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1章.妹君は少年伯と出会う
15.妹君は笑わせた②
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くっくっと、肩を震わせるユリウスの横で、リーゼロッテは俯いていた。その耳は赤く染まっている。
「シュヴァルツシルト辺境伯が本当は子どもの姿だということは、世間では全く知られていません。隠匿されるほど大事な情報を知っている私をなぜ処分しないのですか?」と鬼気迫る表情で聞いてきた彼女に、思わず吹き出してしまったのだ。
(まさかそんなことを聞く令嬢がいるとはな。悲観的すぎると評価すべきか、存外頭が回るというべきか)
ひとしきり笑った彼は、仕切り直すようにこほん、とひとつ咳払いした。
「……すまない、あまりに突拍子もない話だったので笑ってしまった。結論から言えば、処分しない。する必要がない」
「こ、こちらこそ、申し訳ございません。とんだ早とちりを……」
「いや、いい。社交界で流れる私の噂からして冷血漢と思われても仕方がないだろうからな」
頭を下げ続けるリーゼロッテの姿に、ユリウスは少しだけ罪悪感を覚える。
噂を放置したのは訂正する必要がないと思ったからだ。
奉公人を追い出したのも、女性に大して興味を持てなかったのも、大体は事実だ。わざわざ否定する必要性もない──そう思っていた。
(たかが噂など実績で黙らせれば良い、と思っていたが……)
目の前の恐縮しまくっている令嬢の姿に、それは間違いだったと思い知らされる。
「申し訳ございません……っ」
「いい。そんなに気に病むな」
「でも」
「もう一度この件で謝ったら処分を考える」
ちらりと見やると、リーゼロッテは口をパクパクとさせていた。
もちろん処分など考えていない。言葉の綾である。
再び笑いがこみ上げてくるが、流石にそう何度も笑い転げてはご令嬢に失礼だろう。
(しかし、久しぶりに笑った気がするな)
ユリウスは水を一口含み渇いた喉を潤す。
丁寧に吸い飲みを傾けた彼女は、神妙な面持ちを崩さず口を開いた。
「……その、いくつかお聞きしてもいいですか?」
「なんだ?」
「国王様はご存知なのですか?」
「知っている。私の身体について知るのは国王含む一部の王侯貴族と、この屋敷の人間だけだ」
当然の疑問だろう。
国王に拝謁する場では小手先の誤魔化しは効かない。ならば先手を打って知らせようと、事実を話したのが七年ほど前のことだ。
そのころちょうど社交界デビューしたリーゼロッテとは入れ違いという形で、彼が社交場に姿を見せる機会は減った。
彼女は少し身を乗り出し、口を開いた。
「今まで他の貴族にどうやって隠してたのですか?」
「それなら……こうした」
ユリウスはひとつ瞬きすると、彼の姿が一瞬ぼやける。
それはすぐにおさまったが、白い長髪、紫電の瞳はそのままに、精悍な顔つきに均整の取れた長身のユリウスが現れた。
(私の願望もやや入っているが)
驚きを隠せないリーゼロッテに、彼は内心、青くなったり赤くなったり驚いたり忙しいご令嬢だ、と苦笑した。
「幻影魔法だ」
「げんえ……い? 聞いたことがありません」
「それはそうだ。私が編み出した。今のところ全属性魔法を扱う私のみが使える魔法だろう。……と言っても、成長が止まってからは制御が難しくてな。動かなければ夜会に行って帰るくらいは持つが、ダンスなどは消耗が激しくて幻影の維持ができなくなる」
はぁ、と若干釈然としない様子でリーゼロッテは頷いた。
夜会で黙っていたのも幻影魔法だとバレないようにするためだ。
ダンスよりはまだなんとかなるが、口の動きは時差が発生するためどうしても音声とズレる。万一、触れられでもしたら一発でバレる。
幻影魔法は低位の魔法の合わせ技でなんとか扱えるのだが、彼は今、全盛期は使えていた高位の魔法がほぼ使えない。魔力が弱体化しても剣技があるので大して困ってないが、それでも魔法があれば、という局面に使えないのは痛い。
