悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜

見丘ユタ

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4章.妹君と辺境伯は揺れ動く

156.ユリウスは責める

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 ハイベルク家の客室──。

 火事から二日後、各種手続きを書にしたためていたユリウスは、一旦外の空気でも吸おうとバルコニーに出た。

 窓を中心に半円を描く手すりに手をかけると、その憂鬱そうな視線が階下に落ちる。

 刈り揃えられた芝生は青々とし、花壇に整列した花々は空高く上がった太陽に向けて美しく咲き誇っている。

 ハイベルク家に足を踏み入れた当時と変わらない風景だが、彼の心は当時とは非にならないほど沈んでいた。

 突然吹いた一筋の風がユリウスの束ねられていない長髪を乱れさせ、彼は思わず目を瞑った。

「や、ユリウス。大変だったみたいだね」

「……テオ……」

 目を開けると、いつの間にかテオが手すりの上に座っていた。

 他の者が見たら驚いただろうが、テオの力を知っていれば別段驚くことでもない。

 風魔法の名手でもあるテオは風に乗ってどこへでも行ける。

 その力や才能をもっと別のことに活かせばいいのに、とユリウスは常々思っていたが、今はそれを指摘する気になれない。

「報告書は大体目を通させてもらったよ。しかし、あのハイベルク伯爵が死者蘇生なんていう大それたことを考えてたなんてねぇ……社交界では慎重なイメージがあったのにこんなに性急に事を起こすなんて、一体どうしたのかな?」

 テオはどこか楽しむような表情でユリウスに問う。

(……おおよその予想は着くが……)

 言ってもいいものだろうか、と一瞬の戸惑いが浮かぶが、この先調査が進めば真実は分かってしまうだろう。

「……多分伯爵自身が限界だったんだろう」

「限界?」

「……あの禁呪は他人の命を犠牲にするだけではない。術者の魂……主に感情や記憶が食われる。伯爵の場合は妻との思い出……記憶に執着するあまり、感情の欠落が先行したようだが」

 禁呪も万能ではない。

 ユリウスは当初、ヘンドリックのことをひとつ前の世代の貴族に多い、感情を表に出さない厳しい訓練を受けた人間なのだと思っていた。

 しかし、ヘンドリックはただ、魑魅魍魎跋扈ばっこする社交界で感情を表に出さないよう気をつけていただけではない。

 特定の感情が感じられないという事実を悟られないために、むしろ積極的に表情を殺していたのだ。

「禁呪を一度使ったとして持って数年。おそらくだが、既に二、三度、禁呪を使った後なのではないかと」

 禁呪を使う時点で狂っているのだが、感情が欠落していくに従って、ヘンドリックは壊れてしまったのだろう。

 壊れた上で、怖くなったのだ。

 この先時の聖女が現れたとして、妻が生き返れたとして、これ以上壊れてしまった自分を再び妻が愛してくれるだろうか、と。

(……リーゼが『父は死にたがっていた』と言っていたのも合わせると、おそらく、これ以上は待てない、禁呪も使えない、と思っていたのだろう)

 自分本位な考え方だが、誰かをそこまで想う気持ちは理解し難いものではない。

 ユリウスはそう心の中で結論づけると、テオの顔を見つめた。

「……なるほどね。だから焦っていたのか。おかしいと思ったんだよ。わざわざユリウスがいる間に行動を起こすなんてね」

「……テオ」

 独り言を呟くテオを、何かを決心した表情で見据える。

 その射抜くような視線を、テオは口元に笑みをたたえたまま受けた。

「……その顔は……僕が何をしに来たか、分かってるって顔かな?」

「……………」

 押し黙ったユリウスの二の句をテオは待った。

 彼らの間にあるのはただの主従関係ではない。

 忠誠を誓うのは現国王とテオしかいないと、ユリウスは心に決めていた。

 その忠誠心をテオは知っている。

 知っていてなお、王位継承順位の低い自分などに忠誠などくれてやるなと思っていた。

「……リーゼを……連れて行くのだな?」

「……僕は連れて行かないけど、近いうちそうなるね。なにせ君はハイベルク伯爵の失踪に関わっている。もし拒否すれば、フリッツはそこを突いてくるはずだ。彼女のことだから、君を犯罪者にしたくないあまりに取引に応じる可能性は十分にあるだろうね」

 テオの言葉にユリウスは苦々しい表情を浮かべた。

 彼がリーゼロッテに関する出来事で不殺を心がけていたのは、なにも彼女が悲しむからの一点ではない。

 もしも何かあった時──例えば今回のような貴族が関わる案件で──、自分が誰かを害したとなると、王家だけでなく他貴族にも付け入る隙を与えてしまうからだ。

 そしてその隙を突いた脅迫に、リーゼロッテが応じてしまう可能性が高いことも理解していた。

 だからこそ、ヘンドリックも生け捕りにしたかったのだが、毒で目が霞んだ彼にはそんな器用な芸当はできなかった。

「…………フリッツ殿下はリーゼが時の聖女だとご存知なのか?」

「……ああ。こちらの情報は最低限渡してる。それが君を……リーゼロッテさんを守ることにもつながるからね」

「……………」

 ユリウスは眉を微かに上げた。

 紫電の瞳にほのかに燻るような危うい光が宿る。

 その光に気付かないフリをしたテオは、決定的な言葉を口にした。

「多分、いや確実に、君と彼女は離れ離れになる」

 瞬間、ユリウスはテオに掴みかかった。

 胸ぐらを掴む手は震え、その瞳の奥に激しく燃える炎があるように赤みを帯びた。

 テオの身体は手すりから、後一押しすれば落ちてしまうほど傾いている。

 怒りに打ち震えたユリウスを、テオはただ静かに見つめていた。

「……いいよ。殴ってくれても。でも二発までね。一発は君の分、もう一発は……リーゼロッテさんの分、かな」

「……………」

 テオのどこか冷めた声色に、ユリウスは胸ぐらを掴む手を握り締めた。

 今、自分がしていることはただの八つ当たりだ。

 こんなことをしても何もならない。

 ユリウスはテオをバルコニーに引き上げると、その手を離した。

「……すまない」

「いいよ。君の心中は察するに余りある。混乱するのも無理はない」

「…………事が公になった以上、こうなることは避けられなかった」

 ユリウスは手すりを背に俯いた。

 白い長髪がはらりと落ちる。

 テオはその白糸のような髪を掬い上げる。

「……君に約束するよ。必ず彼女を守り、

「……どういう意味だ……?」

「そのままの意味だよ」

 いつもの笑みを消したテオは、力強く頷いた。

 彼の顔を見上げたユリウスは知っている。

 テオがこういう表情をする時は、いつもの冗談ではないということを。

「……信じていいんだな?」

「ああ。でも少しばかり協力してもらうことになると思うけど」

 テオはユリウスの髪を離すと、手すりに再び乗り上げた。

 魔法を使わなくとも身軽な身のこなしの彼は、悪戯っぽくいつもの笑みを浮かべる。

 テオが何を考えているかは分からない。

 しかし、彼がここまで言うのならば悪いことにはならないだろう。

 ユリウスの瞳に強い光が宿った。

「構わない」

「……少しは元気が出たみたいだね」

 テオは小さく呟くと、手すりから飛び降りユリウスと向かい合う。

 伸びっぱなしの襟足の髪が、テオの顔を撫でた。

「それで、だ。今日はいくつか聞きたい事があってここに来たんだ」
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