赤い糸(20年の時を越えて)

平尾龍之介

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告白

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 その日、私は何事もなかったかのように家に帰った。洗濯に掃除、保育園にお迎えに行き、夕食の支度をテキパキとこなす。子供たちは少し不貞腐れた態度をとっていたけど

「晩ごはん、何食べたい?」

そう聞くと

「グラタン」
「オムライス」
「じゃあ、特別に今日は両方作ろっか?」

そう言うと

「やった~ママのグラタン大好き~」
「オムライスに絵を書いて~」
「いいよ! 一緒に書こうね」

子供の機嫌をとるのは簡単なこと。昨日、私がいなかったことはもうすっかり忘れている。しかし、不安で心細い思いをさせてしまった事実は消せない。そのことが、子供たちが大人になる過程で、とても大切な人格形成にどのような影響を与えるのかは、わからない。でも、確かなことは、私や裕也の心には、親が与えた大きな傷があるということ・・。なのに、何故、同じことをしようとするのか・・考えても答えは見つからない。ただ今は、子供たちのわがままを精一杯受けとめたい。たくさんの笑顔を作りたい。私は消えそうな幸せを噛みしめていた。

「ガチャガチャ」

玄関のドアが開く

「あっパパだぁ~おかえり~」

子供たちと夕食の支度をしていると、浩司が帰ってきた。子供たちは駆け寄り

「今日はママのグラタンだよ」
「春ちゃん、オムライスに絵を書いたよ」
「おぉ! それは凄いなぁ」

浩司は優しく子供たちに接する

「おかえり」
「ただいま」

浩司と私の間には緊張感が溢れた・・

「ママ、昨日」

私は話しかけた浩司の言葉を遮るように

「ごめん! 今はやめて。後でちゃんと説明するから」

不機嫌そうな顔をしながら

「わかった」

浩司はそう言った。
何も知らない無邪気な子供たちに、心の中を気づかれないように、変に張り詰めた私たちの緊張感を悟られないように、明るく振舞い夕食を食べた。浩司も子供たちの前では、いつもと変わらず優しいパパでいてくれた。子供たちをお風呂に入れ、パジャマを着せる。春音の髪を乾かしていると、激しい不安に襲われ、涙がこぼれそうになった。こうして子供たちの髪に触れ、肌に触れ、抱きしめることが、もう当たり前に出来なくなるかもしれない。子供たちを寝かしつけ、私は浩司に裕也とのことを『告白』した。
不安と恐怖が私を包み、罪悪感で押しつぶされそうだった。

「それで、そいつの子供が出来たって言うのか?」
「・・はい・・」
「そんなの・・まさか産むつもりなのか?」
「正直、まだわからない・・」
「わからないってなんだよ! お前、馬鹿にするのもいい加減にしろよ!!」

浩司の口から『お前』なんて言葉を初めて聞いた。それも当然だよね。こんなこといきなり打ち明けられて、冷静でいられるわけがない。

「こうなってしまったことは、本当に申し訳なく思ってます。私も家庭を壊したくない!  家族が大切なの・・」
「綺麗ごと言うな! 産むかもしれないなんて選択肢があるなんて異常だろ! 本当に家族が大切なら」

そう言って言葉を詰まらせた

「お前、汚らわしいよ。こんなふしだらな女だったなんて・・」

何も言い返すことが私には出来なかった。そう私は淫らでだらしない女。それは私自身が一番わかっていること。

「家族に嘘をついて、浮気して、何事もなかった顔して俺の横で寝て、子供たちに触って・・よくも平気な顔していられたよな! そいつが死ななかったらどうしたんだよ? そいつとの関係を続けたのかよ! お前、それでも母親か!?」

うつむき黙って罵声を浴び続けた。

「俺たちの結婚生活はなんだったんだよ! 十分、幸せだったろ! なんでこんな・・」

私は罪を犯した。どんな罰でも受ける。その覚悟は出来ていた。

「私、家を出ます」
「もういいよ! 勝手にしろ」

私は身支度を整え、子供たちの部屋へ入った。何も知らずにぐっすりと眠りにつく我が子・・。その寝顔に口づけをした。明日、目が覚めると私はいない・・「こんな残酷な仕打ちをする母親をどうか許してね」いつの日か理解してもらえる日が来るまで・・。
静かに玄関のカギをかけ外に出た。出る前に浩司に声をかけたけど、返事は無かった・・。私は、自分の母親の心境のようなものを思い浮かべていた「私も同じことを家族にするんだね」外に出てふらりふらりと歩き出す・・小雨が降り少し寒い。自己嫌悪と情けなさが沸き上がり涙が流れた。涙で視界が遮られ前も見えない。えらそうに家を出るって啖呵を切ったけど、行く当てなどどこにもない「もう何もかもなくなっちゃった・・」

