95 / 231
3章.妹君と少年伯は通じ合う
94.元婚約者は見捨てられた①
しおりを挟む息子はうまくやっただろうか、と窓の外を見る。
通り雨のような土砂降りは上がったが、相変わらず遠雷が見えた。
じきにまた雨が降るだろう。
その前に息子が連れてきた元婚約者の骸を運び出さなければ。
リデル伯爵は短くなった葉巻を灰皿に押しつけ、席を立った。
まったく要らん面倒を、と彼は独りごちた。
酒を飲んだかのような赤ら顔に手を当て俯いたと同時に、ノックが響く。
「……父上、僕です」
「……開いている。入れ」
ノブが回され、ごそごそと入室する音がする。
音からして息子だけではない。
おそらく、彼につけた用心棒や従者もいるのだろう。
「……小娘ひとり始末するのに随分と時間がかかったな。情けでもかけたのか」
「情けならばかけられた方だ」
息子よりもはるかに年若く、しかし聞き覚えのある厳しい声に、思わず伯爵は振り返った。
目が覚めるような白い長髪に鋭い光を放つ紫電の瞳──戦場を駆ける白髪の軍神とも恐れられた姿そのままの彼に、伯爵は戦慄を隠しきれない。
「ゆ、ユリウス・シュヴァルツシルト!? どうしてここに! まさか十四年前のこと……!?」
はっとして口を押さえた伯爵に、ユリウスは微かに眉を上げた。
「どうしてもこうしても、ここは私の領内だ。領内をどう移動しようが私の勝手であろう」
狼狽する伯爵を尻目に、「それに」とユリウスは鋭い声で付け加える。
「私の奉公人を拐かした幌馬車を追っていたところこちらの屋敷に辿り着いたまでだ。それだけで、十分理由はあると思うが?」
「ぐ……愚息が粗相をしたようで……申し訳ございません……どうぞ、息子は好きにしていただいて結構です」
あっさりと息子の罪を認める伯爵を、ボニファーツは苦々しい表情で見つめた。
この状況で父が自分を庇うとは思っていなかっただろう。
それでも彼は、どこかで父が自分を見捨てないでくれると信じていたようだ。
ボニファーツの様子を横目で見ながら、ユリウスはなおも伯爵を問い詰める。
「もう一つある。亜人の件だ……貴様、私の領民を攫って隣国に売り飛ばしてるな……? 『谷落とし』もそれ経由だろう? 正直に白状しろ」
「……は、あ、亜人? 『谷落とし』? そのようなものは、当商会では取り扱っておりません。な、なにかの間違いでは……?」
彼の言葉に伯爵は目を泳がせ揉み手をしながら弁明する。
ユリウスは内心舌打ちをした。
亜人も『谷落とし』も売買の現場を抑えたわけではない。
亜人がここにいるのも、「集団で突然襲われたから捕まえただけ」と苦しいながらもギリギリ言い訳ができてしまう。
睨むユリウスの後ろから、テオがひょっこり顔を出した。
「じゃあ、『浮舟』の方は?」
「な……!?」
青い顔で言葉を詰まらせた伯爵の反応にテオは満足そうな笑みを浮かべた。
「……知ってるみたいだね。当然だよね。だってベトルーガ商会の国内での主な収入源だもの」
「テオ……?」
ユリウスは眉をひそめ、テオの出方を伺う。
「……何故……」
「簡単だよ。王都で不審な噂を耳にした。『浮舟』……ヒトによく効く興奮剤みたいだね。比較的年若い貴族が集まる社交界で密かに流行ってるって」
テオの語る内容に、伯爵の顔が青から白に変わっていく。
「配っていたのは末席も末席の男爵家の末席だったけど、どうもおかしい。貴族相手に売りつけていたにしてもその男爵家、急に羽振りが良くなってたからね。そこまでの大金を若い貴族が持っているはずがない。ならどこかに黒幕がいるだろうってことで調べたらベトルーガ商会にぶち当たったってわけ」
笑顔を崩さず説明するテオに、それまで訝しむように見つめていたユリウスが合点がいったように口を開いた。
「……なるほど、そういうことか」
「さすがユリウスは察しがいいね。多分、そういうことだよ」
「どういうことですか? お二人だけで納得されても……」
戸惑うアンゼルムに、ユリウスは伯爵から目を逸らさずに答える。
「ベトルーガ商会は亜人を攫って隣国に奴隷として売り飛ばす。その代わりに『浮舟』を購入してこの国で売り捌いていた」
「な……」
アンゼルムとリーゼロッテはあまりの衝撃に言葉を失った。
この国で奴隷制度が廃れて久しい。
しかもその奴隷制度も、同じ種族であるヒトの中でも罪人や身寄りのない者などが奴隷として働いていた。
亜人は入国すらままならない状況で、居住権を認められたのも先王の時代──つい最近だ。
先王の統治が長かったため、ここにいるほとんどの人間は奴隷制度の世を知らない。
奴隷制度自体に戸惑いを感じるのも無理はないだろう。
「『谷落とし』はこの国では自生しない。栽培もほぼ不可能だ。しかし隣国では自生している。そのせいで亜人は隣国にはほとんどいない。まぁこれは、隣国では未だに亜人を奴隷として扱っているためでもあるが」
「……………」
誰ひとり、伯爵さえも身動きできない。
ユリウスは伯爵を見る目を厳しくさせる。
「ここからは推測に過ぎないが、『浮舟』を作るのに亜人を使ったのだろう。そして『浮舟』の原材料はおそらく……」
「似たような性質を持つ『谷落とし』は入っているだろうねぇ。ついでに言うとベトルーガ商会の粗悪品の毛皮も亜人の尻尾あたりの毛なんじゃないかな?」
テオの言葉に、伯爵は肩を微かに震わせた。
ボニファーツはそんな伯爵の様子を「まさか……」と愕然とした表情で見つめていた。
彼らの反応からして、テオの言ったことは真実なのであろう。
「……なんて、酷いことを……」
膝から崩れそうになるリーゼロッテを支えるように、アンゼルムは彼女の肩を抱く。
「な、何を言ってるんだ! ユリウス様! いくら貴方様やその従者であってもこれはリデル家への侮辱にあたりますよ!? 取り消していただきたい!」
激昂する伯爵に、ユリウスは首を横に振った。
「……それはできない。私は彼に……いや、殿下に命令できる立場にはない」
「…………は……?………いやまさか……え………?」
狼狽る伯爵を、ユリウスは憐むように静かに見つめた。
「あーあ、ユリウス。先に言っちゃダメじゃないか。こういうのは本人が言わないと」
その場にそぐわない戯けた声でテオはそう言うと、ユリウスの額を軽く小突いた。
「……すまん」
「ま、いいけどね。そういう融通の効かないところも君のいいところだから」
軽薄そうな笑みをすっと収めると、伯爵の方に向き直る。
いつもの彼らしからぬピリついたその雰囲気に、リーゼロッテは眉をひそめた。
「改めて。僕……いや、私の名はテオドール。テオドール・ツォン・フェアデヘルデ。この国の第一王子だ。リデル伯爵、貴君の罪は全て筒抜けだ」
15
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。
愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。
ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。
ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。
二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。
時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し……
全ては、愛する人と幸せになるために。
他サイトと重複投稿しています。
全面改稿して投稿中です。
【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜
ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。
しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。
生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。
それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。
幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。
「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」
初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。
そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。
これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。
これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。
☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる