愛玩兄弟

Rico.

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第二章

初めての思い 2

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右隣に夕貴、左隣に蓮。
千智と涼樹の口喧嘩と鳥のさえずりをBGMに、綾は早足で、否、ほぼ引っ張られるようにして町を歩いた。

行きつけの店、ショッピングモール、溜まり場と危険地帯。ついでにデートにおすすめの飲食店も案内された。途中、数名の生徒に挨拶しつつ、彼らの関係性についても教えてもらう。

綾は、入学前にこの町へ来たことはない。
初めてここへ訪れたのは、久方ぶりに外出を許した母親に連れられて来た、校舎見学の時である。満面の笑みで媚びへつらう理事と、臆することなく綾を褒めちぎる母親に挟まれて、綾は窮屈さこそ感じれど、この町の持つ明るさや広さは全く見えていなかった。
ただただ、親元を離れる。それだけが綾にとって、ここへ来る理由だったからだ。

しかしいざ歩いてみれば、広い。ここはとても広かった。

「はいはーい!ユウちゃん寄ってー!」
「ずるいですよ!僕も入ります」
「わぁ、蓮、近い近い!」

ことあるごとに夕貴が撮る自撮りはほとんどが不意打ちでろくな写真は撮れていない。涼樹は延々千智に食ってかかっているし、蓮はそれを完全に無視しているし。和也が自由奔放に歩こうとするのを夕貴が引き止め引き止め、綾はそんな様子をたくさんカメラに収めた。

夏に向かって走ってゆく太陽がとても眩しく、はしゃぎながら歩くのは汗ばむほどではあるけれど、綾は終始笑顔だった。

「あー、疲れたー!」

こんな風に叫ぶのも、いつぶりだろう。

木陰に立てられた自動販売機のそばで休憩を取りながら、綾は思い切りのびをした。
そんな綾を見て、夕貴がからかうようにつつく。

「あはは、ユウちゃんよわーい」
「仕方ないでしょ、こんなに歩いたことないですから!」
「てかさ、ユウちゃんって家なんなん?大富豪?」
「は?」

涼樹に言われて、思わず変な声が出た。

「これくらいの距離歩いたことないとかさ。自販機もめっちゃ悩んどったし」
「あ、でもそれは思った!かわいかったけどー」

口の端から空気を漏らして夕貴が笑う。
綾は少し考えて、首を振った。

「んー、大富豪ではないですね。ちょっと過保護な家ってかんじ」
「ほう」
「あんまりこうやって大勢で遊んだことなかったから、楽しいです」

それは本心だった。
家についてはあまり語りたくない。それよりも、楽しい今を大切にしたい。
綾は最大限の笑顔を浮かべて、作り笑顔ではなく、喜びを伝えるのが下手な自分が最大限この感情を伝えられるように、顔全体を笑顔にして皆を見た。

煙草をくわえた千智が、そっと綾の手を取りその場に立たせる。
綾が持っていた空き缶をゴミ箱にぽいと捨て、歩き出す。

「千智先輩?」
「最後にな、とっておきの場所を用意しとる。しんどいかも知らンけど、ついて来い」

ふ、と笑った千智に首を傾げるも、後から他の面々が付いて来て押されるように綾も歩いた。
徐々に緑が深くなる。上り坂。
体力のない綾にとっては、そろそろ厳しい歩く距離。

「ユウちゃん、俺につかまって!」

夕貴に手を引かれながら、綾が見た景色。

一面茜色の、広い町並み。
点在する家屋の中、ちらほら点き始めた電灯と、ひときわ大きい我が学び舎。遠くに見える街の光は大きな太陽に飲み込まれ、綾が感じるのはただ、今ここにいる五人だけになった。

「すごい…!」

思わず、口をついて出た、感嘆詞。

いつの間にか最後になっていた綾は、誘われるようにふらふらと歩いて、景色が一番よく見える場所へと向かっていった。

小さい頃、母親に連れられて行った展望台。
そこはどこよりも高かったけれど、人がごった返していて、まるで地上を凝縮したみたいだった。無理矢理前に押し出され、見下ろした自分が暮らす街は無機質で、周囲の人間が目を輝かせて眺めているのが不思議でならなかった。だからつい、大人を見上げていたら、気付いたお姉さんが笑いかけて来て、母親が慌てて綾を抱き上げ帰してしまった。

けれど今は、そのお姉さんの気持ちがわかる。
綾が大人になったからではなく、きっと、人はいつでも広い場所を求めているのだ。窮屈なところから飛び出して、自分の小ささを感じたい。今自分が抱えているものがどれだけちっぽけなものか、世界に教えてもらって、そして許されたいんだ。

思わずぱちぱち、瞬きする。
あまりにも熱心に見ていたものだから、残像が瞼の裏に光ってふよふよ浮かぶ。

刹那、それを追いかけてしまった綾の身体が平衡感覚を失って、揺れた。

皆があっ、と手を伸ばしたのも束の間、綾を現実へと引き戻したのは、そばにいた千智だった。

「大丈夫か?」
「っ、あ、すみません…っ!」

細身だがしっかりしている彼の胸元に抱きとめられた。
20センチほどの身長差では綾の頭はちょうど千智の肩に迎えられ、しばらくそのまま目眩が収まるまで待つ。

「も、もう大丈夫です!すみません!」

ようやく視界が晴れてきた綾は、慌てて離れて、頭を下げた。
夕貴を初めとする面々も胸をなで下ろす。

「そういう時は、ありがとうございますって言うンやで」

千智は綾の頭をぽんと叩いて、歩き始めた。

「……っ」

情報を処理するために脈打つ自分と、響いていた千智の心音。
すぐに飛んできた夕貴に手を引かれながらも、それは綾の耳にずっと残った。
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