約束のあやかし堂 ~夏時雨の誓い~

陰東 紅祢

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第二幕 肆

夢が現か

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 その日の晩、私は久し振りに夢を見た。
 たぶん、昼間に虎太郎が真吉さんのことについて少し話したからだと思う。

 夢には真吉さんが胡坐をかいて座布団にどっかりと腰を落とし、姿勢を正したままで私の方を見ている。
 周りは黒川家の本家じゃなくて、前に見た庶民的な家の座敷の一つだった。

「加奈子殿と言うたか」
「は、はい」

 ふと、真吉さんは私の名前を呼んでそう訊ねてきた。
 名前を呼ばれるなんて思ってもみなかったから、私は驚いてしまい、思わず私も姿勢を正して返事を返した。

 何だか不思議。これまでは私が真吉さんとなって出てくることが多かったけど、今私は私として夢にいて、真吉さんは真吉さんとして目の前にいる。お互いに向かい合って座っている夢を見るのは初めてだ。それに、何て言うんだろう。肌に感じる空気感がとても現実味を帯びていて、夢なのか現実なのかがよく分からなくなっていた。
 真吉さんはもう遠い過去に生きた私のご先祖様。だから目の前にいる時点でこれは現実じゃないって分かっているはずなんだけど……。

 真吉さんはたっぷりと間を取った後、自分の後ろ首に手を当てぽりぽりと掻いた。 

「実はのぉ、ずっと加奈子殿には一言礼を言わんといかん思うちょったがよ」
「え? 礼……ですか?」

 お礼を言われるような事、私したっけ?
 分からずに首を傾げていると真吉さんは突然、ガバッと凄い勢いで頭を下げてきた。
 両手は膝の上に置かれたままだけど、ほぼ土下座と同じくらい低く、畳に額がついちゃうんじゃないかってくらい頭を下げられて、私はただ慌てふためく。

「ちょ、さ、真吉さん?!」
「加奈子殿にゃ、幸之助だけやのうて虎太郎の事も気にかけてもらい、えらい感謝しよる。まっことおおきに!」
「い、いえ、そんな! 気にしないで下さい」
「わしが不甲斐ないばかりに、おヨネだけやのうて幸之助にも虎太郎にも苦労しかかけんかった……。それやのに、こんなわしを想うて幸之助らぁは生前のわしの願いを引き継いでくれよる。いや、二人だけやない。加奈子殿もまた同じじゃ。こんな有難いことが他にあるろうか……」

 真吉さんはそこまで言うと、ようやく頭を上げた。
 よほど胸に迫るものがあったのだろうか。彼の目には薄っすらと涙が滲み、鼻先が少し赤らんでいた。

「それから、加奈子殿。おまんはわしの性格をそのまんま受け継いじゅうようじゃき、苦労が絶えんやろう。わしはそれも気になっちゅうがよ」
「え? あ、いや……それは別に……」

 昼間、虎太郎が言っていた事と同じ事を真吉さんに言われてドキッとした。
 真吉さんは申し訳なさそうに視線を下げて、肩から力を抜いて話を続ける。

「もう知っちゅうろうと思うけんど、わしがまだ生きちょった頃のあの当時の気持ちはちっとの嘘もなく二言もない。本心から思うちょったことやき。けんどねゃ、今やから言うが、本音を言うたらそらぁ心身ともに堪えたぜよ。やってもやってもなかなか報われることはない。尽くしても尽くしても、みんな背を向けよる。代わりにあるんは誹謗中傷や酷い仕打ちばかり……」

 まるで昔を思い出すかのように、真吉さんは深い溜息を吐きながら視線をどこへとなく向けて話を続けた。

「人間には持って生まれた性分言うもんがあるろう? それ以外について回るんは、家督や。生まれる前から望んじょってついて来るんやったら文句もない。江戸の時代じゃ、武士は武士らしく、商人は商人らしく、公家は公家らしくとその家の身分に沿った立ち振る舞いをせんと、ただの変わり者《もん》扱いじゃ。わしは人の命を奪う刀が嫌いじゃ。人の命を他人が左右するような、そんな生き方がわしは根っから嫌いやった。その人の命はその人だけのもんじゃ。他の誰がどうこうする権利はないとずっと思うちょった。……しかしねゃ、わしの生きちょった時代は、それが異質なことやったがやき。今思えば、まっこと生きぬくい時代やった」

 私は黙って話を聞いていたけれど、ずっと気になっていたことがあって思い切って聞いてみることにした。

「あの……。真吉さんは、どうしてそこまでの自己犠牲を払って人の為に尽くそうと思ったんですか? 酷い仕打ちを受けて、家族にも被害が出るかもしれなかったのに……」

 これは、私自身が知りたかったことでもある。
 聞いていると、彼の生きざまをそのままなぞるかのように生きる私は、その答えを知りたいと思ったんだ。なぜそう言う生き方を選び、貫こうと思ったのか……。
 すると真吉さんは腕を組み、「ふむ……」と考え込んだ。

