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参
想い伝える
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「加奈子ちゃん、もうすぐ東京に帰るがやって? 寂しくなるねぇ」
「はい。残念ですけど、もう夏休みも終わっちゃうので……。あ、でもまた来年ここに帰って来ようと思ってます。何かもうすっかり第二の故郷みたいになっちゃって」
すっかり顔なじみになったお店のおばさんが買ったものを袋に入れ手渡してくれるのを受け取りながら笑ってそう答えた。
「あらぁ……嬉しい。また来年も来てくれるが? ほんならおばちゃん、それを楽しみに待ちよろうかね」
「そう言って下さって嬉しいです。また来年来た時にはご挨拶に来ますね。その時はまた宜しくお願い致します」
「ほんまに、礼儀正しくて可愛くて、良く気のつく器量よしのお嬢さんながやき、そんなんじゃあ男の子もほっとかんやろ? 来年は彼氏も連れて帰って来いや」
彼氏、と言う単語にドキッとしてしまう。
私は思わず肩に乗っている幸之助に視線を向けてしまうけど、彼氏の意味が分からないようで幸之助はきょとんとした顔をしていた。
おばさんには幸之助の姿は見えないから、あんまり不自然にならないようにしないと。
「そ、そうですね。そう言う人が出来たらいいんですけど……」
「加奈子ちゃんやったらすぐ出来るろう! おばちゃんが男やったら加奈子ちゃんの事絶対ほっとかんけんどねぇ。せめてうちの息子がもうちょっと若ければ、紹介したのに」
「あ、あはは……」
おばさんはケラケラと笑いながら「また帰る前にでも顔出してね」と言って送り出してくれた。
店を出てほどなく、肩に乗っている幸之助の雰囲気が何やら良くない事に気付き、私はこそっと声をかける。
「幸之助……?」
「……」
返事を返してくれない。何やら今の話の流れで、彼氏と言うものが何なのか分かったみたいだった。
どうしようかな。どうやって機嫌を直してもらおう……。
そう考えながら歩いていると、向かいから歩いて来るお爺ちゃんに声をかけられた。時々山菜を分けてくれるお爺ちゃんだ。
「おお、加奈子ちゃん」
「長谷川のお爺ちゃん。こんにちわ。実は私、三日後に東京に帰る事にしたんです」
「ほうかよ~。若い子が来てこの集落もちっとは活気づいたと思うたに、しょお残念やねぇ……」
心底残念そうに呟くお爺ちゃんに、私もしみじみとしてしまう。
「私も凄く残念です。ほんとはずっとここにいたいんですけど、夏休みが終わってしまうので……」
「そうやろうねゃ。いや、しかしまっこと残念や。わしがもうちっと若かったら、加奈子ちゃんを嫁さんに貰おうと思うたけんど、まぁこんなじじいじゃ加奈子ちゃんが可哀想やきねぇ。しかもまだ学生さんやし。まぁ、向こうに帰っても頑張りよ」
「あ、あはは……そうですね。ありがとうございます」
は、長谷川さん! 今その話はしないで下さい!
