悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜

見丘ユタ

文字の大きさ
154 / 231
4章.妹君と辺境伯は揺れ動く

153.王太子は企む

しおりを挟む
「おや、フリッツ。こんなところで奇遇だねぇ」

 聖殿から出たところで、フリッツはテオに声をかけられた。

 こんなところ、と言いたいのはどちらかと言えばフリッツの方だろう。

 なぜなら聖殿は許可のある者以外、男子禁制だ。

 マリー付きのフリッツは自由に入れるからいいとしても、入殿許可のないテオが聖殿の入り口にいるなど不審以外の何者でもなかった。

 白亜の壁に背を預け、まるで誰かを待っている様子のテオは誰に対してもこんな感じだ。

 人好きする笑みを浮かべ、相手の懐に瞬時に入り込む。

 そんな兄に、フリッツは苦手意識を持っていた。

「……兄上……こんな夜にあなたこそ聖殿の前で何をしておいでですか?」

「いやーちょっと気になる女の子がいたから追いかけてきたんだけど、さすがに聖殿の中までは入れないからね。出待ちってやつだよ」

(またか……)

 軽薄そうに両手を上げたテオに、フリッツは内心毒づいた。

 兄の女好きは王城では有名だ。

 毎夜違う女の元に足を運び、婚約者もおらず独身なのをいいことに、王城内で浮名を流している。

 気に入った女がいれば、数日間その者の寝所に留まることも少なくない自堕落な遊び人──と、フリッツは思っている。

 実際は女の所に寝泊りなどしておらず、辺境やその他の領地を見回っているだけなのだが。

 とにかく、この何を考えているのか分からない兄のことが、フリッツは苦手だった。

「……そうですか、王族の品位のためにも程々にしてください」

「はいはい。……君こそ、今日もこんな時間まで聖殿でマリー様と逢引かい?」

 へらり、と笑ったテオに、フリッツはムッとしたように眉根を歪ませる。

「……人聞きの悪いこと言わないでください。辺境を回って疲れただろう彼女に差し入れをしただけですよ。それに彼女は聖女ですし、私には婚約者が」

「そういえばそうか。創環の儀も終えてあとは婚儀のみ、だったね。いつにするつもりだい?」

 テオの何気ない問いかけに、フリッツは答えに詰まった。

 いつにするか、など、彼は全く考えていない。

 むしろディートリンデとの婚儀など一生来ないように画策しているというのに。

「…………まだそこまでは」

 一段声を落したフリッツにテオは気付かないフリをしながらも、なおも彼にとって耳が痛いことを言い連ねた。

「父上の病状も思わしくないし、そろそろ急がないと国も多少混乱するかもねぇ」

「……兄上にご心配いただかなくとも私は」

「フリッツ殿下!」

 反論しかけたフリッツの元に、近衛兵長が慌てた様子で駆けてきた。

 聖殿に入る時は連れていけないので、離れた所に待機させていたのだが、どうも様子が変だ。

「どうした」

 血相を変えてやってきた近衛兵長に、フリッツは発言を許可する。

「はっ。それが……王都のハイベルク家が火事に見舞われたと……」

「……ハイベルク家が?」

「フリッツの婚約者の生家じゃないか。大変だねぇ」

 揶揄うようなテオを、フリッツは睨みつけた。

「兄上は少し黙ってていただけませんか。……それで、どうなった」

「はっ。そ、それが……火事になったことは確かなのですが……騎士団の魔法部隊が向かったところ、屋敷で火事など起きてない様子だったようで……」

「……誤報だった、と?」

「いえ、そうではなく……」

「……はっきり申せ」

 しどろもどろの近衛兵長の様子から大体のことは察したテオは、少し考えるように口元に手を置いた。

「……火事は起きたけど聖女が現れて火事が起きる前に戻してしまった、かな? 君の言いたいことは」

「!……は、はい。テオドール殿下のおっしゃる通りで……」

 言い当てられたことに驚いた近衛兵長に、テオはにっこりと微笑んだ。

「……聖女……が……二人……まさか二人目の癒しの聖女……?」

「いいや、癒しの聖女はヒトは癒せても物は直せない。二人目の聖女は時の聖女さ」

 半ば呆然と呟いたフリッツに、テオは首を振った。

 目配せをするように視線を動かすテオを見て、フリッツは

「……報告ご苦労。下がれ」

 と、近衛兵長を下がらせた。

「……兄上はどこまでご存知なのですか? その、時の聖女についてまるで全部知っている様子ですね」

 誰もいなくなった聖殿前で、フリッツは声をひそめ、テオに聞いた。

 得体が知れないテオにものを聞くのは、これが初めてかもしれない。

「ああ、よく知っているよ。彼女はリーゼロッテ・ハイベルク。君の婚約者の双子の妹だ」

「リーゼロッテ……ああ、あの……ですがどうして……」

 なんてことはなしに頷くテオに、フリッツは曖昧に頷いた。

 リーゼロッテ、という人物名は知らないが、ディートリンデの妹と聞くと分かる。

 彼の中でリーゼロッテはその程度の認識だった。

(でもあの子が聖女だって……?)

 ディートリンデに罪を着せられて、辺境送りになったと聞いた。

 その彼女が聖女だったとはつゆにも思うまい。