『ピンポーン』インターホンが鳴る。

「はい」

少し警戒をした声がした

「ごめん・・私・・」
「どうしたの~こんな時間に? ちょっと待って」

扉の向こうから『バタバタ』っと音がして、慌ただしく扉が開いた。

「もう何~どうしたの? ずぶ濡れじゃん」
「ごめん・・こんな時間に・・」
「いいから、早く入って」
「うん。ありがとう」

優しく部屋の中に招きいれてくれたのは、親友の早希。行く当てもなく歩いていると、ここに辿り着いていた。

「もうどうしたの? こんな時間に?」
「ごめんね・・太一君もう寝た?」
「うん。さっき寝たとこ」
「ほんとごめんね・・」
「いいよ。そんな気にしなくて」

私は、ここ最近の出来事を包み隠さず話しをした。親友の早希にも何も話していなかったから・・。

「で? 産むの?・・絶対、産むんだよね?」

サバサバとした性格の早希は単刀直入に確信をついてきた。

「・・うん・・」
「絶対、産まなきゃダメだよ! そんなの」
「悩んでいるけど決められなくて・・」
「そりゃ悩むだろうけど・・もう裕也はこの世にいないんだよ! その子が裕也のすべてじゃん」
「それはわかってるよ・・でも・・」
「私は、子供を下ろすなんて許さないよ! どんなことがあっても産むべきだよ。私、何も出来ないかもしれないけど、どんなことでも協力するよ! 世界中が敵になっても香織の味方だからね」

そう言うと、早希は泣き出し

「お腹に手を当ててもいい?」

そう聞いた

「うん。もちろん」

奇妙な感覚だったけど、優しく手を当ててもらうと、心が安らいだ。そのまま私たちは涙が枯れるまで泣いた・・。
落ち着きを取り戻すと、どちらからともなく裕也の話になった。私たちはよく青春時代の話しをしたし、裕也のことが話題になることも、そう言えばよくあった。

「裕也ってほんと凄い奴だったよね~」
「うん。でも不思議・・早希がここまで熱くなるなんて」
「うん・・そうだね・・」

急に早希らしくなくなった。

「どうしたの?」

私は少し心配になって聞いた

「私・・実は裕也が好きだった。ずっと・・」

その告白を早希の口から聞かされたけど、少しの動揺もなかった。

「知ってたよ」

早希は『えっ』という表情を浮かべた。

「早希の裕也を見る目や、裕也のことを話す表情を見ていたらわかるよ・・」
「気づかれてたんだ・・」
「好きだから、裕也の後を追って都会の大学に進学したんでしょ?」
「うん。香織には悪いって思ったんだよ」
「いいよ。そんなの・・」
「でも、まさかこんなことになるなんて思わなかった! こんなことになるなんて・・」
「そうだよね・・」
「私、香織と裕也がケンカしたって聞いた時も、仲直りしないで欲しいって思った。最低なんだよ・・22歳の時、裕也と二人でデートじゃないけど遊びに行ったことがあって、私、その時、自分の気持ち伝えたんだ。で、もちろんフラれたんだけど・・でも、あいつハッキリ言ってたよ! 香織が胸の中にいて、まだ忘れられないって・・こんなことになるぐらいなら」

私は早希の言葉を遮った

「もういいよ! もういい・・ありがとね。みんな若かったから、伝えたいことをちゃんと伝えられなかったり、意地張っちゃって感情的になったりして、大切なことを見落としたりしちゃうんだよね。誰も悪くないよ・・だから早希も悪くない」

早希は泣きながら

「ごめんね・・ありがとう・・」
「でもほんと、裕ちゃんの話を二人でよくしたね」

早希は唇を嚙みしめながら頷いて

「私にとって、ひまわりのような人だったな。どこまでも真っ直ぐに伸びて、どんどん成長していく」

そう言ってくれた早希が愛おしかった。

「ありがとうね。みんなに愛されて、きっと裕ちゃんは幸せだったよ」

私たちは早朝、外が明るくなるまで裕也の思い出話を続けた。

それから一週間の時は流れた。私は早希の家にお世話になりながら、これからのことを考えていた。もう、そろそろ決めなきゃいけない・・私は自分の決意を胸に秘め、西福寺へと向かうことを決めた。最後は裕也に会ってから決めたかったから・・。それともう一つ、ハッキリさせないといけないことがあった。そう、それは裕也からのもう一つの手紙に書いてあったこと・・。それは裕也からの最後の贈り物だった・・。

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