青年のユリウスがかき消え少年の姿に戻ると、リーゼロッテは目をぱちくりさせる。その小動物のような動作に、ユリウスの口元には自然と笑みがこぼれた。
「今までの奉公人の方々に対しても幻影魔法で?」
「いや、このままで会った。もっとも、会ってすぐに叩き出したようなものだからな。先方からもからかわれたと後々お叱りをいただくこともあったが、な・ぜ・か・私の姿に関しての噂は広まらなかったようだ」
ユリウスはとぼけるように肩をすくめた。実際は帰還したご令嬢の素行が悪く、「辺境伯が少年だった」と訴えても周囲に信用されなかっただけだ。万一、噂が広まったとしても王家が手を回して揉み消していただろう。しかし、それらをこの場であえて言うほど、ユリウスも先方の事情を熟知しているわけでもない。
「あの……いつからお身体の成長は止まったのでしょうか?」
「……明確な時期はわからん。両親が死に、戦争が終わり、王から再び領地を賜った頃には思うように魔法が振るえなくなっていたからそのあたりだろう」
「ご両親が……」
「ああ……馬車の事故でな。優しい人たちだったよ……」
トーンの下がった彼の声に同調するかの如く、彼女もまた口元に手を当て悲痛な表情を浮かべる。息を呑む音が響いた。
「………そういえば、母はちょうどリーゼの髪の色によく似ていた。母は、遠目で見ると黒に見える深い紺色だったが、リーゼは漆黒か。とても珍しい色だな」
彼はそう言って、懐かしむように微笑んだ。
「は、はい。父も母も姉と私が生まれた時に驚いたみたいで」
急な話題転換についていけてない様子の彼女は、ほんの少し首を傾けた。かっちりと纏めた髪は見るからに艶やかで、窓から差す光に当てられ環状に輝いている。眩しそうに目を細めたユリウスは
「……美しいな」
とポツリと洩らした。
首を傾けた姿勢のまま固まってしまったリーゼロッテの様子に一歩遅れて、自分が何を口走ったのか自覚したユリウスは思わず顔を背けた。
「……他意はないぞ」
耳まで赤くした彼の言葉が果たして彼女に届いたかどうかまでは、彼にはわからなかった。
「シュヴァルツシルト辺境伯が本当は子どもの姿だということは、世間では全く知られていません。隠匿されるほど大事な情報を知っている私をなぜ処分しないのですか?」と鬼気迫る表情で聞いてきた彼女に、思わず吹き出してしまったのだ。
(まさかそんなことを聞く令嬢がいるとはな。悲観的すぎると評価すべきか、存外頭が回るというべきか)
ひとしきり笑った彼は、仕切り直すようにこほん、とひとつ咳払いした。
「……すまない、あまりに突拍子もない話だったので笑ってしまった。結論から言えば、処分しない。する必要がない」
「こ、こちらこそ、申し訳ございません。とんだ早とちりを……」
「いや、いい。社交界で流れる私の噂からして冷血漢と思われても仕方がないだろうからな」
頭を下げ続けるリーゼロッテの姿に、ユリウスは少しだけ罪悪感を覚える。
噂を放置したのは訂正する必要がないと思ったからだ。
奉公人を追い出したのも、女性に大して興味を持てなかったのも、大体は事実だ。わざわざ否定する必要性もない──そう思っていた。
(たかが噂など実績で黙らせれば良い、と思っていたが……)
目の前の恐縮しまくっている令嬢の姿に、それは間違いだったと思い知らされる。
「申し訳ございません……っ」
「いい。そんなに気に病むな」
「でも」
「もう一度この件で謝ったら処分を考える」
ちらりと見やると、リーゼロッテは口をパクパクとさせていた。
もちろん処分など考えていない。言葉の綾である。
再び笑いがこみ上げてくるが、流石にそう何度も笑い転げてはご令嬢に失礼だろう。
(しかし、久しぶりに笑った気がするな)
ユリウスは水を一口含み渇いた喉を潤す。
丁寧に吸い飲みを傾けた彼女は、神妙な面持ちを崩さず口を開いた。
「……その、いくつかお聞きしてもいいですか?」
「なんだ?」
「国王様はご存知なのですか?」
