悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜

見丘ユタ

文字の大きさ
137 / 231
4章.妹君と辺境伯は揺れ動く

136.お姉様の思い通りにはならない②

しおりを挟む
 廊下に出た二人は、いくらか千鳥足のディートリンデがこちらに向かってくるのが見えた。

 月明かりひとつない中、点在する蝋燭の灯りに照らされ、まるで浮かんでは消える亡霊のように不気味だ。

「ああ、誰かと思ったらユリウスとアンゼルムじゃないの。リーゼロッテはどこよ?」

「…………姉上、酔っていらっしゃるのですか? 僕はともかく、呼び捨てなどユリウス様に失礼です」

 アンゼルムのやや険のある冷静な言葉に、赤ら顔のディートリンデは不愉快そうに顔を歪める。

「五月蠅いわね。酔ってなんかいないわよ。ていうかあんた、一番不人気な攻略対象のくせに生意気よ」

 アンゼルムを指差した彼女の視線は焦点が合わず、彼は若干眉をひそめた。

 いくらか呼気が酒臭い。

 どうやら本当に酔っているようだ。

 攻略対象、という聞いたこともない言葉に二人は首をひねる。

 意味はわからないが、蔑みを含んだ物言いだということだけは分かった。

「……? 何を仰っているのです?」

「分からないならいいのよ。説明してもどうせ分かりっこないでしょうし」

 馬鹿にしたように鼻で笑うと、彼女は窓に手をついた。

「……悪いがそこを退いてくれ。急いでいる」

「嫌よ」

 そう言って彼女はユリウスを睨みつけると、大仰な態度で立ち塞がった。

 微かに動いたユリウスの眉を確認すると、彼女はにたり、と口端を上げる。

 まるで邪魔をすることで相手が困るのが楽しいかのような彼女の表情に、ユリウスは目を細くした。

「もしや、ディートリンデ姉さんがリーゼロッテ姉さんを……!? 姉さんをどこにやったんだ!」

 アンゼルムが上げた声に、笑うのをやめた彼女はゆっくりと首を傾ける。

「リーゼロッテ? なにがあったのか知らないけど、私もあの子に用事があるの。退いてくれる?」

「……彼女はここにはいない」

「いない?」

 聞き返した彼女にユリウスが無言で頷く。

 するとしばらく口の中で何かをぶつぶつ呟いた彼女は、突然糸が切れたように笑い出した。

 壊れた人形のように高笑いをする彼女を前に、二人は顔を見合わせる。

「私イライラしてるの。フリッツも、リーゼロッテも、父親も、みーんな私の思い通りに動いてくれないのよ。たかがゲームの世界の人間のくせに」

 ひとしきり笑った彼女は、ろれつの回らない口で意味のわからない事を口走ると、ユリウスを力一杯指差した。

 その表情には明らかな敵意が含まれている。

「特にあなた! ユリウス、なんて攻略対象でもなければフリッツのセリフに一回出てきただけのモブ中のモブなのに!」

「……さっきから聞いていれば、ゲームの世界? もぶちゅうのもぶ? 一体何を言っている……?」

 その場で地団駄を踏む彼女を、彼の紫色の瞳は冷静に捉えていた。

 たかだか酔っ払いの話だ。

 しかし聞き流すには少々長すぎる。

 彼の冷静な瞳の奥に、じれるような焦燥感が宿るのをすぐ横にいたアンゼルムは感じた。

「ディートリンデ姉さん、何を言ってるのか分からないがユリウス様に失礼だ」

「だから五月蠅い! その名前で呼ばないでよ! 私はあんな悪役令嬢なんかじゃないってば!」

 再び駄々っ子のように地団駄を踏んだ彼女を、ユリウスは怪訝な表情で見つめた。

(まただ。攻略対象、ゲームの世界、もぶちゅうのもぶ、悪役令嬢……なにかの暗号か……? しかし、それにしては私たちにベラベラとそれを喋りすぎている……)

 酒で妄想が垂れ流されているのか、それとも本心が垂れ流しにされているのか。

 詳しいことは何一つ分からないが、彼女が彼らを傷つけようと声を荒げているのだけはわかった。

「……なんで……」

 踏み締めた白い床を見つめ、俯いていた彼女はぽつりと呟いた。

 顔を上げ、憎悪に満ちた視線をユリウスに投げる。

「……なんであんたなんかに……双子の見分け方がわかっちゃったわけ?! なんで父親も全部わかってたわけ?! おかしいわよ!」

 呆れ返ったユリウスは微かに首を横に振った。

 アンゼルムも、高圧的で幼く他罰的な彼女に辟易したような表情を浮かべている。

『直感』が形作る黒いもやは、もう彼女の全身が見えないほどに竜巻のようにとぐろを巻いている。

 しかし、もはやこうなっては『直感』などなくとも、誰の目から見ても彼女たちの区別はつくだろう。

 長年共に過ごしたであろうヘンドリックならば尚更、彼女らの見分けはつくのではなかろうか。

 しかし周りの冷ややかな反応にも関わらず、彼女はなおも驕慢きょうまんな態度を崩さない。

「教えてあげる。あなたもこの世界も全部作り物よ! ここは乙女ゲームの世界で私はこの世界を作った人物と同じ世界の人間よ! この世界の神様と同じなのよ!」

 ふんぞり返ったディートリンデは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 もはや貴族令嬢としてもいかがなものな態度に、ユリウスは顔を背けた。

「驚きすぎで何も言えないでしょ? あなたたちはただの人形。プログラムされた人形なのよ! 分かったら早くプレイヤーわたしの思う通りに動きなさいよ!」

「アンゼルム……」

 意味不明な言葉の羅列に、ユリウスは思わずアンゼルムに意見を求めた。

「……酔っていないのなら、彼女はなにか錯乱しているのかもしれません」

「私は正気よ!!」

 ヒステリックに叫んだ彼女は、赤ら顔を怒りで真っ赤にさせた。

 ぶつぶつと「どうして信じてくれないの、本当のことなのに」と呟きが聞こえるが、そもそも彼女に対して信用などないのだ。

 その彼女の口から出る荒唐無稽な話を、信じろと言う方が難しい。

「……もう一度言う。退け。さもなくば斬る」

 ユリウスは腰に差した剣に手をかけた。

「い、良いわよ! どうせここはゲーム世界なんだから、私は死なない!」

「姉さん、何言ってるんだ。斬られたら死ぬ。そんなことも分からなくなったの?」

「死なないってば! プレイヤーは死なないの!」

「姉さ……」

「アンゼルム、いい」

 説得しようと声を上げたアンゼルムを、ユリウスは制した。

 多少気になる点はあるが、酔っているのは明白だ。

 酔っ払いに説得など通用しないだろう。

「分かった……ならば斬るのみ」

 ユリウスは鞘から一気に剣を引き抜くと、ディートリンデに向けた。

 燭台の火に照らされぬらり、と剣身が妖しく煌めく。

 ディートリンデは、彼の瞳だけでなく、その身体、剣身の先までもが鋭い殺気を放っているのを肌身で感じた。

「ひっ………! きょ、今日はこれくらいにしておいてあげるわ……! お、覚えてなさい!」

 先ほどまでの威勢は何処へやら。

 ディートリンデは捨て台詞を吐きながら脱兎の如く逃げ出した。

「……」

 彼女の背中が完全に見えなくなるのを確認し、剣を鞘に戻す。

「……愚姉が失礼を……申し訳ございません」

「……アレは捨て置く。そのうち大きな過ちを起こして自滅するだろう」

「……やはりディートリンデが姉上を攫ったのでしょうか?」

 アンゼルムの問いかけに、ユリウスは首を横に振った。

「いや。彼女はやってない。おそらくリーゼが連れ去られたことも知らない」

「では誰が」

「…………それを今から確かめる。その前にアンゼルム、使用人たちにひとつ指示を出してほしい」

 重々しい口調のユリウスは、ディートリンデが去ったその先を射抜くように見つめていた。
しおりを挟む
感想 102

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。 仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。 愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。 ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。 ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。 二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。 時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し…… 全ては、愛する人と幸せになるために。 他サイトと重複投稿しています。 全面改稿して投稿中です。

【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜

ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。 しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。 生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。 それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。 幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。 「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」 初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。 そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。 これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。 これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。 ☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

処理中です...