約束のあやかし堂 ~夏時雨の誓い~

陰東 紅祢

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隠し事

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 その日は夜遅くまで賑わい続けた。
 鞍馬は虎太郎とサシでお酒の飲み比べをして、結局お互いにベロベロに酔っぱらって肩を組んだまま眠ってしまったし、お腹いっぱいになったやんこちゃんとてんこちゃんは頭を付き合わせたまま早々に眠ってしまった。

 何だかんだでこの中で一番お酒が強いのは妖狐と言う事になったんだけど、妖狐は相変わらずお膳の上にある少量の食事と共に、顔色を変えず平然と自分のペースでまだお酒を飲んでいる。
 姿勢を崩すこともなく、綺麗に飲食をする姿には惚れ惚れしてしまうくらいだ。

 私とやこと幸之助は後片付けに追われて、全然酔っぱらったりする暇なんかなかった。

 おちょこも徳利も何本もあっちこっちに転がっているわ、食べこぼしが落ちているわ、お酒が零れているわ……。強盗にでも入ったのかって言うぐらい散らかってる。

 幸之助とやこがせっせと空いたお皿や徳利を炊事場で片付けてくれている間に、私は片付けの邪魔になりそうな鞍馬たちを揺すり起こす。

「ほら鞍馬! ちょっともう、ちゃんと部屋で寝なさいよ!」
「んがぁ~っ! もう飲めんん~……」
「一体いつまで飲んでんのよ。こんなに酔い潰れて良く平気よね。虎太郎! 虎太郎も! 起きて!」
「ん~……加奈子ぉ~……?」

 二人とも真っ赤な顔をして伸びきっている。
 私にはこんな大男たちを抱えて部屋に運ぶのは不可能だわ。何としてでも起きて貰わないと。

「起きて!」
「……」
「ん~……」

 鞍馬はもう全然ダメ。ひっくり返ったまま凄いイビキをかいて反応なし。虎太郎はまだ反応を示してくれるから、せめて彼ぐらいは自分の足で部屋に移動してもらいたい。けど、だんだん反応しなくなってきた。

「虎太郎!」
「……」

 ダメだ……。しょうがない。二人はこのままここで眠ってもらおう。
 その為にはとりあえずこの大机を片付けて、掃除をしなきゃ。

「まったくも~……」
「……加奈子殿」
「え?」

 私は大きなため息を吐くと、ふいに障子の傍に静かに座ったまま杯を傾けていた妖狐が私に声をかけてきた。
 私が振り返ると、妖狐は柔和な表情を浮かべて手招きするもんだから、何があるのだろうと近づき彼の傍に座った。

「何ですか?」
「あなたの今後の事について少し話をしたいと思いまして」
「今後の事?」

 改まってそう聞かれると、私は不思議に首を傾げた。

「えぇ。あと1年であなたはこの地に移り住むのですよね?」
「あ、はい。そうです」
「では、その後もずっとこの地に?」
「はい。そのつもりです」
「……そうですか」

 何やらハッキリしない物言いに、もやもやとした気持ちになる。
 妖狐ってこんな曖昧な話し方をするような人だったっけ? もっとピシッと言ってのけるようなタイプだと思ったんだけど……。

 目の前で杯を傾けた妖狐に、私は徳利を手に取って再びその杯に酒を満たす。

「どうしたんですか? 何か問題でも……」
「いえ。私たちに問題はありませんよ。むしろあなたが近くにいてくれるようになると言う事はとても喜ばしく、有難い事です」
「じゃあ……」

 何だって言うの? と言おうとして、妖狐のまじまじとこちらを見る目を見る。
 吊り上がった目に朱色の瞳が真っすぐに私を見つめていて、私は射すくめられたかのようにその目から逸らせなくなった。

 見つめ合っている時間は決して長い時間ではないのだけれど、息が詰まりそうなほど長く感じてしまう。
 彼の視線は何か暗示をかけているかのように、私の頭をぼうっとさせた。

「あなたの本心をお聞きしたい」
「私の……本心?」
「誰にも言えないで抱えている、あなたの本音ですよ」

 二ッと目を細めて笑い、妖狐は長い人指し指をトン、と私の額に指を押し当ててきた。

「不安があるなら、吐き出してしまうといい」
「え?」
「人間と言うのは隠し事が本当に下手ですね。隠し事をしようとしてそれとは違う行動を取ろうとする。……内容によっては、あなたを手伝えるかもしれません。それにそもそも、私にをするつもりだったんでしょう?」

 ドキッとした。
 私は誰にも話してない不安が、ずっと心の奥底にくすぶり続けている。
 それは紛れもなく幸之助のことで、幸之助との関係のこともある。だけどそれだけじゃない。私はもっと根深いものに対しての不安を抱いていたんだ。

 妖狐はそれに気付いたみたい。人の心を読めるのかしら……。
 そう言えば妖狐は人に近しいあやかしだったっけ。色んな願い事をこれまでも聞いて来たから言わなくても見通せる力があるのかも。
 確かに彼の言う通り、私も……このことは彼に相談したいと思っていたんだ。

 私はこくりと頷いてから、視線を下げて膝の上に置いた手をぎゅっと握り締めた。

「……実は」

 月が見える窓際に、チリチリとなる風鈴の音が響く。
 その音を聞きながらぽつぽつと語る私の言葉に、妖狐は真剣な表情で黙ったまま何度も静かに頷き返して聞いてくれた。
 胸の奥の奥にある不安を口にするたびに、私は心の重荷から解き放たれていくような気持になっていく。神社にお参りに行って何かを告白した後、どこか憑き物が落ちたかのようにスッキリした気持ちになった感じ。
 だけど、ここで話を聞いてもらって良かったのかもしれない。いつまでもしこりみたいに抱えているのはしんどいもの。

 すべて腹を割って打ち明けた私は小さく溜息を吐いた。

「……これは、その時まで誰にも言わないで欲しいんです」

 まっすぐ妖狐を見て私がそう言うと、彼はまたもじっと私の顔を見て来る。
 この人には隠し事は絶対に出来ないな。この目に見られると全部看破されてしまうに違いない。

 妖狐はもう一度確認するかのように口を開く。

「……そこに、あなたの迷いはないのですね?」
「ありません」

 ハッキリとした口調で答えると、妖狐は口元に緩く笑みを浮かべて頷き返した。

「分かりました。そう言う事でしたら、私はあなたに手を貸しましょう」
「あ……でも、もう一つのことについてはもう少し考えさせてください」
「えぇ。それはあなたの時間が許す限り、考えてみる方がいいでしょう。簡単なことではありませんから」

 そう。彼らと違って私には限られた時間しかないんだもの。その時間の全てを使って、ちゃんと考えないと。

「ありがとうございます。聞いてもらえたことでこれからは、ずっと心配なく安心してやっていけると思います」
「それは良かった」

 ニッコリと微笑む妖狐に、私も笑みを返した。
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