悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜

見丘ユタ

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3章.妹君と少年伯は通じ合う

78.少年伯は考えを改めた

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「ベトルーガ商会の件ですが、やはりキナ臭いですね」

 デボラはユリウスの前に食事を置いた。

 いつもなら食事を覆う銀のクローシュを取り払うところなのだが、話題が話題なだけに長話になる、とユリウスはデボラの手を制した。

 少年の姿に戻り自室にこもらざるを得ない彼だが、見習い騎士には聞かれたくない話をするのはかえって好都合である。

 彼は小さく頷き、彼女に続きを促した。

「リデル家の申請書では、取引内容に食料品と毛皮と書かれていますが、実際売っているのは毛皮と……人間のようです」

 人間、の一言でユリウスの手が止まる。

「と言っても実際人間が売られているのを見た者はなく、暗緑色の幌馬車に妙な頭巾を被った者たちが乗せられていた、など、噂の域を出ませんが」

「随分具体的な噂だな……しかしそうした噂が立つほどにはやましい商いをしている、ということか」

 ユリウスの言葉にデボラは硬い表情で頷いた。

「はい。ベトルーガ商会の幌馬車、あまり見かけられないそうですが、たまたま街道外で見た流しの商人に言わせると、商会が取り扱っている毛皮の量と幌馬車の大きさが割に合わない、むしろ赤字だろうと」

 デボラの報告にユリウスは耳を疑った。

「街道外……見間違えでは」

「私も聞きましたが、確かにベトルーガ商会の紋だったと」

 幌馬車は不安定な道を走る想定で作られた馬車ではある。

 が、舗装されていない道を走るとなると馬にも車体にも、場合によっては積荷にも負担がかかり、あまり良い選択だと思えない。

 それでも街道外を走っているとなると、馬や車体を短期間に潰したとしても儲けが出るということだ。

 商会の取り扱う毛皮に粗悪品も含まれていたことを考えると、確実に積荷は毛皮だけではないだろう。

「幌馬車の大きさは」

「かなり大きいと言っていましたね。馬四頭で速度も緩やか、となると積荷もかなりの重さになるのではないかと思われます」

「なるほど……国境での積荷のあらためはどうなっている」

「爵位手形があるのでこちら側では検めなしで通されてますね。あちらの国でも検めがあるはずですが、金か何か握らせてほぼ顔パスで通ってるみたいです。なんといってもあちらは属国みたいなものですし、伯爵位のリデル家直営ですから」

 言われてユリウスは渋い顔を作った。

 この国で商人が手にする手形は爵位手形と通常手形の二種類がある。

 爵位手形は爵位ある者が商人として外国と商いをするときに発行され、通常手形はそれ以外の平民に発行される。

 国が発行する点では同じだが、爵位手形は審査自体は厳しいものの、各種手続きが簡略化されるなどの優遇がある。

 その優遇の一つが積荷の検め除外だった。

(古き悪しき慣習がこんなところで足を引っ張ってくるとはな……)

 ここまで怪しいとなると積荷は亜人達と見ても差し支えはないだろう。

 しかし一度に大量の亜人を誘拐できる方法が分からない。

(そういえばザシャが甘い匂いと……いや、まさかな)

 一瞬ある方法が思い浮かんだが、この国ではあまり現実的ではない。

 加えて、その証拠も非常に押さえにくい。ユリウスは微かに首を振った。

 考えてみれば、市内にある商会は小さく、とても大人数を隠しておけそうな場所ではない。

(ベトルーガ商会はダミー……となると他に亜人達を隠しておけるような場所があるはずだ。しかし馬四頭ならば長距離移動を想定している可能性もある……となると馬車の出発地点の絞り込みも難しい……)

