愛しい人は、女神さま

かわたる

文字の大きさ
2 / 4

(2)渡月姫と月の珠

しおりを挟む
武家中心の北朝と公家中心の南朝は、この後、約60年に亘り対立を続けるのである。

事の発端は後嵯峨上皇の時代である1259年に遡る。この時代の天皇家は約80年間、ふたつの派閥に別れて権力の座を争っていた。後嵯峨天皇の第七皇子である恒仁親王つねひとしんのうは亀山天皇となり、兄の後深草天皇は上皇となった。

その後、天皇の跡継ぎ問題に鎌倉幕府が大きな力を持つようになり、後深草天皇の系統を持明院統、亀山天皇の系統を大覚寺統と言い、ふたつの系統から天皇が代わる度に位に就き、事あるごとに対立していた。

南朝の後醍醐天皇は大覚寺統、北朝の光明天皇は持明院統の帝として元は兄弟の出でありながら互いに正統を争うことになったのである。


吉野朝廷内

姫は逃走した道中で追手の別兵たちに包囲されてしまい、抵抗するも虚しく捕縛されて南朝側に連れ去られていた。

南朝の家臣たちに連れ去られた姫は、ひとり隔離された部屋で眠りについていた。そこへ現れたのは南朝の重臣・北畠親房である。

「お戻りになられましたか、我々は姫を手放す訳には参りません・・・」

親房は姫の持つ「珠」を探すが見当たらない。

「どういうことだ、月の珠がない・・・」

事の状況を思案しながら、親房は華頭窓かとうまどから夜空に浮かぶ下弦の月を眺めた。


月の珠とは、神代の時代から賜った「三種の神器」の真の力を解放することができる伝説の清らかな珠・・・その珠の力を用いて「三種の神器」の力を解放すれば立ち所に天下を統治して乱世を鎮めることができるという伝説の珠である。

「三種の神器」を手にしても歴代の天皇は、真の力を解放できていない。それを解放できるのが「月の珠」であり、その珠は見目麗しい美少女のもとに突如として現れる代物であると・・・いつの頃からか語り継がれて来たのである。


室町幕府(京の都)

「あの麗しい姫が渡月であったか・・・」

尊氏は自身が手にしているものこそ「月の珠」であることを知ったと同時に、あの夜、偶然にも出逢った姫が渡月姫であったことを理解した。


11か月前・・・

奥州の地

「足利の軍勢は余が撃退する!」

親房の息子で公家の猛将である北畠顕家である。

北畠親房は息子の顕家に「月の珠」を手中にしたと伝えていた。その知らせを聞いた顕家は喜悦きえつの情で顔を輝かせ、身が震えるほどの感動が胸に押し寄せることを感じていた。

敬虔けいけんの念が深い顕家は「月の珠」を手に入れた朗報を喜ばしく想うことは言うまでもない。顕家にとって身が震えるほどの心の抑揚を齎すものの正体は、只ひとつ「月の珠」の持ち主である。

親房が「月の珠」を手中にしたということは、同時に「渡月姫」の身を確保したということを意味するのだ。

5年前に遡る・・・幼少期からたぐまれな才覚を発揮していた顕家は、15歳にも満たない若さで後醍醐天皇の行幸ぎょうこうの際にもお供し、ある場所で優雅な舞を披露する。その優美な立ち振る舞いの中に勇壮ゆうそうさを秘めた顕家の舞は、その場にいたものすべてを魅了した。

舞を終えた顕家はひとり宴の席から離れ木陰で少し寛いでいた。その時、顕家はひとりの幼い美少女の姿に目が釘付けになる。周囲を一瞬の内に清らかな気で包む美少女は、まるで澄んだ珠のような透明感と神秘的な雰囲気を身に纏っていた。

「あっ、あの・・・」

緊張のあまり声にならない声で懸命に話しかけようとする顕家であるが、言葉を語りかけることすらできない。そんな顕家を見つめて愛らしい表情で微笑む美少女。

幼少の頃から、その卓越した頭脳と爽やかな容姿で周囲のものたちを魅了してきた顕家にとって初めての体験であった。

天稟に恵まれた美しさ、その神々しさに畏怖の念を抱いた顕家は清らかな美少女に声をかけることも出来ないまま、その場に立ち竦み、美少女の背中を目で追いながら清廉せいれんなる恋心を抱いたのであった。