幸之助がいなかったら冗談の一つでも言ってさらっとかわす言葉も、今はかわせない。
案の定、幸之助の機嫌はまた悪そうだった。
「あの、また来年ここに帰って来ますから、その時はご挨拶に伺いますね」
「おお。ほいたらわしもまだ死ねんねゃ。東京行ったらえい男でも見つけて、まっと綺麗になってもんて来ぃよ」
「ありがとうございます。頑張ります……」
帰るまでの道中。会う人会う人全員がなぜか男の話をするものだから、幸之助の沈黙がその度に重たい重圧となって肩に圧し掛かって来る。
誰もかれもが男の話をするのは、きっと二十歳も越えた女が一人でいることが勿体ないと言うところからそう言う話になるんだろう。
歩いている内に、寄相神社の鳥居の前に差し掛かり私はそこで足を止めた。
「幸之助、寄相神社寄って帰ろうか。昨日の夜深酒して寝ちゃったでしょ?」
「……はい」
あああああ、これはかなり面白くないと思ってるに違いない。
彼がこんなに不機嫌になることって今まで見たことないもの……。
階段を昇っていると、ふわっと風が吹いて来た。思わず足を止めて後ろを振り返ると、一番最初にここに来た日の事を思い出した。
「……最初、ここで真吉さんの記憶の片鱗を見たんだよね」
「真吉殿の?」
「階段を一つ一つ昇る度に、何でか凄く懐かしい気持ちに包まれて。それでここでこうやって目を閉じたの。そしたら……」
そこまで言いかけて、私は言葉をぐっと飲み込んだ。
ここで見た記憶は、真吉さんの殺された時の悲しい記憶だったから……。
「加奈子殿?」
「……ううん。何でもない。今はそう言うのも懐かしく思えるなって思っただけ」
私は笑ってそう言ってまた階段を上り始めた。
「やっぱり、誰もいないね」
社の傍まで来てみたが、人影はどこにも見当たらない。
時々車が裏手に止まっていることもあるけど、手入れが終わったらすぐに帰ってしまう業者の人だけ。
私は改めてちゃんと参拝しようと、舎水場で手を洗ってから手順を踏み社の前に立ってみる。すると幸之助は私の肩から飛び降りた。
決して大きくはないけれどちゃんと趣があって、「お帰りなさい」って受け入れてくれるようなこの神社が、私はとても大好き。それに……。
「……ここは、私にとって縁結びをしてくれた場所だって思ってる」
真吉さんとの縁、幸之助との縁、仁淀川町の皆との縁。それから鞍馬と、やんこちゃんとてんこちゃん、妖狐との縁。ここで育まれたあらゆるかけがえのないご縁は、全てここから結ばれたんだ。
お礼参り、まだしてなかったからね。
「皆と会わせて下さり、ありがとうございます」
私は手を合わせて目を閉じ、沢山の良いご縁に恵まれたことを感謝した。すると、ふわっと背中から何かに包まれたことに気付いて目を開くと、人型になった幸之助が後ろから抱きしめていた。
「こ、幸之助?!」
「……久し振りに、清々しいほどの心からの感謝の言葉が身に沁みます」
あ……そうか。
幸之助はここの御神体。自分の欲の為じゃなく、誰かの為でもなく、単純に感謝の言葉を告げる参拝は、彼にとって嬉しいことの一つなんだろうな。
やんわりと包むように抱きしめられた幸之助の腕に、ふいに力がこもる。
「幸之助?」
「……加奈子殿。一つ、聞いても構わないでしょうか」
「な、何?」
顔を見合わせていないからまだ話しやすいけど、だからと言ってこの体制もなかなかに恥ずかしい。他の人からは幸之助の姿が見えないとしても、私には長時間この体制は心臓が持ちそうにないかも……。
「か、加奈子殿は東京に……」
幸之助はそこで一瞬、言葉を飲み込んだ。
え? 何だろう?
言葉の続きには色んな事が考えられるから、私の頭にはただはてなマークしか出てこない。
「?」
「東京に……」
うん、東京に?
私は言葉を急かすつもりはないから黙って待ってると、幸之助は更にきつく私を抱きしめて肩口に頭を埋めてきた。
ちょーっ!? それはヤバイからー!
さっき以上にドキドキして動きが固くなり、思考回路がフリーズしかけている私に対し、幸之助はやっと胸の内を零した。
「好いた男がいるんでしょうか……?」
「え?」
やっと言った。と言わんばかりに、小さく身を震わせる幸之助の体温が急上昇して暑くなっているのに気が付いた。それを聞くの、よっぽど恥ずかしかったんだろうな。
「……いないよ」
そう言うと、幸之助の腕の力がホッとしたように緩んだ。
「って言うか、もうしばらくいないよ」
前の彼氏との関係が劣悪過ぎたせいで、そう言うのは当分いらないと思ってたから……。
――何かあったら、地の果てまでも追い詰めてやるからな!
