは使えるの?」

「無理。黄昏を穿つ閃光ピアシング・ザ・ダスクは超高位攻撃魔法。アディは法理も魔法式も教えてもらえない。もし教えられても、発動までとても時間がかかるし、お師匠みたいな出力はない」

「そっか……」

 やっぱり、大賢者が見せた光景はとても異常だったんだな。

「我ガヤル。リデル、我に雷を流せ」

「雷を纏って突進するつもり? 確かにすごい威力だと思うけど、あの魔力密度にぶつかったらゼルの体もタダじゃ済まないよ。それより、アディ。魔法を使って長い金属の棒を二本作れる?」

「それなら、ゼルの体毛を少しずつ念動テレキネシスで削って作った方が早い」

 アディは言いながらそれを作り始めていた。ゼルの「ムム」と低く小さく唸る声が聞こえた。

 数十秒後、俺の目の前に長さ五メートルほどの銀の棒が二本浮かんだ。さすが、大賢者が天才と認めるその弟子だ。器用に俺の要望に応えてくれる。

 アディの張った魔力障壁がかなり削られている。もう時間はない。でも、焦ったらダメだ。

「えっと、これを砲身レールにして……電流を通して磁場の渦をあんな風に……で、ローレンツ力が……」

 俺は前世の記憶を手繰っていた。病で臥せって暇だったからな。無駄知識はあるんだ。これ雷の力使って試したかったんだ。実際やるのは初めてだけど、イメージトレーニングはしていた。どうにかなる。多分。

「で、砲弾はこれ」

 弐禍喰を銀のレールの間にセットする。そして、俺は雷をそこへ流し始めた。これだけで、二本の銀の棒がブルブルと振動して砲弾替わりの双穂槍が飛び出してしまいそうだ。

「技名はレールガンだとまんまだし、厨二っぽくて雷が穿つ感じを出したいな……」

「リデル?」

 アディが俺の顔を心配そうに見ていた。しまった。ブツブツと頭の中の呟きが口に出てしまっていた。

「あはは、大丈夫だよ、アディ。あと悪いけど、もっとこの二本の棒をブレないようにギュッと魔法で押さえ付けて欲しいんだ。すごい衝撃だと思うから」

「うん、やってみる」

 アディの魔法のお陰で銀のレールのブレが止まった。俺は肚で魔力を練り上げて更に高い雷をそれへ流した。電流の猛りと銀の唸りが、幻想世界には似つかわしくない機械的な和音を鳴らした。

雷穿弾らいせんだん!」

 撃ち出されたのは、凝縮された雷そのものだった。強い衝撃の波が手元とから標的からと、ほぼ間断なく体に伝わる。雷槍の閃光と轟音は、いとも簡単に高密度の魔力体の向こう側へ道を開いていた。なんだ、これ。威力と速度が凄まじすぎて呆気なさすら感じる。

 でも、手元に残った銀のレールも枝分かれしてグニャグニャに変形しているし、狙った場所にも着弾しなかった。ほぼ思い付きにしては上手くいったけど、改良の余地が大いにある技だ。技名も改良しようかな。

「リデルの発想力すごい。これを再現出来る魔法、アディ知らない」

「そ、そう? たまたまだよ、たまたま」

 アディの羨望なのか疑いなのか、感情のよく分からない眼が刺さる。

「行クゾ」

 ゼルがそう言うのが先か。銀狼は穿たれた穴の先へ走り抜けていた。一秒を争うとは言え、返答を待って欲しかったな。少し舌噛んだ。
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