「自己犠牲……か。確かにそうやねゃ。わしが真っ当な武士として生きておったなら、おヨネも幸之助らぁも何も気苦労はかけんかったやろう。ならなぜ、その道を志さなかったか。それはな、わしの父上が原因じゃ」
「お父様が……?」

 思いがけない話を聞き、私は目を見開いた。
 まさか真吉さんにそんな過去があるとは考えたこともなかったから……。

「夜中に賊が忍び込んできてねゃ。父上の命を狙う一派が寝込みに仕掛けてきたやつらの討ち入りやったがよ。相手らぁは父上が全員始末したが、返り血を浴びた父上のその姿が実に恐ろしかった。それからやき。父上も刀も武士と言う身分も、全部が嫌いになった。どんな理由があれ、命を奪う職よりも全く真逆の生き方をすると決めたがは」

 そんな過去が真吉さんにあったなんて全然知らなかった。
 残酷な仕打ちを受けたから、だからあえて彼は時代に沿わないと分かっていても真逆の生き方をすると決めたんだ……。でも……。

「真逆に生きたからこそ、酷い仕打ちを受けて自分を理解してくれようとしない周りを嫌いになることだってあったでしょう?」

 私がそう訊ねれば、真吉さんは不思議とニカっと人懐っこい顔で笑いながら答えてくれた。

「そうやねゃ。村に住む大半の人間がそうやったけんど、そう言う人ばかりやなかったで。一部でも喜んでくれよる人がおって、その人が喜ぶ顔を見よったら、やって良かったとわしも嬉しい気持ちになった。それが嫌なことを忘れるくらいほんに嬉しかったがよ。わしの唯一のご褒美に会えた瞬間やった。その味をしめたら、辛い事も辛くなくなる」

 彼の言葉に嘘はないようだった。
 9の辛い事よりも1の喜びは何物にも勝る大きな糧となる。その1が残りの9をも凌ぐほどの真の価値だと、真吉さんは言っているんだわ。

「まぁ、江戸の時代と今の時代ではだいぶ違うちゅうろう。今は随分と生き易い時代にかぁらん。わしがやりたかった事が、加奈子殿が生きちゅう今のこの時代やったらすんなりと受け入れられる。わしが死ぬまで貫き通したこの信念を、加奈子殿が受け継いでくれちょることは嬉しい事じゃ。けんど、絶え間ない気苦労や災難に見舞われることまで受け継いだことに関しては、申し訳なさでいっぱいじゃ」
「いえ、そんなことは……」
「そこで、せめてもの詫びと感謝の意を受け取ってくれんろうか?」
「え!? いや、別にそんな……それは構いませんよ」
「いや、それじゃわしが納得せんき! 風の噂じゃ、加奈子殿は幸之助を好いてくれよるがやろう?」

 笑みを崩す事無くさらりと言った「好いてくれてる」と言う言葉に、私は無意識にも顔を赤らめてしまった。

 そ、そんな不意打ち、ちょっとずるくない!?

 私の顔が真っ赤に染め上がったのを見て、一瞬きょとんとした真吉さんだったけれど、すぐに豪快に笑いだした。

「噂はほんまやったがか。こりゃあえい! 加奈子殿、一つわしの頼みを聞いてはくれんろうか?」
「へ? 頼み?」

 礼をしたいと言った傍から頼みとか、一体何なのよもう! 人の事からかってるのかと思うじゃない。

「いつでもかまん。加奈子殿の都合のえい時に、玉眞院《ぎょくしんいん》にある地下殿堂に行って欲しいんじゃ」
「玉眞院?」

 そんな名前の場所、聞いたことがないんだけどなぁ……。名前から察するに、どこかの寺院だとは思うんだけど……。

「ほんなら頼んだぜよ! そこに行けば、わしの精一杯の礼をするき! えいか? その場所まで行ったら、自分の数え年が書かれちゅう石仏の前でお参りをするがで」

 ニカッと人懐っこい笑みで笑った真吉さんはそうとだけ言うとすうっと消え去り、私はその瞬間に目を覚まし、瞬きを繰り返す。

 壁にかけてある時計を見ると明け方の4時を指している。外はまだ暗い。

「玉眞院……って言ってたっけ?」

 頭がぼんやりする中、私は枕元に置いてあった携帯で玉眞院を検索してみる。だけど眠気に勝てずそのまままた眠ってしまったのだった。
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