当時の脅迫された言葉が突然思い出されてゾクッとして気持ち沈みかける。けど、幸之助の抱きしめてくれる暖かさには凄く安心出来た。だからすぐに気持ちを切り替えることも出来たし、いつまでも昔の事引き摺ってらんない。
私は幸之助の手を握り返し、目を閉じた。
「心配しなくても、帰っても東京で誰か男の人を作るつもりはないわ。だって、私にはやらなきゃいけないこといっぱいあるんだもの」
「加奈子殿……」
「私はこの場所が好き。人の原点を教えてくれた気がするから。それに……」
幸之助の腕を解いて、彼の手を握り締めたまま真正面から真っ直ぐ見上げた。
「幸之助の事も、大好きよ」
「……!」
私の言葉に、幸之助は頭から湯気が出るんじゃないかっていうほど真っ赤に染め上がった。
「はい。残念ですけど、もう夏休みも終わっちゃうので……。あ、でもまた来年ここに帰って来ようと思ってます。何かもうすっかり第二の故郷みたいになっちゃって」
すっかり顔なじみになったお店のおばさんが買ったものを袋に入れ手渡してくれるのを受け取りながら笑ってそう答えた。
「あらぁ……嬉しい。また来年も来てくれるが? ほんならおばちゃん、それを楽しみに待ちよろうかね」
「そう言って下さって嬉しいです。また来年来た時にはご挨拶に来ますね。その時はまた宜しくお願い致します」
「ほんまに、礼儀正しくて可愛くて、良く気のつく器量よしのお嬢さんながやき、そんなんじゃあ男の子もほっとかんやろ? 来年は彼氏も連れて帰って来いや」
彼氏、と言う単語にドキッとしてしまう。
私は思わず肩に乗っている幸之助に視線を向けてしまうけど、彼氏の意味が分からないようで幸之助はきょとんとした顔をしていた。
おばさんには幸之助の姿は見えないから、あんまり不自然にならないようにしないと。
「そ、そうですね。そう言う人が出来たらいいんですけど……」
「加奈子ちゃんやったらすぐ出来るろう! おばちゃんが男やったら加奈子ちゃんの事絶対ほっとかんけんどねぇ。せめてうちの息子がもうちょっと若ければ、紹介したのに」
「あ、あはは……」
おばさんはケラケラと笑いながら「また帰る前にでも顔出してね」と言って送り出してくれた。
店を出てほどなく、肩に乗っている幸之助の雰囲気が何やら良くない事に気付き、私はこそっと声をかける。
「幸之助……?」
「……」
返事を返してくれない。何やら今の話の流れで、彼氏と言うものが何なのか分かったみたいだった。
どうしようかな。どうやって機嫌を直してもらおう……。
そう考えながら歩いていると、向かいから歩いて来るお爺ちゃんに声をかけられた。時々山菜を分けてくれるお爺ちゃんだ。
「おお、加奈子ちゃん」
「長谷川のお爺ちゃん。こんにちわ。実は私、三日後に東京に帰る事にしたんです」
「ほうかよ~。若い子が来てこの集落もちっとは活気づいたと思うたに、しょお残念やねぇ……」
心底残念そうに呟くお爺ちゃんに、私もしみじみとしてしまう。
「私も凄く残念です。ほんとはずっとここにいたいんですけど、夏休みが終わってしまうので……」
「そうやろうねゃ。いや、しかしまっこと残念や。わしがもうちっと若かったら、加奈子ちゃんを嫁さんに貰おうと思うたけんど、まぁこんなじじいじゃ加奈子ちゃんが可哀想やきねぇ。しかもまだ学生さんやし。まぁ、向こうに帰っても頑張りよ」
「あ、あはは……そうですね。ありがとうございます」
は、長谷川さん! 今その話はしないで下さい!
