PURIFICATION

かわたる

文字の大きさ
35 / 50
第9章

(2)追想

しおりを挟む
翌日の午後

結子主演の映画「狐の嫁入り」の撮影も県内で順調に続いていた。

異常な気象現象に対応しながらの撮影は、体調管理に気を配ることや必要以上に準備する機材が増えるなど現場は慌ただしさを増している。

この日も7月初日だと言うのに35度を超える猛暑日であり、取り分け日中の撮影は暑さとの格闘である。いつもは瀟洒しょうしゃな身なりの結子のマネージャーである小杉でさえも茹だるような暑さの中、この日ばかりは無地のTシャツに着替えていた。
 
日陰で椅子に腰掛け撮影の準備待ちをしている結子は、暑さにより弛緩したスタッフたちの体から玉のように吹き出した大粒の汗と壊れた噴水の如く溢れ続ける穢れた気をリアルに体感して疲弊してゆく。

厭悪えんおさせるこの悩ましい悪臭伴う穢れた気を受けながらも耐え凌ぎ、笑顔で対応する結子は苦しい中にあっても昨夜に感じた女狐のことを考えていた。

妖気を消せる能力・・・それを使いこなす綿密さ・・・騙して、誘惑して、化けるか・・・

強敵を相手にして、どのように仲間たちの身を護り大狐を退治するのか思案しながら心の声で女神と会話している結子は、極度な集中のあまり自分の名を呼ぶ小杉の声に直ぐさま反応出来なかった。

「すみません」

結子の謝る姿を見て暑さが原因で集中力が途切れているのかと心配する小杉は、結子に対して小まめに水分補給するように促し、冷たいドリンクを結子に優しく渡す。

そんな小杉に感謝している結子は笑顔で御礼を言いドリンクを受け取ると、出番のためにスタッフから名前を呼ばれたので椅子から立ち上がり、本番の立ち位置へ向かう。
 
映画「狐の嫁入り」の最大の見せ場である狐の嫁入りシーンの撮影がいよいよ始まった。炎天下の中、撮影用の雨を降らせ狐の嫁入りシーンを創り上げる撮影クルーたち。

そこへ通りかかった雨音に憑依した九尾狐は、只ならぬ雰囲気の撮影現場に興味を持ち、物陰に身を潜めて様子を窺うことにした。

「お嫁に行くの・・・」

妖気を消しながら、狐の嫁入りシーンの撮影現場を目撃する雨音(九尾狐)は、双眸を閉じて懐かしい過去の出来事を想い返した・・・

嫁入り衣装を身に纏っている雨音に似た女性に憑依している九尾狐は、花嫁として自身を迎えに来ると約束してくれた男子をひとり物静かに待ち続ける。

「まだかしら・・・私の花婿・・・」

果てし無く待てども待ち人来ず。

愛しい人をひとり待ち続けた切なくも悲しい出来事を偲ぶ雨音(九尾狐)は、双眸を開いて撮影中の結子の姿を羨ましく想いながら見続ける。

大衆の中心で煌びやかな装飾が施された衣装を身に纏った結子が演じる幸せそうな姫の姿を見つめる九尾狐の表情は怏々おうおうとして、心は軈て嫉妬心へと変わってゆく。

「カット!」

威勢のよい監督の声と共に一斉に持ち場の作業に取りかかるスタッフたち。華やかなようでいて地味な作業が繰り返し続く職人気質の現場は、意気込んだところが無くて堅実である。

マネージャーの小杉からは「結子、とってもいい感じよ」と褒められたのだが、空間の異変を体感している結子にとっては誰かに監視されているような感覚が全身に襲いかかり「いい感じ」は微塵もしない。

辺りを見回す結子を物陰から静かに妖女のような眼差しで見つめる雨音(九尾狐)は、結子に対して嫉妬心を強く抱き、結子の名を心に刻む。そして、再び自らが経験した出来事を追想する・・・

嫁入り衣装を身に纏っている雨音に似た妖艶な美女に憑依した九尾狐はひとり物思いに耽りながら歩みを進める。

叶わぬ恋・・・恋しさと温もり、彼への想いを胸にひとり彷徨う。愛しさと寂しさ、好きな彼と会いたい想いを胸に空を眺める双眸からは涙珠なみだこぼれ落ちる・・・

撮影現場には煌々と陽がさしているにも関わらず、その儚くも切ない恋心に共振するかのように、静かに雨が降り出した。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...