「知っている。私の身体について知るのは国王含む一部の王侯貴族と、この屋敷の人間だけだ」
当然の疑問だろう。
国王に拝謁する場では小手先の誤魔化しは効かない。ならば先手を打って知らせようと、事実を話したのが七年ほど前のことだ。
そのころちょうど社交界デビューしたリーゼロッテとは入れ違いという形で、彼が社交場に姿を見せる機会は減った。
彼女は少し身を乗り出し、口を開いた。
「今まで他の貴族にどうやって隠してたのですか?」
「それなら……こうした」
ユリウスはひとつ瞬きすると、彼の姿が一瞬ぼやける。
それはすぐにおさまったが、白い長髪、紫電の瞳はそのままに、精悍な顔つきに均整の取れた長身のユリウスが現れた。
(私の願望もやや入っているが)
驚きを隠せないリーゼロッテに、彼は内心、青くなったり赤くなったり驚いたり忙しいご令嬢だ、と苦笑した。
「幻影魔法だ」
「げんえ……い? 聞いたことがありません」
「それはそうだ。私が編み出した。今のところ全属性魔法を扱う私のみが使える魔法だろう。……と言っても、成長が止まってからは制御が難しくてな。動かなければ夜会に行って帰るくらいは持つが、ダンスなどは消耗が激しくて幻影の維持ができなくなる」
はぁ、と若干釈然としない様子でリーゼロッテは頷いた。
夜会で黙っていたのも幻影魔法だとバレないようにするためだ。
ダンスよりはまだなんとかなるが、口の動きは時差が発生するためどうしても音声とズレる。万一、触れられでもしたら一発でバレる。
幻影魔法は低位の魔法の合わせ技でなんとか扱えるのだが、彼は今、全盛期は使えていた高位の魔法がほぼ使えない。魔力が弱体化しても剣技があるので大して困ってないが、それでも魔法があれば、という局面に使えないのは痛い。
青年のユリウスがかき消え少年の姿に戻ると、リーゼロッテは目をぱちくりさせる。その小動物のような動作に、ユリウスの口元には自然と笑みがこぼれた。
「今までの奉公人の方々に対しても幻影魔法で?」
「いや、このままで会った。もっとも、会ってすぐに叩き出したようなものだからな。先方からもからかわれたと後々お叱りをいただくこともあったが、な・ぜ・か・私の姿に関しての噂は広まらなかったようだ」
ユリウスはとぼけるように肩をすくめた。実際は帰還したご令嬢の素行が悪く、「辺境伯が少年だった」と訴えても周囲に信用されなかっただけだ。万一、噂が広まったとしても王家が手を回して揉み消していただろう。しかし、それらをこの場であえて言うほど、ユリウスも先方の事情を熟知しているわけでもない。
「あの……いつからお身体の成長は止まったのでしょうか?」
「……明確な時期はわからん。両親が死に、戦争が終わり、王から再び領地を賜った頃には思うように魔法が振るえなくなっていたからそのあたりだろう」
「ご両親が……」
「ああ……馬車の事故でな。優しい人たちだったよ……」
トーンの下がった彼の声に同調するかの如く、彼女もまた口元に手を当て悲痛な表情を浮かべる。息を呑む音が響いた。
「………そういえば、母はちょうどリーゼの髪の色によく似ていた。母は、遠目で見ると黒に見える深い紺色だったが、リーゼは漆黒か。とても珍しい色だな」
彼はそう言って、懐かしむように微笑んだ。
「は、はい。父も母も姉と私が生まれた時に驚いたみたいで」
急な話題転換についていけてない様子の彼女は、ほんの少し首を傾けた。かっちりと纏めた髪は見るからに艶やかで、窓から差す光に当てられ環状に輝いている。眩しそうに目を細めたユリウスは
「……美しいな」
とポツリと洩らした。
首を傾けた姿勢のまま固まってしまったリーゼロッテの様子に一歩遅れて、自分が何を口走ったのか自覚したユリウスは思わず顔を背けた。
「……他意はないぞ」
耳まで赤くした彼の言葉が果たして彼女に届いたかどうかまでは、彼にはわからなかった。
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