「ああ、たまたま辺境に美人がいるって聞いて辺境伯家にお邪魔した時に知り合ったのさ」

「……もしや、兄上は聖女だと知ってて秘匿していたのですか?」

「僕が聖女だと知ったのはつい最近だよ。辺境伯ももちろんね……でも知った時にはもう辺境伯と婚約済みだったからねぇ……友人としては引き裂くわけにはいかないじゃないか」

 テオは嘘も方便、とばかりに前々から考えていた言い訳を口にする。

「……辺境伯の……」

「まぁ、おいそれと説得はできないよねぇ。彼は英雄。しかも既に聖殿には聖女がいる。ならば一人いればいいだろうと言われたらそれまでだ」

「…………」

(一人いればいい……)

 押し黙ったフリッツは、テオの言葉を反芻した。

 その様子を、テオは変わらぬ笑みで見つめる。

「……でも僕なら説得できるよ? 確実にね。彼は僕の元従僕。両親が亡くなった時に一時的に世話をしたのは国王であり、この僕だ。僕なら説得は可能だよ」

 自信満々なテオの言葉に、フリッツは考え込む。

 フリッツには聖女リーゼロッテへの冤罪を見抜けず、辺境へ追放を許してしまった前科がある。

 とてもそのフリッツからの説得には応じないだろう。

 婚約まで考える相手ならば余計に。

 しかし、もし仮に、リーゼロッテが聖女として聖殿に上がることを了承したとして、もう一人の聖女マリーを聖女の任から解くことも可能なのではないか──。

『一人いればいいだろう』

 フリッツの頭の中に、テオの言葉が反響した。

「ならば兄上、早急に辺境へ向かってください」

「いいけど、条件がある」

 テオは人差し指を立てると、フリッツの方に突き出した。

「君がマリー様付きになったように、僕もリーゼロッテ様付きにならせてほしい」

「!?」

 テオの妙な条件に、思わず怪訝な顔を作る。

 フリッツが聖女付きになったのは特別だ。

 養女となった公爵家に、たまたま幼い子供がいなかったための特別措置だった。

 それを十七歳の、しかも伯爵令嬢としてそれなりに立ち振る舞い方に研鑽を積んできたリーゼロッテには必要がない。

 後ろ盾も名家のハイベルク家がいれば問題がないだろう。

(何を考えている……)

 その考えを推し量ろうと、兄の顔を真正面から見据えるが、のらりくらりとした微笑みに受け流されてしまう。

「……分かった」

 兄の考えは分からない。

 しかしそれを差し引いても、この申し出は魅力的だ。

 フリッツの頷きに、テオは満足そうに口端を上げた。
しおりを挟む
感想 102

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。 仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。 愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。 ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。 ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。 二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。 時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し…… 全ては、愛する人と幸せになるために。 他サイトと重複投稿しています。 全面改稿して投稿中です。

【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜

ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。 しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。 生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。 それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。 幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。 「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」 初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。 そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。 これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。 これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。 ☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

処理中です...