 さらに問題はその場所を突き止めた後だ。

 もし突き止められたとして、辺境伯の権限で強制的に検めるというわけにもいかない。

 一応、国内で類似の失踪案件などがなかったか調べて見たものの、他の領地では亜人の失踪は起きていないらしい。

 あるいは、把握していないのかもしれないが、いずれにせよユリウスが中心となって国に働きかけるしかない。

 国に許可をもらう、または国が直接立ち入るとしても、消えた亜人の数を考えると待っている時間はほとんどないように思えた。

 ユリウスは深いため息をついた。

「リデル家は領地無しだったな……倉庫や別宅の位置などの調べはついているか?」

「抜かりなく」

「後で地図を見たい」

「かしこまりました。お食事の後にお持ちします」

 デボラは敬礼すると、部屋から立ち去ろうとした。

「デボラ」

 呼び止めた彼にはもう一つ、気になることがあった。

「……ザシャの件はすまなかった」

 ユリウスは立ち上がると、彼女に頭を下げた。

 突然のことに一瞬目を見開いたデボラは、すぐにいつもの気の良さそうな笑みを浮かべる。

「いいですよ。あの子が出て行くとでも申したのでしょう。あの子が人狼に生まれた時点で、いつかこうなることは分かってましたから」

 それに、とデボラは続けた。

「あの子は人狼の血も乗り越えられますよ。アタシの子どもですから」

「……親バカだな」

「ええ、立派な親バカですとも」

 息子の成長を喜ぶべきか悲しむべきか、複雑な微笑みにユリウスも苦笑した。

(乗り越えられる、か……)

 彼が知る範囲では、人狼の血を克服することは簡単なことではない。

 人狼の血が絶えた原因が血そのものだからだ。

 それでもこの目の前のどっしりとした母親はできる、と確信持った瞳で言うのだ。

 こんなに心強いことはないだろう。

「そういえば……リーゼの元婚約者の家ですね。リデル家は」

 思い出したように言うデボラに、ユリウスは無意識に目を逸らした。

「……ボニファーツ・リデル。リーゼがここに来たのも、なんかの因果でしょうかね」

 ユリウスはリーゼロッテの調査書を思い返していた。

 彼女がここに来る前に、王家から知らされた情報とスパイに調べさせたものだが、彼の報告も載せられていた。

 当然、元婚約者としてだが。

 その元婚約者は現在、かなりの苦境に立たされているらしいということも後々知った。

 元からそこまで良く思われていなかったようだが、積極的に排除するほどでもなかったらしい。

 リーゼロッテと即日婚約破棄したことが尾を引いて、周囲の良くない感情が表出してきたようだ。

 今ではパーティーでも孤立していると彼周囲に放った草から聞いた。

(彼女にとってはもはや縁が切れた人間ではあるが……)

「……リーゼにはこの件は耳に入れないでくれ。元とはいえ婚約者の家業が不健全なものとは知りたくないだろう」

 ユリウスの言葉に、デボラは怪訝な表情を浮かべる。

「よろしいのですか? いずれ分かってしまうことかと思われますが……」

「……彼女は……」

「きっと心を痛めるから、でしょうか……?」

 まるで彼の心を読んだかのようなデボラの言葉に、彼の眉頭が微かに動いた。

 彼女は居住まいを正すと、報告時とは違った、やや厳しい表情で口を開いた。

「恐れながら申し上げます。それは杞憂かと」

 はっきりと言い放つ彼女は、ユリウスの驚いた表情などお構いなしに続けた。

「ああ見えてリーゼは強い子です。そのくらいの現実、受け入れられないような娘ではありません。それよりも……ユリウス様に隠し事をされたことの方に傷付くでしょう」

 デボラの言葉に、思い当たる節があるユリウスは言葉に詰まった。

『今度からでいいのですが、何かあった時にはすぐおっしゃってください。……理由も分からず避けられるのは少し、傷付きます……』

 リーゼロッテの言葉がよぎる。

 あの時の彼女の瞳は真剣だった。

 少し言いにくそうな上目遣いに、しかしよそ見することもなく真っ直ぐにユリウスを見つめる彼女を愛おしく感じた。

 守りたい、と思ったのはその約束だったか、それとも彼女自身だったか。

(また私は……進歩がないな)

 自嘲気味にため息をつくと、デボラに向き直った。

「……………分かった。今夜私の口から伝える」

「承知いたしました」

 礼をしながらくすくすと笑うデボラがユリウスは少し面白くない。

「なんだ」

「いえ、なんでもありません。私からの報告は以上です。お食事前に申し訳ございませんでした」

 デボラが頭を下げて退出しようとしたその時、妙に急いたノックが響く。

「………………ユリウス様、至急」

 扉の向こうからくぐもったロルフの声が聞こえた。

 いつもよりやや慌てた彼の声に、ユリウスとデボラは顔を見合わせた。

 彼女に扉を開けるよう促すと、どろん、とした瞳の上にしわが寄っている。

 常に無表情の彼がこんな表情をするとはただ事ではないだろう。ユリウスは喉を鳴らした。

「どうした」

「………………リーゼ、誘拐された。多分、兄さん、一緒」

 ロルフの言葉に、ユリウスは息を吸うのも忘れ微かに身体を震わせた。
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