顕家は、それから数年後に心奪われた美少女の名が渡月であることを知った・・・その渡月に再会できる。顕家は渡月姫を慕うあまり破竹の勢いで京へと行軍を進めた。それはまるで神風の如く、凄まじい速さであった・・・


厳しい寒さの中、顕家軍は怒濤の勢いで鎌倉に攻め込み、尊氏の嫡男である足利義詮あしかがよしあきららの軍勢を破り鎌倉を占領した。その後、遠江とおとうみを経て、近江に進軍。琵琶湖を渡り、新田義貞・楠木正成と合流して軍議を開き、後醍醐天皇にも謁見えっけんした。

顕家軍は奥州を出陣してから僅か半月後には園城寺を攻め、足利方の軍勢を破ると更に進撃して義貞・正成とともに尊氏を破り、尊氏を京から退去させることに成功した。

尊氏が率いる北朝の軍勢をことごとく撃退する顕家は、大将軍の号を賜わり「鎮守府大将軍」となった。そして、父と再会した顕家は親房から「月の珠」が何者かの手に渡ってしまったことを聞かされる。

「父上、姫は、渡月姫は何処いずこに?」

顕家は尊氏を追討するための出陣が迫る中、親房に渡月姫が幽閉されている場所を聞き、逸る気持ちを押さえきれずに渡月の下へと駆け出した。

高ぶる感情と募る想いを抑制することのできない顕家は、渡月姫がいる部屋の前で立ち止まり双眸を閉じて静かにひと呼吸した。

「失礼する」

そう声をかけ、目線を下げて入室する顕家。

本来であれば声をかけて入室する必要など無い・・・ましてや顕家は鎮守府大将軍である。そんな顕家であっても無意識にそうさせてしまう渡月の存在感・・・顕家にとってはこれでも威厳のある振る舞いをしたつもりであった。

顕家の声に耳を傾け振り返る渡月姫。愛らしい眼差しは5年の時を経て更に輝きを増し、美麗な容姿はまるで天女のようであり、清らかな気に包まれた部屋の中は完全に別世界の雰囲気を漂わせていた。

渡月姫の清らかな美貌に心奪われる顕家・・・

「私は、鎮守府大将軍、北畠顕家である」

「渡月でございます」

互いの目を見つめ合うふたり。

実直な顕家の佇まいに笑みを浮かべる渡月。

「ど、どうしたのじゃ?何か、おかしなことでも・・・」

「以前に、どこかでお会いしましたか?」

眉目秀麗びもくしゅうれいな顕家は、幼少の頃より自身が出逢った女子おなごの姿や名を記憶していないことはあっても、まさか自身が女子からこのような問いを聞かされるとは想いもしなかったのである。

「いや、その・・・」

顕家は5年前に一度だけ渡月を見かけたことがあったと伝えた。渡月は顕家に親房の家臣たちに追われた時に見知らぬ武将の手により救われたことを話したうえで、顕家から親房に自身を解放するように頼んでほしいと懇願した。

この数年、何度も夢にまで見た愛しい女神のような渡月。その麗しい姫と父親との間で苦悩することになる顕家・・・

「相分かり申した」

愛しい渡月姫にそう告げた顕家は、またの再会を約束してその場を去った。

その後、顕家は新田義貞とともに足利尊氏・直義を追討するために京の都から出撃した。凍てつく寒さと荒れる吹雪が追撃の勢いを妨げるにも関わらず、顕家軍は再度の入京を試みる尊氏の軍と交戦する。

後退を余儀なくされた尊氏。

「京の都は必ず奪い返す!」

そう言い残して、摂津国から九州へと落ち延びた。

尊氏軍を撤退させた顕家は誇らしげな光を放ちながら京の都に凱旋した。奥州から駆けつけた顕家らの活躍により京の都を奪還した南朝方は歓喜に震え、栄華えいがを極めたかに見えた・・・
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

楽将伝

九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語 織田信長の親衛隊は 気楽な稼業と きたもんだ(嘘) 戦国史上、最もブラックな職場 「織田信長の親衛隊」 そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた 金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか) 天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...