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第一章 風の谷“ミスティア”

第九話

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 何も言わず黙々と進んでいく女性をイアンは追いかけようとして、暫し考えた。タイグルオーガはどうするべきだろうか?

 「なあ、アヤト」
 「何……」

  打ちひしがれて肩を落としている彩斗を見ない振りして、イアンは問いを放つ。こればかりはどうしようもない。

 「タイグルオーガはどうすべきだろう」
 「知らないよ。突っ立ってるギルド職員に預ければいいでしょ。俺は逃げたい」

  後ろ向きながらもまともな意見をした彩斗に、イアンはなるほどと思いベンに向き直る。
  さり気なくタイグルオーガの足を差し出したら、怖そうに後退りした。

 「ベン、頼む」
 「え、マジで!? ちょっ……!?」
 「行くぞアヤト」
 「いやだぁぁぁ!!」

  イアンが強制的に彩斗を引きずって行くと、女性--ギルドの受付長が静かにその場で待機していた。

 「スミスさん、お待たせしてすみません」
 「いいえ。さあ、此方に」
 「あの、俺は帰って……」
 「此方にお越し下さい。旅のお方」
 「……はい」

  イアンがスミスと呼んだ女性の有無を言わせない迫力に、なんとか逃げ出そうと足掻いていた彩斗は降参した。
  その様子を見ていたイアンは感心する。

  この街にはスミスに逆らおうだなどと考える者はいない。それは、スミスの威厳ある姿と厳しい性格に引いてだ。
  それなのに彩斗は反抗しようとした。なかなかの心意気だ。

 「あの、旅のお方って止めませんか? 俺はアヤトです。……えっと、スミスさんと呼んでも?」
 「わかりました、どうぞご自由に。アヤト様」
 「は、ははは」
 「良かったな、アヤト」

  彩斗に怨めしげに睨まれてもどこ吹く風のイアン。
  そんなたわいない会話をしているうちに、彩斗たちはギルドの奥まった豪奢な部屋に辿り着いた。

  ペコリと頭を下げて中に入るように促された彩斗は、何のためらいもなく扉を開けた。
  一瞬ちりってした寒気を感じて彩斗は首を引っ込める。そこを通り過ぎて深々とドアに突き刺さったフォークに、彩斗はやっぱりと自分の勘を褒めた。

 「流石だね、少年。タイグルオーガを倒しただけある」

  ぱちぱちぱちと乾いた拍手の音が響く。彩斗はそちらに意識を向けて相手を見た。イアンは刺さったフォークに驚愕している。
  部屋の主は椅子に座り微笑んでいた。茶髪を横に流していて、整った顔には思慮深い碧眼だった。
  彩斗は祖父から教わった。相手のことを知りたければしっかり相手を見ろと。だからじっと見詰める。

 「どなたですか?」

  警戒して問い掛けた彩斗に、男は唐突に嘯いた。それが彩斗とランドの出会いだった。

 「ランド・マークだ。君に模擬戦を申し込む」
 「ーー……は?」

  彩斗の間の抜けた声が響いた。


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