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貧乏暇なし
61.正吾さんの意気地なし
しおりを挟む「うん。じゃあ行こうか。」
と照れ隠しなのか足早に立ち去ろうとする正吾さんに鎖を引かれて、少し突っ張る鎖を追いかける様にして僕は書斎に戻った。
寝室から書斎へは距離が短くて良かった。前につんのめって転ぶかと思った。
正吾さんが焦っているのは、きっと今ここで僕を襲わない様にだろうか。
別に襲ってくれてもいいのに。
あれ?僕は今何を考えた?
だめだ。こんな消極的な気持ちで正吾さんとの初めてを過ごすのは絶対に後で後悔する。
好きだから抱いてと僕が言えるまで、もっと気持ちの整理がついてからがいい。
一生に一度の事なんだから。焦らなくても大丈夫。時間は沢山あるんだから。
その日は、正吾さんがお仕事をしている顔を盗み見ながら本を読んだ。僕は相変わらず読むふりで、内容はちっとも頭に入って来なかったが。
一緒にキッチンに立って夕食を作り、一緒に一階で夕食を取った。
凄く幸せで満たされた一日だった。沢山正吾さんの顔が見られて、普段の寂しさを忘れられた一日だった。
でも困ったのは、トイレの時とお風呂の時だ。地上のトイレには一度行ってみたが、鎖の長さの関係で、正吾さんにドアの前で待っていてもらう必要がある。それは流石に恥ずかしすぎた。
だから、夜のお風呂は地下に戻って鎖を外して貰ってから入った。
この日は昼間の2階の寝室での正吾さんの捕食者の眼を思い出してしまい、もし夜にまた地上の正吾さんのテリトリーに戻ったら、僕は今度こそ喰われるんじゃないかと心配になってしまった。本当は食器をしまったり、洗濯したりと夜も地上で家事の手伝いをしたかったのに、とうとう言い出す勇気が出ず、僕はいつものように地下で一緒に寝ることにした。
同じく地下でお風呂に入った正吾さんは、何か僕に言いたそうな顔をしていたが、ギクシャクとお互いを意識しながらも、結局何も言えずに僕の横でお行儀よく寝ていた。
今日地上に上がった時に玄関を見ていたお仕置き♡とか言って、ちょっとくらい僕にいたずらしてくれても良かったのに。
正吾さんの意気地なし。
それからの僕たちの日々には、地上での生活が加わった。
エマゾンで注文したらしく翌日には二十メートル程の長い鎖が届いたので、僕は正吾さんと同じフロアであれば、地上に出て何をしていても良い事になった。
玄関のドアは、シリンダーが完全に取り外せ、そのシリンダーを嵌め戻さないと外には出られないそうだ。本来はチャイルドロックの為の機能だが、シリンダーの隠し場所を知らない僕が玄関から外に出る事は物理的に不可能となっている。
そのため、僕が一階の中で正吾さんの眼が届かない場所に居ても、正吾さんはある程度は安心している様だ。
僕は、正吾さんが居ると結局正吾さんを見てしまって本の内容が頭に入ってこないので、それだったら内職をした方が時間が有効活用できると思い、正吾さんに頼んでなんとかネットを使わないでもできる内職を探して貰い、商品ポップを折って、両面テープをつける内職をさせてもらっている。作業場所は在宅勤務をしている正吾さんの横だ。僕も正吾さんと一緒に働けている様に思えて、ちょっと嬉しくなる。
月に1~2万円にしかならないから、そんなに家計の足しにはなってないんだけど、ついつい正吾さんばかり見てしまって変な事を考えてしまって一日が終わってしまうよりは、手を動かしている方が気がまぎれるし、生産的なのだ。
それに、一生懸命働いてくれている正吾さんの隣で、娯楽の為に本を読んでいるのもなんとなく気まずいし。一応僕の方が奴隷なはずだし。
そして、正吾さんはなんとそのお金を僕のお小遣いという事で渡してくれている。
僕としては使い道もないし、正吾さんが色々揃えてくれているから別に何にも不自由してないし、借金の返済に充てて欲しかったのに、何か欲しい本や欲しいものが有ったらこのお金を使って正吾さんがエマゾンで注文してくれるらしい。
遠慮していると思われない様に、時々そのお金を使ってコンビニスイーツを買ってきて欲しいと頼んで正吾さんと一緒に食べているが、その大半は貯金している。いつかお金が足りなくなった時にすぐ出せる様に。だって、借金返済は僕にとっても大事だから。いや、そもそも僕の為なんだし、僕にとってこそ大事なんだから。
そんな僕たちの穏やかな日々はゆっくりと、でも確実に過ぎていった。
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