幸之助がいなかったら冗談の一つでも言ってさらっとかわす言葉も、今はかわせない。
案の定、幸之助の機嫌はまた悪そうだった。
「あの、また来年ここに帰って来ますから、その時はご挨拶に伺いますね」
「おお。ほいたらわしもまだ死ねんねゃ。東京行ったらえい男でも見つけて、まっと綺麗になってもんて来ぃよ」
「ありがとうございます。頑張ります……」
帰るまでの道中。会う人会う人全員がなぜか男の話をするものだから、幸之助の沈黙がその度に重たい重圧となって肩に圧し掛かって来る。
誰もかれもが男の話をするのは、きっと二十歳も越えた女が一人でいることが勿体ないと言うところからそう言う話になるんだろう。
歩いている内に、寄相神社の鳥居の前に差し掛かり私はそこで足を止めた。
「幸之助、寄相神社寄って帰ろうか。昨日の夜深酒して寝ちゃったでしょ?」
「……はい」
あああああ、これはかなり面白くないと思ってるに違いない。
彼がこんなに不機嫌になることって今まで見たことないもの……。
階段を昇っていると、ふわっと風が吹いて来た。思わず足を止めて後ろを振り返ると、一番最初にここに来た日の事を思い出した。
「……最初、ここで真吉さんの記憶の片鱗を見たんだよね」
「真吉殿の?」
「階段を一つ一つ昇る度に、何でか凄く懐かしい気持ちに包まれて。それでここでこうやって目を閉じたの。そしたら……」
そこまで言いかけて、私は言葉をぐっと飲み込んだ。
ここで見た記憶は、真吉さんの殺された時の悲しい記憶だったから……。
「加奈子殿?」
「……ううん。何でもない。今はそう言うのも懐かしく思えるなって思っただけ」
私は笑ってそう言ってまた階段を上り始めた。
「やっぱり、誰もいないね」
社の傍まで来てみたが、人影はどこにも見当たらない。
時々車が裏手に止まっていることもあるけど、手入れが終わったらすぐに帰ってしまう業者の人だけ。
私は改めてちゃんと参拝しようと、舎水場で手を洗ってから手順を踏み社の前に立ってみる。すると幸之助は私の肩から飛び降りた。
決して大きくはないけれどちゃんと趣があって、「お帰りなさい」って受け入れてくれるようなこの神社が、私はとても大好き。それに……。
「……ここは、私にとって縁結びをしてくれた場所だって思ってる」
真吉さんとの縁、幸之助との縁、仁淀川町の皆との縁。それから鞍馬と、やんこちゃんとてんこちゃん、妖狐との縁。ここで育まれたあらゆるかけがえのないご縁は、全てここから結ばれたんだ。
お礼参り、まだしてなかったからね。
「皆と会わせて下さり、ありがとうございます」
私は手を合わせて目を閉じ、沢山の良いご縁に恵まれたことを感謝した。すると、ふわっと背中から何かに包まれたことに気付いて目を開くと、人型になった幸之助が後ろから抱きしめていた。
「こ、幸之助?!」
「……久し振りに、清々しいほどの心からの感謝の言葉が身に沁みます」
あ……そうか。
幸之助はここの御神体。自分の欲の為じゃなく、誰かの為でもなく、単純に感謝の言葉を告げる参拝は、彼にとって嬉しいことの一つなんだろうな。
やんわりと包むように抱きしめられた幸之助の腕に、ふいに力がこもる。
「幸之助?」
「……加奈子殿。一つ、聞いても構わないでしょうか」
「な、何?」
顔を見合わせていないからまだ話しやすいけど、だからと言ってこの体制もなかなかに恥ずかしい。他の人からは幸之助の姿が見えないとしても、私には長時間この体制は心臓が持ちそうにないかも……。
「か、加奈子殿は東京に……」
幸之助はそこで一瞬、言葉を飲み込んだ。
え? 何だろう?
言葉の続きには色んな事が考えられるから、私の頭にはただはてなマークしか出てこない。
「?」
「東京に……」
うん、東京に?
私は言葉を急かすつもりはないから黙って待ってると、幸之助は更にきつく私を抱きしめて肩口に頭を埋めてきた。
ちょーっ!? それはヤバイからー!
さっき以上にドキドキして動きが固くなり、思考回路がフリーズしかけている私に対し、幸之助はやっと胸の内を零した。
「好いた男がいるんでしょうか……?」
「え?」
やっと言った。と言わんばかりに、小さく身を震わせる幸之助の体温が急上昇して暑くなっているのに気が付いた。それを聞くの、よっぽど恥ずかしかったんだろうな。
「……いないよ」
そう言うと、幸之助の腕の力がホッとしたように緩んだ。
「って言うか、もうしばらくいないよ」
前の彼氏との関係が劣悪過ぎたせいで、そう言うのは当分いらないと思ってたから……。
――何かあったら、地の果てまでも追い詰めてやるからな!
当時の脅迫された言葉が突然思い出されてゾクッとして気持ち沈みかける。けど、幸之助の抱きしめてくれる暖かさには凄く安心出来た。だからすぐに気持ちを切り替えることも出来たし、いつまでも昔の事引き摺ってらんない。
私は幸之助の手を握り返し、目を閉じた。
「心配しなくても、帰っても東京で誰か男の人を作るつもりはないわ。だって、私にはやらなきゃいけないこといっぱいあるんだもの」
「加奈子殿……」
「私はこの場所が好き。人の原点を教えてくれた気がするから。それに……」
幸之助の腕を解いて、彼の手を握り締めたまま真正面から真っ直ぐ見上げた。
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