桜の木の下で乾杯をする

大崎真

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桜の木の下で乾杯をする

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    フラれた。一年間、あんなにラブラブだったのに。

    ひらりひらりと舞っている桜の花びらを、ぼんやりと見つめながら、私は呆然としていた。

「あれ、藍香あいかじゃん。どした?」

    近所の公園のベンチでしょんぼりしている私に、入り口の道路から声がした。

    そこには近所に住む、幼なじみの奏太そうたが立っていた。私と違ってなんでもそつなくこなし、カノジョも簡単にできるし、あっさり内定が決まって今は公務員として働いている。奏太が人生に行き詰まって、あたふたしているところをまず見たことがない。

    かくかくしかじかでと、私がフラれた悲しみを語ってみせると、

「なるほど、事情は分かった。俺にいい案がある」

    そう言うと、奏太は「そこにいろよー」と言いながら、公園を出ていった。
    と思ったら、またすぐ戻ってきた。

「失恋にはこれだ」

    隣に腰掛け、奏太は手に持っていたビニール袋をがさごそと開けた。中には缶ビールや私の好きなほろよいのぶどう味があった。

「昼間っからお酒……」

「いいからいいから。とりあえず乾杯!」

「何に……?」

    ツッコむ私を無視して、奏太はプシュと音を立てて缶ビールを開けると、グビグビ呑み出した。
    美味しそうに呑む奏太に、私もほろよいのぶどう味を開けて、グビッと呑んでみた。落ち込んでいたけど、やっぱり一番好きなお気に入りのお酒はおいしかった。

「元気になりましたか?」

「ほろよいだけでなるわけないよ。明日から仕事が繁忙期なんだよ。なんとかして気持ちをあげたい……。どうすればいいんだ~……」

    頭を抱える私に、奏太は即答した。

「方法はあるよ」

「なになに?」

「失恋には新しい恋が一番だ」

「そんなすぐに見付かるわけないじゃん」

「意外とそばにいるもんだぞ」

「全然、いないよ。女友達ばっかだし。合コンもしないし」

「それがいるんだよな~」

「いないよ。どこにいるのよ?」

「ここ」

    自分を指差す奏太に、私は呆れ返った。

「奏太、カノジョいるじゃん」

「いないよ」

「奏太も別れたのっ?」

    すると、はぁ~……とため息を吐いて奏太は言った。

「嘘ついてた」

「え?」

「カノジョがいるって嘘ついてた」

「そうだったの?    なんでそんな嘘つかなきゃいけないのよ?」

「好きで嘘ついたんじゃないよ。あんなに幸せそうな顔で『カレシできたんだ~』とか『奏太は?    カノジョは?』ってずっと言われてみ?    俺もカノジョできたって嘘つくしかねーだろーが」

「……すいません」

    そうだったんだ。知らなかった。
    知らなかったとはいえ、本当に申し訳ないことをしたなぁと、私はこれまでの台詞を思い返しながら深く反省した。

「というわけで、俺とかどうですか?」

「そうだねぇ……」

「自分で言うのもなんだが、結構イケメンですよ」

「そうだねぇ」

「公務員ですよ」

「そうだねぇ」

「優しいですよ」

「そうだねぇ」

「お前のだらしないとことか全部知ってるのに、今こんなことを言ってくれてますよ」

「そうだねぇ」

「俺のなにがダメなんだ?」

    そういえば……なんにもダメなところが見付からない。強いて言うなら――

「ひとつだけ気になることが……」

「なに?」

「酔った時に言われても、ノリで口説いてそうで、なんか信用できないなぁ……」

    すると、奏太は、缶ビールのラベルの文字を指差した。そこには、『ノンアルコール』と書かれていた。

「信用したか?」

    言葉を失った。
    奏太の目がまっすぐに私を見ていた。

「俺のカノジョになって」

    射貫くような真剣な眼差しは、私を捕らえて逃がすまいと男の目をしていた。とても抗えなかった。奏太を男なんだと強く意識してしまった。その瞬間、

    一気に堕ちてしまった――

    微かに頷くのに精一杯の私に、奏太は次の瞬間、全身で私を力強く抱き締めてきた。
    手にしていた缶ビールの存在を忘れて抱き締めたようで、地面に缶ビールが転がって中身が溢れ出た。こんなに余裕がない奏太を、私は初めて見た。

    今まで伝えられなかった愛を一気にぶつけるみたいな強烈な抱擁だった。

「やっと俺のとこに来てくれた。良かった……」

    ほっとした声で囁くように言った奏太に、ずっと想ってくれてたんだなぁと、私の胸が熱くなる。思わず、同じように抱き締め返す。

    桜がひらりひらりと舞っている。
    さっきとまったく同じ景色のはずなのに、嘘みたいに鮮やかな桜色に変わっていた。
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