愛玩兄弟

Rico.

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第三章

次の日 5

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「へーぇ、チャリの鍵、ねぇ。ふふ、果たしてどうだか」

チリチリ、キーホルダーに引っかかった数本の鍵を鳴らしながら彼は楽しそうに笑った。

十数万円は下らないであろう重厚な絨毯に物々しい調度品。
緩やかに風に吹かれながら、しっかり部屋の様子は包み隠してくれるカーテンは彼らにとって心強い味方のひとつである。
ゆったりとしたクラシック音楽をかけ流し、春人は紅茶のカップを置いた。

「焦った顔のアンタは、見ものだね」

上手く作られた表情は、本当か嘘かわからない。
綺麗に整った笑顔は他人を無闇に信じさせる。
苦々しい気持ちを心の中で押し潰しながら、和也は三日月の瞳を睨みつけた。

「で?それ、言いにきたんです?わざわざ」
「……」
「すごいなァ、さすが。ホウレンソウ。ふふ、美味しいですよね」
「下らんことを言うな。何故僕に連絡してきた?お前こそ、わざわざ。サエが出て行った、なんて」
「だってめずらしーじゃないですか。あの人が一人で外出るなんて。ね、それに」
「……っ」
「アンタが動揺して動くなんて、もっと珍しい」

ブツン、叩きつけるようにオーディオのスイッチを切り、春人は立ち上がった。

「俺、そーいうハナは利くんだよねェ。やっぱりビンゴ?」
「黙れ。近寄るな」
「ねぇ、連絡来ました?携帯見てもイイんですよ?」

春人に言われ、ポケットの最新スマートフォンが急にずしりと重くなる。
いつもなら逐一鳴る着信音が今日は一度も鳴っていない。

--いや、それは昨日からだ。

無理矢理夕貴が設定した他人と違う音。
ただでさえあまり震えないこの小さな箱があまりにも無言を貫くものだから、ついうっかり春人の電話に出てしまった。

「用は済んだ。もう帰る」
「えー?もっとお話しましょーよ」
「お前が浮ついた声で報告して来たことは取るに足らないことだった。それを言いに来ただけだ」
「そぉですか。アハハ」

見下ろしているはずなのに、上から見下されている感じがするのが酷く気持ちが悪い。
和也は精一杯自らのペースを保つように、春人のにやにや歪んだ瞳を真っ直ぐに見つめる。
春人も当然怯むことはなく、にっこりと笑んだ。

「せんぱァい。疑惑ってのはそーいう小さな積み重ねでどんどん大きくなってくもんですよ。しんどくなったらいつでも来てくださいねェ」

ふざけるな、誰が。
そんな罵声すら浴びせるのがもったいなくて、和也は何も言わずにその部屋を出た。

楽しそうな春人の笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。
あの軽やかに振り回される長い指先を思い切りへし折りたい。

そんな想像を目の奥で握り潰し、和也は廊下を歩き始めた。
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